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11.恐怖の対象、崇拝の対象

 初めての戦闘を終え肉体的にも精神的にも疲れ切ったのか、女子専用テントにてみなは深い眠りに浸かっていた。

 『あははは・・・あはははは・・・あはははは・・・・。』

 楽しそうな笑い声が聴こえた気がするーーーー。

 誰かに呼ばれた気がするーーーー。

 そうして言身は目を覚ました。

 「・・・・・あれ?」

 一瞬、訳が分からず戸惑った。・・・しかし何も思い出せない。

 そうしている内にどっと眠気が押し寄せるが、言身は無理に体を起こした。そして目を擦りながら周囲を見回した。

 ・・・あれ、ミトちゃんがいない。・・・トイレかな。・・・私もちょっと・・・・・・どうしよ。

 テントはとても性能が良いものらしく、中は想像以上に快適な空間となっていた。・・・それに今は眠気が酷く身体も重たい。だから言身は動く気になれなかった。

 ・・・外・・・私も行く?

 意識すると更に尿意が湧いてくる。

 ・・・行かないとダメだなこれは。

 諦め、静かに立ち上がった。

 「ちょっとトイレ行ってくるね。」

 昇子に囁きかけ、厚めの長袖を羽織り、外に出る。

 ーーーー今は5月上旬であり、言身たちが滞在する第八防衛線「うす」区域は冷涼砂漠気候であるため、昼も夜も若干の気温差があるもののそこそこに快適な空間となっていた。・・・しかし今日の夜・・・正確にはここ最近の夜は少しだけ冷え込んでいた。

 「スゥ〜〜・・・ハァ〜〜〜・・・。」

 昼間とは違い、冷たい空気が胸に満たされる。

 「・・・・やっぱ臭いな。」

 言身は深呼吸したことを後悔した。

 ーーーー第八防衛線が位置する地域・・・そしてサミア戦線が位置する地域周辺は、世界的に見ても大気汚染が酷い地域だった。・・・もちろん一応ここ数十年、改善に向け努力はいしているものの、西サミアから中東、中央、南の一帯の多くがかつては後進国であり、当時の先進国の技術レベルに追いつくために、当時の先進国と同じように大気を犠牲にして発展を遂げた。

 そうして結局、抱え込んだ負債があまりに多く、また産油国であるがために改善の見込みはあまりに厳しく、あげく先進国の列に参入できた国はあまりに限定的であり、結局彼らの努力に見合うだけの結果は何一つとして得られていないままフェアリエ戦争は始まってしまった。・・・結果、戦火の中で火力と物量・・・即ち大量の資源が必要とされ、ならば当然、産油国である国々も大気汚染の改善だのと口にする前に、石油や資源を採掘し武器を・・それを作る為の工場を増設し続ける。さらにパストポロスディベル・・・デトメスタからテルラミアへと渡る大陸路にて起爆された核兵器による大気汚染も合わさり、結局昔の状態に・・・いや、もっと酷い状態と化してしまった。

 ただ、起爆された核兵器に関しては数発程度であり、オゾン層の破壊も小さく、そして一時的に留まったため、現場でこれに関することについての声が出されることは特に無かったーーーー。

 そんなわけで、美味しくもない空気に嫌気が差しながらもトイレまでの道のりを暫く歩いていると、先輩フィリデイのリーダーであるヤンヤンの声が聞こえてきた。

 「・・・・のせいだと、ウチは思ってる。」

 ヤンヤンは、隣に座る美十に向け話しかけていた。

 ・・・ここにいたんだ・・・どうしたんだろ。

 言身はお腹の力を適度に抜いて呼吸を整え、2人の背後・・少し離れた位置の物陰に隠れ、2人の会話に聞き耳を立てた。

 「あの時・・・ウチが問い詰めた時、機関の野郎は状況のせいだって言って否定したんだけど、でも今までの戦場を見てきた感じ、多分絶対に何かある。」

 確信を胸に、強気な声でヤンヤンは言い放った。

 美十はそれを黙って真剣に聞き込み、暫く考え込む仕草を見せる。

 「・・・わかりました、覚えておきます。」

 ーーー真偽が定かでない以上、確信はできない。・・・しかしだからと言って嘘八百と言い切るわけにもいかない。だから今は保留にしておこうーーー。それが美十の答えであろうと言身は察した。・・・あるいは決めつけたと言うべきか。

 ・・・やっぱミトちゃんはミトちゃんか。きっとこの話も全部自分で背負ってばっかで・・・。相談してくれていいのに。・・・してくれるかな?

