08.成る者、成れぬ者たち
今の私がすべきこと。それはいち早くフィリデイとなり、経験を重ね、強くなること。この世界に存在する全てのフェアリエを駆除するために。
だから私はあの日、視聴覚室へと赴いた。・・・そして同じ志を持つ25人と出会い、兵学校にて同クラスとなった20人の仲間とともに基礎的な訓練を積み重ねた。
ーーーー人がフィリデイとなる際、基本的には個人が持つ能力値に4倍程度の補正が入る。・・・もちろんこれには個人差があり、またフィリデイと言えど能力値には限界が存在するという前提の上で。
このため適応者の能力値があまりに低いと、フィリデイとなった際の伸び代が悪く、また能力値の急激な上昇に適応しづらくなるという傾向にある。
そのため適性者はフィリデイとなる前にある程度の基礎訓練を行う必要があり、そして基礎能力検査にて合格を受けた者から順に次のステージへと進むことを許される。
基礎能力検査を通過した者は、まずフィリデイとなるための慣らしである適応検査を終える必要がある。これは最低限適応可能な量にまで薄め減らしたイコルを、3日間隔で3回から6回に分け接種していくというもの。またこの慣らしでは、適性者が適性者たる者であるかを最終判別する必要もある。
適性検査にてイコル適応適性値基準をクリアしたとしても、それはイコルとの適応が確実に行えるというわけではなく、あくまでも可能性が高いというだけ。
イコルとの適応は、実際に最低限適応可能な量のイコルを接種してしかその正確性が測れず、それ故に兵学校まで来てもイコル適応不可の判断を受け兵学校を退学になる生徒が存在する。とはいえ適性検査における可能性が高いというのは文字通りそのままの意味であり、適応検査段階において適応不可の判断が下される者は300人に1人程度である。
実際言身たちが在籍することとなった第三兵学校においても、第1期全生徒3000人への慣らしが終わった段階で適応不可と判断された者は、8人だけであったーーーー。
「貴方・・凄いわね。」
1度目と2度目・・そして今回の3度目においても言身は、クラスの専属医・・・血色の感じられない肌に、肩あたりで結ばれたさらさらなダークブラウンの長髪をなびかせる女性から、同じ言葉を投げ掛けられた。
「全く問題無いどころか・・寧ろ・・・・。」
あまりの驚きに女性は口を押さえ、隈の取れない目で画面を凝視した。そして少し考え込んだ後、言身に笑顔を向けて言った。
「まあいいでょう。3回続けて問題無し。合格よ。貴方はもう、いつでもフィリデイになれる。というか1度目の時点で既に完了していたわね、これだと。」
それを聞いて取り敢えず”一安心した”言身が、女性に向け意見を問う。
「それじゃあ私は・・・次はどうしたら?」
「取り敢えずは貴方の教官が何か指示をくれるはずよ。私からも伝えておくから。」
言われて、「確かにそうなるか。」と思った。
「わかりました。それじゃあ。」
そうして言身と”昇子”は席を立った。
「ああ、貴方はまだよ。次も来てね。」
女性が昇子を見て言った。
「わかってます。」
ちょっとだけ不満気味に昇子が返す。
・・・そっか。ショーコちゃん1回目で体調崩しちゃったから・・・。でもここ2回は安定してるらしいし・・・だったら次も大丈夫か・・・。
言身が昇子の手を取る。
「私がちゃんと連れてきます。」
軽く苦笑い気味に女性へ伝えた。
「ええ、お願いするね。それじゃあ。」
「はい。」
ーーーーそうして言身は適応検査をクリアし、次の検査で昇子も検査を終えることとなった。
ただし言身のクラスにまだ通過していない者がいるとして、言身たちの教官である藍実 忠道という男は、既に適応検査を通過したクラスの員に向けフィリデイになることを少し待つよう指示を出した。
それはフィリデイとなる際の”共鳴”による”能力値増幅”を”知っていた”からーーーーー。
ーーーーそうして次の検査も過ぎ去りみんなが適応検査を通過した後、私たちは2人づつで病室を分かれ、それぞれがベッドに寝転び軽く拘束された状態で、適正量のイコルを打ち込まれた。そしてーーーーー。
ーーーー私は、おねしょした。・・・ショーコちゃんもおねしょしたらしい。・・・多分みんなやらかした。
・・・なんでこんな事になったのかと言うと、イコルを接種したから。
そうだな・・・まずイコル接種の時に感じたことをひと言で表そうと思う。
『・・・あれは薬物。』
人は薬物に手を出すと、あまりの快感に薬物無しの状態に耐えられなくなるらしい。・・・正確には快感の後に来る・・なんだっけ・・・まあそのなんだ。そのせいだったかもしれないけど・・・。
とにかく依存しちゃうってこと。・・・イコル接種の時に感じた快感は多分、人が死ぬ時に感じる快感を凌いでると思う。
まあでも、とはいえだけどね。確かに気持ちよかったけど、それはあくまでも途中から。最初のうちはめちゃくちゃ不快で気持ち悪かった。言うなら・・・自分家の庭に犬のうんちがあった時みたな・・・?・・・いや、やっぱ普通に風引いた時みたいな感じか。・・・ただ、吐きそうにはならなかった。
そんな感じてとにかく不快で気持ち悪くて・・・でもある瞬間突然に、フワッてそれらが抜けて・・・気がついたら背筋がゾクゾクとしだした。もちろん快感方向のゾクゾクね?
