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07.踏み出す勇気、潰えぬ覚悟

 「ねぇ〜え。」

 「ん?」

 テレビを前に二人してソファに座る中、昇子が言身に身を寄せ、言身の肩に頭を乗せた。そして言身の手の甲に沿わせた指を軽く動かす。

 意図を察した言身は手の平を上に向けた。

 「んふふ〜。」

 昇子は嬉しそうに笑った。そして2人は手をギュッと握り締めた。

 ーーーー世界は少しづつ変容いていく。それはどうやったって変えられない事実で・・しかし人々は何時だって、当たり前の変わらない日常を欲し続ける。よく「代わり映えのない日常には飽き飽き」とか言う人がいるけど、結局彼等の言う新しい別日は、彼等自身が求める"当たり前の日常"ありきの上での話だから、この事実はやはり間違いないと言える。私はそう考えている。

 変わらない今の生活を前提として、新しい明日を求め続ける。けど新しい何かを得る為には自らが行動を起こす必要があって、その為には、今この瞬間にも流れている変わらない日常を放棄する必要があって・・・。だからそんな選択肢は存在できないそいうのに、それでも人は明日を求める。今を壊す覚悟もなく、だけど、今よりも幸せな未来を願う。又、受け入れ難い未来を否定する。その結果として引き起こされるのが、この暴動なのかな?

 政府機関の前にてプレートやらを掲げて声やらを放つ彼等の言い分はこうだ。

 「フィリデイの適性年齢は嘘。政府の人間は自分たちが戦争に行きたくないから、子どもを戦争に行かせている。」と。

 バカバカしい。

 実際この小さな暴動に参加しているのは大半が老人であり、残りの大半はただ目を伏せることしかしていなかった。そう。大半は理解しているのだ。この世界の現状を。

 フィリデイの適性年齢は紛れもない事実だ。ただし、彼等がそう思い込んでしまうのも無理は無い。何せ戦場では、既に19歳以上のフィリデイがちらほらと存在しているのだから。

 といってもそれは、ほんの数十人程度。数千万単位で存在するフィリデイの中の、ほんの数十人程度。

 要約すると、18歳までという指標はあくまでも危険性の違いでしかないということ。18以前か19以後かで、危険性の有無が大きく変わる。その為フィリデイは18歳以下しかなれないとなった訳だ。

 あと補足しておくと、この数十人の中には適性検査をクリアしていない大人だって存在しているらしい。・・・ネットの噂程度だけど。

 そんな中で、だ。彼等は、暴動を起こした。またその他大勢は、下を向くことしかしなかった。誰一人として、「俺たちも戦場へ赴こう」とは言葉にしなかった。

 愚劣で醜悪な自分至上主義者たち。主観でしか物事を捉えず、主観でしか物事を話さず、主観をもとに正義を騙る。それがこの世界の大半の人間の在り方。

 不愉快だ。本当に気持ちが悪い。それでもこれこそが人間の本質であると、そう納得している。だからこそ陸奥先生のような人間を美化して見てしまう。

 きっと、人間が嫌いでありながらそれでも嫌いになりきれない私の心は、そういった要因が絡みついていることが問題なのだと、自分なりに解釈することにした。

 「みんな死ねばいいのにね。」

 ソファに座る昇子はただ一言。大衆をテレビ越しにしてそう言った。

 「ちょっとショーコ、それは流石に言いすぎだって。」

 キッチン横の椅子に座っていたシノが慌てながら昇子を諌めるが、昇子は不思議そうに問い返した。

 「ほんとーに?」

 その言葉を前に、シノは何も言えなくなってしまった。もちろん、シノとしても本当に死ねばいいなどと思ってはいない。しかしその映像に映るただ一人の女性を前に、どうしてもこの集団に苛立ちを覚えてしまうから・・・だからシノは言葉に詰まってしまった。

 ーーーしばらくの沈黙が流れるーーー

 ・・・今、私たちはシノちゃんの家に来てます。シノちゃんは同中同学年で、シノちゃん、カコちゃん、リオナちゃんの3人も適性検査を通過して、尚且つみんな戦場に行くって決めてます。そんなわけで、「それじゃあ仲良し会しよう!」ってことでみんなで集まることになりました。もちろんはじめはわいわい楽しく談笑してました。でもテレビでアレが流れて、そして今まさにこの微妙な空気となってしまったわけです。・・・以上!