 内容は知らないが、取り敢えず今後に期待し、今はまだ2人の会話に割り込まないでいることにした。

 「どうかしましたか?」

 迷った顔を見せるヤンヤンに美十が問うた。

 終わったかに思えた会話はまだ続くらしい。

 「いや、なんでも・・・いや、うん。そうだね。」

 下を向くヤンヤンが何かに納得し、再度口を開く

 「やっぱ言っておこうと思う。」

 なおも下を向くヤンヤンの表情には、微かな怒りが滲み出ていた。

 それに気づき美十は息を呑む。

 「ウチたちも、ミトたちも・・・多分、フィリデイはみんな使い捨てられる。」

 美十の目が見開かれる。声は出ていなかったものの、明らかに驚いていた。

 「・・・それはどうして・・・」

 ほんの少し震えた声で、美十がヤンヤンに問いかける。

 「強すぎる子はみんな・・危険なとこに送られて死んだ。(必然的に。)・・・でもあれは・・絶対にわざと。あの戦線の崩壊はわざと(意図的)だった・・・。」

 ひと言ひと言を発する度に、ヤンヤン野口からは怒りが滲み漏れる。

 普通に考えれば、強く経験豊富なフィリデイが、より過激な戦場に送られることはおかしくない。戦線を維持するためにも、その必要がある。・・・そしてヤンヤンは、その必要性を十分に理解している。

 だがあれは違う・・・あんなものおかいし・・・と、なおも納得いかないと心の奥底で叫んでいるのか、ヤンヤンの怒りは募り続ける。

 「フェアリエが多かったのに他と比べて明らかに何もかも足りてなかったし、しかも崩壊した後の立て直しはあっという間だった。絶対に上は意図してやってる。」

 握られた拳の中で爪が突き刺さっていたのか、ヤンヤンの手からは、静かに滲む怒りを形にしたかの如く血が滴っていた。

 ・・・凄く殺気立ってるなぁ・・・。

 あまりの威圧を前に、言身の本能が怖気づく。・・・離れているはずなのに、脚が震えていた。

 ・・・すご・・こんなの初めて・・・。

 脚を震わせる自分が、少しだけ面白おかしかった。

 そんな言身を余所に・・・そもそも言身が背後に居る事すら気づいていない美十は、ヤンヤンの威圧に耐えながら聞き返す。・・・なぜそのような事態が起こったと推測できるのか、を。

 「・・・なんでそんなことに・・・。」

 問いながら、ヤンヤンが口にした事態を想像して悲しくなったのか、美十の顔に憂いの感情が見え始めた。

 ヤンヤンはそれを一度見て、再び下を向いた。・・・けれど先程と違い、誰もが怖気づいてしまうような威圧は放ってはいなかった。・・・ちょっとチビッちゃうくらいの威圧に和らいだ。

 「・・・強すぎるフィリデイは、戦争が終わった後で厄介になるから。・・・だからここにきて・・勝てるってなって、殺されたんだ。絶対にわざと。あんなの・・・それだけじゃない。ウチは確信してる。・・・聞いて、ミト。ウチたちは・・・・」

 ・・・やばい漏れそう。トイレ行かなきゃ。

 続きが気になる言身は、しかしモラルを優先しその場を去った。

 ・・・フィリデイには隠された”何か”がある。・・・フィリデイはこの戦争で使い捨てにされる。・・・強くなりすぎたフィリデイは、時間を待たずして、上に立つ人間の手によって間接的に殺される。

 言身は聞くことができた情報をまとめ、改めて笑ってしまう。

 ・・・やばいな。・・・これ本当なのかな・・・。

 聞いてしまった内容は明らかに異常だ。しかし何故か、嘘八百と断定できない自分がいる。

 ・・・なんで・・・。

 こんなものを信じたくはない。自分たちがフィリデイになったのは、もちろん打算もあるが、それでも多くのみんなの心には、”何か・・あるいは誰かを救いたい、守りたい”という想いがあったからだ。

 決してみんなのヒーローになれることはないけど、それでも誰かの為のヒーローになると誓ってここに立ち、日々奮闘している。そんな頑張るみんなを殺しただなんて・・・そんな酷い話を誰が信じれようか・・・。


 ーーーートイレを終えた言身は、美十たちがいた場所を再び同じ場所から覗いた。・・・しかしそこには誰も居なかった。既に2人は去ってしまっていた。

 ・・・今戻ったら・・・まだミトちゃん起きてるかな。・・・もうちょっと待ってから戻ろ。

 言身は少し歩き、見つけた岩場に腰掛け空を眺める。

 ・・・星・・綺麗だな・・・。

 都会とも田舎とも言いにくい故郷に比べれば「うす」区域周辺の光源は少なく、空に浮かぶ星々はその輝きをしっかりと地上へ届けてくれる。・・・そんな夜空を見上げながら、言身は先程聞いたことを思い出す。

 ・・・・フィリデイの役目は、フェアリエと戦うこと。フェアリエとの戦争が終われば、フィリデイは価値を失う。・・・フィリデイは人社会だとあぶれ者?