・・・というか私はなんでこんな・・一体誰に向かって喋ってるんだか・・・。
まあなんとなく喋らずには・・・いや、考えずにはいられない。ずっと頭の中で考えがぐるぐると回り続けてるよ。・・・まったく・・情報が多すぎる・・・・。休ませて・・・。
ーーーー病室内の端にある狭めのシャワー室にて、汗とかで汚れた体を綺麗にした。
「私のほが起きるの早かったね。」
狭い脱衣所で、昇子が服を着ながら言った。
・・・確かに・・私の方が先にイコル摂ったけど・・・。
正直そこまで気にすることは無かったため、昇子に言われ改めて認識するだけに留まった。
「・・・結構待ったんだよ?」
昇子がドアを少し開き、中を覗き込み言った。
「キャ〜・・エッチ〜・・。」
平坦な声で言身が返す。
「カシャッ!カシャッ!」
昇子は口でシャッター音を切る。
「ふひ、お前の裸を撮ってやったゼ!これをネットにばら撒かれたくなかったら大人しく言うことを聞くんダナ!」
言って昇子がドアを全開にし、ガニ股で膝を曲げ、それと対になるように両手を上げた変なポーズで構えた。
言身は、昇子に向けシャワーの勢いを最大にして水をかけてやろうか・・という考えが脳裏に一瞬過ぎるが、流石に脱衣所を水で汚すわけにはいかないので辞めることにした。
「寒い、閉めて。」
「へいへ〜い。」
そうして昇子はドアを閉め、”服を脱ぎ”、再びドアを開いた。
「やっぱ一緒に入るぅ〜。」
「・・・は?”また”入るの?」
”また”・・というのは、確かにシャワーがニ度目であるという事に対するものでもあるが、それと同時にそもそも既に一緒に入っていたことに対して言ったことでもある。
昇子は起きた時、既に一度シャワーを浴びていた。しかし言身がシャワーへ入るとなって昇子もまた一緒に入ることにした。とはいえ既にさっぱりした状態の昇子・・・そして狭い脱衣所で2人が同時に着替えるのはあまりに窮屈。故に昇子だけ先に上がったのだが・・・。
ーーードアを閉めた昇子に対し言身がシャワーをぶっかける。
「ごめん、じゃあ私が先に上がるね。」
言身が言ってシャワーを止めるが、昇子は真顔で疑問符を浮かべた。
「え?」
「いや・・えッ?・・じゃなくって。」
おかしいでしょ・・と、呆れる言身を余所に、昇子はピッチリと言身に抱きつく。
「じゃあ私も。」
「いやいやいや・・・・いや・・まあいいか、ここで着替えれば。」
少し考えて問題は解決した。
多少湿っけが強いが、長く湯気が出ていたわけではないシャワー室において、熱がこもり過ぎることはないから。・・・脱衣所への扉を開けておけばなおさら。
ーーーーそうして着替え終わった2人は病室へと戻ってきた。
「お疲れ様。それじゃあ早めに検査を済ませたいからついてきてくれる?」
イコル接種時から病室でずっと待機していた女性が立ち上がる。
「貴方たちで最後らしいから、待つことはないかな。」
・・・私たちが最後って・・・じゃあ目を覚ましたのは私が最後なんだ・・・。
そんなことを考えながら女性の後に続いた。
ーーーーー検査を終えて、晴れて私はフィリデイとなったわけだが・・・。
思いの外あっさりしてるし・・・なんかいつもとあんまし変わらないかな・・・。
言身はそのことについて深く考えようとはしなかったが、しかし他の皆の状態を知った事で考えを改め直すことになる。
「すごいよね!ね!」
そう叫ぶのはエリカ。既に皆が模擬刀を手に動き回る中、遅れて訓練所へとやって来た言身に向かって。
「ほら!コトミちゃんも!ショーコちゃんも!」
エリカから手渡された模擬刀を受け取る。
・・・凄いなテンション。・・・いや・・いつ通り?
