12.裸の付き合いは敵意がないことの証明
2日目の実戦にて、803の皆は、先輩フィリデイと共に殿役を全うしてみせた。
これを受け、【第八防衛線総司令部】及び【うす区域司令部】は、言身たちの部隊・・・【識別番号803-D】の神子部隊を正式に【うす防衛混成部隊】の一部とし、ワン・ヤンヤン率いる神子部隊が今まで行なってきたフィリデイに関する任務を全て、803に委託。また、ワン・ヤンヤン率いる神子部隊の戦線移動も決定され、一行は今夜中に「うす」区域を発つこととなった。
そしてさらに、識別番号のみで呼ばれていた803にも部隊名が与えられることになり、今後は部隊番号である【803】か、与えられた部隊名である【アイリス】と呼ばれることとなった。・・・因みに名付けを行ったのは、沼須乃木中学校において言身たち2年3組の担任であった久米津 朝香であり、また、戦線から少し離れた街に位置する803の休養施設である宿舎・・・現在は主に803の不必要とされた荷物を置くだけの場所となっている場所・・・を、管理している管理人でもある。
そしてーーーー。
ーーーーー言身たちが戦場に来てから2ヶ月が過ぎ去った。
・・・みなさんどうもお久しぶりです。コトミです。
今、私たちは戦争をしています。・・・敵は誰かって?・・・残念ながら”誰か”ではありません。”何か”です。
”ソレ”は白く、そして乾ききって粉を吹く老人のような皮膚を全身に纏わせています。
ソレに筋肉はありません。もちろん脂肪も。・・・見たところ骨と皮膚ばっかりで、正直見た目は樹木に近いです。・・・・・脚先にかけ太くなる脚部と象みたいな足・・そして細長い腕と手の指を見ているとまんま樹木です。樹木にしか見えません。・・・だけどそのしなやかな指・・あるいは爪と呼ばれるそれで人を簡単に両断してみせます。
ソレに顔はありません。・・・一見するとへっこんでいたり黒ずんでいたりで顔の様に見える各部がありますが、それの顔面にはまるで布がかけられているみたいになっています。・・・ただし、口だけは存在します。とても凶暴な口が存在します。・・・歪で長さの揃わない象牙みたいのが剥き出しの口内に並んでいて、奴らはそれを使って人の肉を喰い漁ります。
ソレはあまりにも強く、人間が到底敵う相手ではありませんでした。・・・ソレの膂力は、体当たりで大きな戦車を凹ませる事が出来る程です。・・・ソレの運動神経は、壁や天井を使っての三次元戦闘を可能とする程でした。・・・ソレの再生能力は、無から物を生み出す・・まさに御業と呼ぶに値する、生物として異常な力でした。
誰も彼もが、ソレが自らと同じ生物であると信じることができませんでした。・・・だからみんな信じます。ソレが外生命体・・・所謂エイリアンという奴であると。・・・そして世界連合も外生命体だって言いました。だから誰も、ソレが外生命体以外の・・つまり命星の現生生物でないと決めつけました。
そんなソレを前に、人類は火力と物量で相対しました。・・・けれど戦局は悪化の一途を辿るだけで、結局一つの大陸が奪われました。
少しの時間が過ぎて、ソレを討つために新たな決戦兵器が完成されました。
完成された兵器は完璧だったそうです。・・・今までは一向に止まることの無かったソレを、あまつさえ押し返すことに成功したのだから・・・って。
でも7日が過ぎて、”兵器と為った人たち”は次々に死んでしまいました。人とは呼べない程に赤く染まって歪な形に成り果ててしまったそうです。
研究が進んで、兵器に為るためには年齢が重要と気付いたそうです。・・・だから私みたいな子どもたちが選ばれました。
大人たちは、何も言いませんでした。
大人たちは、悲しんで泣いていました。
大人たちは、憂いて嘆いていました。
大人たちは、密かに笑って喜んでいました。
大人たちは、希望を胸に子どもたちを見送りました。
出征兵士を送るための歌が、子どもたちにも届けられました。
そうして最初の兵器たちが戦場へ送られ、世界中の人々は吉報を今か今かと待ち続けていました。
あの日、世界が揺れました。・・・大人も子どもも喜び飛び跳ねたせいで、大地が揺れたんです。本当に・・・・。
そしてついに私も、戦場へ発つことになりました。
初めての戦闘は、思った以上に楽なものでした。とはいえ身体や心は疲れたみたいで、みんなは結構ぐっすりと眠っていました。・・・そんな中で、私はとある2人の会話を盗み聞きしてました。そしてその内容について、ここ1ヶ月間・・ずっと考え続けていました。・・・そしてようやく、答えを出せた気がします。・・・もちろん推測・・・いや、妄想も呼ぶべき意味の無い代物ですが・・・でも安心を得る為にもそれは必要な行為だから、私はある程度の合理性を持ってその答えを導き出しました。