 「ショーコちゃんって・・・思ってたより過激?」

 始めに沈黙を破ったのは莉緒菜りおなだった。

 「リオナ忘れた?ショーコってば1年の時に3年生の先輩に腹パンいれてたじゃん。」

 すかさずシノが話題を変えようと、無理に笑いながら思い出話を持ち出した。が、莉緒菜はイマイチ、それが何かピンと来ていなかった。

 「そんなことあったっけ?」

 「裏新聞関連ね。」

 自嘲しながらも昇子が補足する。

 「そうそう。どうリオナ。思い出した?」

 『頼む思い出して!じゃないと話が繋がらない!』・・・と、シノはそう言いたげな雰囲気を見せる。

 「ええ・・・・あ、ああ!あれショーコちゃんだったん・・だ。」

 「そだにょ〜。」

 莉緒菜は微かな記憶からそれを呼び覚ますことに成功したが、それと併せて『やべぇ奴がいる』という情報が出回っていたこと・・そしてその情報を鵜呑みにして自身も彼女を遠ざけていたことを思い出した。

 「・・・ごめん。」

 莉緒菜は素直に謝った。

 「・・・ん?なんの謝罪?」

 昇子が言身を見ながら問うが、言身にもその理由は分からず首を傾げた。

 「まあまあ、いいじゃん。」

 パンッ・・とシノが手を叩く。そして話を続ける。

 「とにかくさ、絶対に怒らせてはいけない女トップ10に選ばれてたってことよ。ショーコって女はね。」

 「あったねそんなの。」

 昇子も懐かしそう話に乗る。・・・まだ1年前の話だが。

 「最高で2位だっけ?」

 言身が付け加える。

 「とっても不名誉なね。」

 昇子は不満そうに頷きながら答えた。

 「そん時の1位は・・・確かツミレか。」

 シノが机に頬杖をつきながら、逆の手で昇子を指さし聞く。が、昇子ではなく香子かこが口を開いた。若干の恐怖と怒りを交えながら。

 「妥当。アイツ強すぎ。」

 ・・・何かあったっぽい。

 言身は小さく笑った。

 「ちょっと小突いただけなのに、ビンタ食らったもん。」

 不満そうに香子は答えたが、しかし昇子とシノからツッコミがはいる。

 「「自業自得じゃん。」」

 ついでに二人してゲラった。

 「お前が言うな!」

 香子が昇子に対し、敵愾心剥き出しで涙目になりながら立ち上がり指さし叫ぶ。

 「ショーコちゃん・・カコちゃんになんかした?」

 「さあ?」

 「はあぁ?!ふざけんじゃねぇ!」

 香子が可愛く(本人としては精一杯力強く)オラついた。

 ・・・ショーコちゃん、なんかしたっぽい。本人は分かってないみたいだけど。・・いや、それかわざと忘れたふりして煽っているのか?ショーコちゃんならあり得る・・・。

 そう言えばだけど、私たち5人は1年生の時に同じクラスだった。だからまあ、関わり合いはそこそこ深くある・・はず。というか寧ろこの話は、多分その時のことで・・・。

 「謝ったら?一応。」

 言身が昇子に催促するが、その前に香子が口を開き精一杯に説明する。

 「コトミちゃん一応じゃないよ!こいつはね、いっつもいっつも私の邪魔をしてきたの!私はずっとコトミちゃんと”仲良くなりたかった”のに、こいつが邪魔して近づくことさえできなかったの!」

 なにそれ。そんなことになってたんだ。

 「・・・え、じゃあこれ私のせい?」 

 言身が全員を見渡す。

 「そーだにょ〜。」

 昇子がいの一番に答えた。

 「違うお前のせいだぁ!」

 香子が即座に否定した。

 「カコ落ち着いて。」

 シノが香子を諌める。そして香子は立った状態でも座ったシノの膝の位置に太ももがくる為、シノは持ち上げた足を香子の腰に回し自身のお腹に寄せ、香子が動けないように両手両足で抱きしめた。

 「ンゴォォ!!」

 「こちょこちょ〜。」

 回した手を脇腹に持っていきそれで”遊ぶ”。

 「んにぁッ?!あフッ・・ちょ・・ちょぉッ・・・・!!」

 シノに捕まりくすぐりの刑に遭う香子。そして携帯のカメラを手に頬を赤らめる莉緒菜。

 キッチン横のテーブルで仲良さそうに?している3人を、言身と昇子はソファに座りながら眺めていた。

 ・・・あ、だめだこれ。見ないでおこう。

 香子の威厳のため、言身は視線を逸らすことにした。ついでに昇子の頭を手で捻じ曲げて視線を正面に持ってくる。そうして2人は再び、テレビに視線を戻した。

 今尚続くこの暴動。その中には、カコちゃんのお母さんも参加していた。

 もともとカコちゃんのお母さんは、カコちゃんがフィリデイになることに反対していたらしい。でもカコちゃんはそこに否を唱えた。

 ・・・正直、あの臆病で怖がり屋なカコちゃんがフィリデイになると決めたことは、私でも驚きだった。

 ・・・カコちゃんのこと、やっぱまだよく知らないかったんだな。

 それは当たり前のことだけど、しかしもっと仲良くなってれば・・・なんて思ってしまう。

 それでもやっぱり私の知る限りで、カコちゃんは臆病で怖がりで、いざって時に勇気が出ず足が竦んでしまう性格なんだ。だから、普段からこうして当たりが強いのはそれを隠すためだと思ってる。・・・もしくは騙すため?