中学校での普段のエリカがあまりにも元気で明るすぎるせいで若干迷ったが、しかしそれでも・・クラスメイトとして見続けていた言身から見て、その”異常性”は明らかだった。
・・・フィリデイになれてみんなそんな嬉しいのかな・・・。
その瞬間は結構あっさりと・・特に深くを考えることもなく、なんとなくで決めつけた。だけど辺りを・・皆を見回して少し、物言えぬ悍ましさを感じ取った。
ーーー走り、跳び・・模擬刀を振るい、打ち合い・・・。誰も彼もが一様に口角を上げ歯を剥き出しにし、目をギラギラに見開き輝かせている。
言身はそんな皆を見て、イコルという”何か”・・あるいはフィリデイという存在に・・・その行く末に、一抹の恐怖を抱いた。
・・・これが・・私たちの望んだ形?
普通はもっとこう、覚悟とか意志が固まって厳かな雰囲気になるものだと・・・無意識にそう思っていた言身は、目の前の状況に慣れきる事ができなかった。
「コトミちゃん大丈夫?」
隣に立つ昇子が言身を見つめる。その顔は心配そうにしていると思われるが、しかし奥底には皆と同じようにソレがある。・・・言身はそれを知って・・気づいて・・・つい本心からの恐怖をその目に宿してしまったーーー。
一瞬驚きの表情を見せた昇子が涙無く涙を流し、そのまま言身から視線を逸らす。
「違う!違うの!」
ハッ・・と慌てる言身が昇子の手を取り叫んだ。そしてそのまま、暫く昇子の顔を見つめた。
「・・・いいよ。・・大丈夫。」
昇子はそう言うが、視線は下を向いていた。
「・・・ほんとに・・違う・・・。」
力無く肩を落とし、言身も俯いてしまった。
初めて・・の事ではないが、しかしやはり初めての事だ。・・・言葉に表すことができなくとも、言身は確かに感覚でそう感じ取った。
・・・なんで私・・・。
「やってしまった」と後悔する。
もちろん昇子の前で自身に嘘を付くつもりはない。それでもときどき「見せたくない」と思う気持ちはあるから、直接伝わることのないように工夫する。
言身は自分を理性優先の生き物だと思っていた。本能よりも理性が優先される生き物だと・・・。だからこそより驚く。『なぜ自分を制御できなかったのか』・・・と。
初めての体験に、言身の心は恐怖で埋め尽くすされていた。
・・・お願い・・離れて行かないで・・・。
冷静になれば昇子が自身から離れるなどはありえない話だ。しかし冷静さを失っているこの瞬間においては、本心からそれを願い続けていた。そして当然、それが顔にも出ていたわけで・・・・。
「私も、ごめん。大丈夫。」
昇子が言身を抱きしめた。
その行為によって得られるものは信頼の回復。愛情の再確認。そして番が不滅であることの再証明。
だから言身は安堵に包まれた。そして冷静さを取り戻し、理解した。・・・自分の考えがおかしかったことを。
そうして言身は涙を流した。
「ごめん。ごめんね・・ショーコちゃん・・・。」
ーーーーなぜだろうか。なぜこうも自制が利かないのだろうか。なぜこうも感情が膨れ上がってしまうのだろうか。・・・私は一体どうしてしまったのだろうか・・・ーーーーーー。