 そんな・・多くの人にとっては大切とされる存在意義であったり居場所であったりが失われることを、しかし言身は憂うことができなかった。・・・とはいえそれは”本能から・・・自分自身が『生きる』という生存本能から(憂うことが)できなかった”ということであり、決して「どうとでもなればいい」と無関心でいるわけではない。故に言身は心配事が頭に浮かぶ。

 ・・・みんな・・大丈夫かな。・・・こんなこと・・さすがに言うわけにはいかないよね。・・決まったわけじゃないし・・・。

 だけどもしこれが起きてしまった・・それはあんまりにも酷い。・・・聞いてしまった以上は、私にできることはできる限りやろう。みんなが、少しでも不安を取り除けるように。

 そうしてを自分の在り方を再確認した言身の頭は一瞬まっさらになるが、しかしすぐさま別の疑問が浮かんでしまう。

 ・・・・のせいだと、ウチは思ってる。

 それはヤンヤンが口にした言葉。

 ・・・”何”のせい?・・・そもそもフィリデイが殺されるっていうのもやっぱりおかしくない?

 フィリデイは確かに強い。でも仮に何十何百と集まったところで、国を・・・あるいは政府を壊すことなんて不可能。フィリデイも結局は人間だから。フェアリエみたいに失くした肉を再生できたりはしない。・・・言ってしまえば、フェアリエと人間とフィリデイは三竦みの関係になってる。

 人の兵器はフェアリエの再生能力を前に無力だった。だからフェアリエ特効の力を持つフィリデイが生まれた。けどフィリデイにはフェアリエみたいな再生能力がないから、銃で撃たれたら死ぬ。それに手の届かない遥か上空から爆弾なんて落とされたら・・もうどうしようもない。

 つまり仮に誰かを殺そうってなったら、フィリデイなんか使わず狙撃銃を使ったほうがマシだし、そもそも暗殺術だったり隠密訓練なんて習ったことすらない。・・・だってそれらはフェアリエとの戦いに必要ないから。

 ・・・いや、そうか。・・感情的な面で恐れているのかな・・・。

 戦争が終わって、仮に誰からの援助や救いも無く居場所を失くしたフィリデイが革命家たちとつるむことになれば、その革命家たちに余計な自信を与えかねないとか・・・・単純にフィリデイに対して恐怖心を持ってるとか・・

 いやいや、それこそやっぱり・・・なんていうか腑に落ちない。

 その程度のことで、上に立つ人間がフィリデイを殺そうと考える?・・・ないでしょ。だったら・・・うん。・・・ヤン先輩は、私が聞き逃した”何か”が原因で確信に至ったってことかな?・・・そっか、じゃあミトちゃんも・・・いや、ミトちゃんは確信してなかったっけ・・・。・・・あれ?それも私の思い込み?

 思考が少しこんがらがった。そして、まるで真っすぐだった糸が絡まり始めて解けなくなるようにして、言身の頭は完全に混乱してしまった。

 ・・・だめだめ、いちから・・・ちゃんと道を辿って振り返らないと・・・。

 まず・・そう。強くなりすぎたフィリデイは・・・そっか。そもそも強くなりすぎたって・・どれくらい強くなったんだろ・・・。それ私知らないや。・・・まあそれはいいとして、とにかくフィリデイはいずれ殺されるかもしれない。・・・平和になった人社会にフィリデイは必要ない。けどだからって、フィリデイも結局は普通の人間と変わりない。多少、力が強いだけ。・・・だったら寧ろ重宝されるかも。・・・・じゃあ結局なんでだ?・・・一つは、私の知らない・・ミトちゃんがヤン先輩から聞いたこと。・・・もう一つは、殺されたフィリデイの強さの程度について。・・・・結局どちらにしろわからないな。というか二つと限ったわけでもないし・・・。・・・・・やっぱミトちゃんと話し合わないとな・・・・。

 ーーーー足音が聞こえ、近づいてくる。・・・それに気づかなかった言身は、後ろから忍び寄った誰かに、首元を羽交い絞めにされた。

 「ぅぐへッ・・・・」

 「何してたの。」

 言身の耳元、若干怒りの混じった声で、昇子が囁いた。

 「ぅごめ・・ん・・・。」

 「何してたの?」

 「トイレ・・行ってた。」

 「なんで起こしてくれなかったの?」

 「すぐ戻る・・から。」

 「なんで起こさなかったの?」

 「・・・ごめん。」

 再確認と徹底させるために怒った昇子は、そうして怒りを鎮めた。

 「これからは気を付けてね?」

 「ん・・わかった。気を付ける。」 

 ーーー普段なら言身が起きた時点ですぐに起きていた昇子も、今日に限っては疲労が大きく・・ぐっすりと眠っていたらしい。・・・言身の目覚めにも気づかないほどに・・・・。そうして起きた時には、さぞ焦ったことだろう。不安を募らせたことだろう。恐怖したことだろう。

 それを知る言身は、今なお自身に抱き着く彼女が暫く離れないであろうことを十分に理解し、今はただ身を委ねることにしたーーーーー。

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