ーーーー暖かな風が吹く。・・・空は快晴で雲一つ無し。・・・しかし空気が不味い。とにかく臭い。いくら慣れるからといっても、知っている故郷の空気とあまりにも違うせいで、どうにも慣れ切らない。・・・だから毎日少しだけ不快で、テントから出る前にため息を吐いた。
「・・・はぁ。」
そんな言身を余所に、昇子が最近になって感じ取った変化を口にする。
「なんかフェアリエ、強くなってない?」
「うん、そうだね。・・・強くなってると思う。」
不快な心に憂鬱が重なって、また一段と体が重くなった気がする。
「・・・これからも強くなり続けるのかなぁ・・・。」
このままだと、いずれフィリデイですら対処できない事態に陥るかもしれない。
「これからどうなるんだろうね・・・。」
一抹の不安を抱えながら、今日もまた戦闘が始まったーーーーー。
ーーーーいい加減、ミトちゃんと話さないとな。
あの日以降、ヤンヤンとの会話内容を彼女が803に向け話したことは一度もない。・・・恐らくあの日からずっと考え込んでいる。口数が減っているのもきっとそのせいだろう。
それを知って・・・また自分自身の考えがまとまったことで言身は、我慢し続けてきた腰をようやく持ち上げることにした。
ーーーー1日の戦闘が終わると、フィリデイは血で汚れた身体を洗うために、災害時等に用意される野外入浴セットを用いてお風呂に入る。・・・ただ、本来であればこれは班ごとに別れて入るものであり、故に言身と美十は別のテントにて入浴を行うのだが、今回に限り美十と自身の班員にお願いして、(旭日と瑠璃香が言身と昇子と)入れ替わることに・・また入浴時の残りの2人には先に上がって貰うことにもした。・・・そうして言身は、美十に裸の付き合いで全てを曝け出してもらうための準備を整えた。
「・・・あの、やっぱりここじゃなくても・・・。」
羞恥ではなく、明確に不安がって美十が口を開く。
「だめ。ミトちゃん、逃げるでしょ?」
美十には一度ならず、既に前科がある。
美十の口数が減ったことに誰も気づかない・・・そんなことはある筈もなく、当然みんなが美十を心配した。・・・しかし美十は、「大丈夫、心配しないで。少し考え事をしてるだけだから。」・・・と、何度も逃げてきた。
それを知っている言身は、逃げ場を与えない為・・・また自分自身の誠意を見せる為・・・そして裸という、自身の肉体を曝け出すことで、心も少しほぐれてくれればと考え、この場を選んだ。
「大丈夫。私もね、考えたんだ。ずっと・・考えてた。それで答えがまとまったから、ミトちゃんと”対面”することにしたんだよ。」
言身は真剣な眼差しを美十に向けた。
ーーーーあの日・・美十とヤンヤンとの会話を聞いた後、言身は直ぐに美十の元へと行くか考えた。・・・しかし自分には明確な考えがなく、そして仮に美十が悩みを打ち明けてくれたとしても、ただ聞いて一緒に心配して・・・なんてことを美十は求めないと・・それじゃあ美十が信頼できる相談相手にはなれないと考えてーーーーそうして今日この場所を用意するに至った。・・・故に言身は自信を持って美十と相対する。
「えっと・・ごめん。なんの話?」
とぼける美十に対し、言い忘れていた本題を言身が口にする。
「あ、ごめん。そうだね・・・えっとね、実は・・ミトちゃんとヤン先輩が話してたことを聞いちゃってね・・・それで・・・」
言身が言い終わる前に美十が口を開く。
「そっか・・・。」
少し強張っていた美十が肩を落とし・・・どことなく緊張感が抜けた気がした。
「今まで黙っててごめんね。でも・・・」
また、言身が言い終わる前に美十が口を開く。
「わかってる、大丈夫、気にしないで。」
何がわかって何が大丈夫なのかはさっぱりだか、取り敢えず言身は納得した。
・・・ここまでくれば別にお風呂じゃなくてもいいんだけど・・・まあいっか。
「・・・えっと、聞いたのは全部?」
問われ、改めて美十を見ると、強張った体から力が抜け、どことなく緊張感がほぐれているよくな気がした。
・・・よかった。
一安心した言身は、あの日のことを思い出しながら答えた。
「聞いたのは途中だけ。確か・・意図的にフィリデイが殺されたかもしれないってとこ・・・だけかな。」
「そっか・・・うん。じゃあ、改めて全部話すね。」
記憶を辿っているのか、美十は手で物の長さを測る時みたいなポーズを取った。
それが少し可愛くて、言身は軽く笑った。
「ありがとう。」
「うん。・・・えっと、まず、フィリデイになった日に感じたことを覚えてる?」
「もちろん。・・・えっとね、まず不快感と快感があって、目が覚めた後は検査を受けて訓練所に向かったかな。それで・・そう。私は恐くなった。・・・みんな楽しそうにしてたんだけど、それが普通に思えなくて・・・あと、私自身も感情の制御?・・が上手くできなかった・・・感じかな。」
正直、あの日のことは・・次の日になって忘れてはならないと思い至った。それでイチから振り返って、考え直して・・・だから抜けていることはまずないはず。
「うん。・・・一つ目はまさにその通り。イコルを接種すると感情的になりやすくなる。今まで抑えて隠せていた感情が、無意識に表情なり言動なり行動なりに現れるみたい。」
「そっか・・・。」
取り敢えずまずは、おおよそ検討のついていた答えが返ってきたことで、言身は何とも表し難い・・・納得と安心と不安と嫌悪の混じった感情に陥った。
「そしてもう一つ。イコルには精神作用の効果もあるみたい。」
「精神・・作用・・・。」
あまりの言葉に、息を呑む。
「・・・感情的になりやすくなると同時に、恐怖心が減退してより好戦的な人格に置き換わる。」
さらなる言葉に、再度大きく息を呑む。
「正確に言うなら精神作用より、意図的な人格の矯正って言った方が良いかな。」
「ハハ・・面白いね、ほんとーに。」
ふざけた言葉に笑うしかできなかった。
「あまり怒らないで。・・・感情的にならないで。それももしかしたら・・私たちに無意識の変化をもたらすかもしれないから。」
「つまり自分が変わるかもってことね。」
「・・・うん。」
人格の矯正。それは不必要と判断された人格を強制的に書き換え、必要とされる人格に置き換える行為だ。・・・もちろん残りの人格までもを書き換えることはしないが、しかし矯正を受けた人間は、果たして今の自分が本当の自分であると言えるだろうか・・・。
言身として、その答えは否だった。
言身にとって人格の矯正は、それ即ち人格の破壊に等しい。自分という存在が何か一つでも欠けた時点で、人は自分を肯定できなくなる。・・・かつての経験から、言身はそれを自らの真理書に刻みつけた。故になんぴとたりとも、個人の冒涜を赦されてはならない。もしそれが行われたのだとしたら、悪魔たる其奴を剣で以て打ち倒さなければならない。
憤る言身は、美十の言葉を聞き、取り敢えず心を落ち着かせることにした。
「ふぅ〜・・・・・・よし、大丈夫だよ。」
「・・・ほんとに?」
言身の危うさを知る美十が心配するが、言身は笑顔とマッスルポーズ(ダブルバイセップス・フロント)で返した。
「・・・ン・・フフ・・フ・・・うん・・・わかった。」
・・・笑った。・・・ミトちゃんが笑った!
自分の心を改める為に行ったポージングでもあったが、思わぬ副産物を前に言身は満面の笑みを見せ、憤りのモヤは完全に散り去ることとなった。
「ごめんなさい、続きを・・・続きを・・話すね。」
「ああ、待って。その前にそろそろ上がろう。あんまり長風呂すると迷惑かけちゃうから。」
「ああ・・・ええ、そうね。」
そうして体を拭いて服を着た2人は外に出た。
「話しの続きは・・・」
美十が言い終わる前に、外で待っていた兎美麗と昇子が駆け寄ってくる。
「遅い!」
昇子が言身に抱きつきながら怒る。
「そんなに待った?結構早めに上がったんだけど・・・。」
持たせた時間は数分程度。もとよりお風呂場では、あくまでも、自分が美十の相談相手になることを伝える為だけのつもりでもあった。美十がゴネたら多少時間がかかるだろうと考えて。・・・けど実際は直ぐに相談してくれて、だからそう待たせることにはならなかったのだが・・・・それでも昇子は不満たらたらだったらしい。
昇子は一度抱きついて以降、暫く言身に引っ付いたままだった。
「重い。(体重が。)」
「受け止めて♡」
「・・・重い。(愛情が。)・・・ングェッ・・・。」
抱きつく昇子に首を絞められた。
「受け止めてね♡」
「・・・・はぁ・・・。」
ーーーーその夜。美十からメモの書かれた紙を手渡された。
『昇子さんは離れそうにないし、続きはメールでもいいよ。』
・・・そっか。それでも・・・いや、やっぱ顔は合わせて喋りたいな・・・。
一抹の不安と不満を抱えながらも、しかし昇子に聞かせたくもない・・・。
どうしよっかな・・・。
結局、言身は昇子を捨て置き、美十と2人でちょくちょく話し合うことにした。