 だからこそ強気でいようとするカコちゃんだけど、でもはたから見ているとそれはオオアリクイの威嚇ポーズによく似ていて、つまり可愛い。ガミガミと噛み付く仕草も、怯えながらもそれを隠す仕草も、何もかも全てが小動物の愛くるしさに重なって見えてしまう。そんなカコちゃんが、フィリデイになると言ったらしい。

 シノちゃんでもリオナちゃんでもなく、カコちゃんがそう言ったらしい。だから三人はあの日、フィリデイとしての説明を受けるために視聴覚室へとやってきていた。

 臆病で怖がりで、いざって時に勇気が出ず足が竦んでしまうカコちゃんは・・・しかし今回ばかりは始めの一歩を踏み出すことができたらしい。何よりも大切で、簡単な筈なのにどこまでも重たい始めの一歩をーーーー。

 そんな少女の強さを知って、言身は彼女と友達になりたいと改めて思った。

 「んひッ!」

 ビクッ・・・っと、香子の全身に力が入る。

 「あッ!・・・やっちゃった・・・ごみん。」

 シノが本気で申し訳なさそうに謝る。

 香子はシノに体重を預け、「カヒュー・・コヒュー・・・」と、焦点の定まらない瞳で虚空を眺めていた。そして足元・・カーペットの端とフローリングの床の一部がビショビショに濡れていく。

 「リオナ!タオル!」

 「フヒッ・・あ、うん。すぐ取ってくる。」

 愉しそうな莉緒菜が冷静に席を立ち、キッチンからタオルとキッチンペーパーとウェットティッシュを持ってきた。

 そして莉緒菜は、まずはキッチンペーパーでカーペットや床に広がった水分を拭き取り、その後はウェットティッシュで水分が広がった床一面を拭く。次にカーペットの濡れた箇所を水で濡らしてからキッチンペーパーで水を吸い取り、ある程度終わったところでキッチンペーパー、タオルの順にカーペットの表裏両方に重ね、上から踏んだ。

 「・・・いや、さすがに洗濯か。」

 椅子に座ったまま冷静に判断したシノが呟く。

 「ごめん莉緒菜、任せちゃって。」

 「いいよぉ〜。」

 莉緒菜は愉しそうに言った。

 「あたしはカコを着替えさせてくる。」

 「ん、りょーかい。」

 そしてシノは香子を抱えたままお風呂へ向かった。

 ・・・ショーコちゃん、ここは視線を外しておこう。

 言身は静かに手振りで昇子を誘導した。が、その背後で・・・ピッ!・・・と録画完了の合図を送る音が鳴った。

 ・・・・・・・ああ・・。

 言身は頭を抱えた。

 「・・・ショーコちゃん・・・。」

 諭すように言って、しかし莉緒菜が口を挟む。

 「ショーコちゃん。後で送って。そっちのアングルも欲しい。」

 「ん?ああ、いいよ〜。じゃ、送っとくね。」

 何というか・・・・なんて言えばいいのか・・・・。

 言身は黙ることにした。無視することにした。関わらないと心に決めた。

 ・・・いやいや、これでカコちゃんと友達になれるっかッ!!


 ーーーーーテレビの画面は真っ暗で、テレビ前にある背の低い机に、言身、昇子、シノが座っていた。・・・香子は言わずもがな、莉緒菜を連れて部屋を移動してしまった。

 「でも本当に意外だったな。まさかカコが戦場に行くって言い出すなんて。」

 先程のことは無かったことに・・・そんな雰囲気ですシノが話し出す。

 「シノちゃん的にも意外なの?」

 言身はそれを受け入れ会話を続けることにした。

 「そりゃあねぇ。カコは臆病だし怖がりだし泣き虫だし弱っちぃし・・・」

 「ちがぁぁう!!私はそんなじゃなぁぁぁ!!」

 上の部屋から声が飛んでくる。

 「あはは・・・・・・まあ、だからカコは絶対に行かないだろうって・・そう思ってたんだけどな・・・。」

 シノは頬を掻きながら、少し嬉しそうに・・けれど不安そうに言った。見え隠れする恐怖を纏わせながらそれを口にした。

 「・・・そっか。」

 言身はそれに気づいて、もう一度考え直す。

 確かに私的にも意外ではあった。だけどその理由を今一度考え直してみると、なんとなく思い当たる節がある。いや、全くの見当違いかもしれないけど、でも、もし私がその立場に立っていたなら、多分この理由で行くと言ったはずだから。

 「行きたくないの?」

 言身がシノへ問う。

 「行ってほしくない。」

 シノは即答だった。

 「”シノちゃんは”、行きたくないの?」

 改めて聞き直す。

 「・・・守る為には、行かなきゃでしょ。」

 返ってきた言葉は、予想通りだった。だからさらに攻め立てる。

 「”置いていくつもりだったの?”」

 シノの瞼がピクリと動く。

 「・・・・リオナが居てくれる。」

 シノは視線を逸らしながら答えた。

 「”二人ともを”置いていくつもりだったの?」

 言身はさらに攻め立てる。

 「・・・・・そうだね。うん。そうなる。」

 ようやく認めた。

 言身はシノがずっと避けていたであろう思考を引き戻した。改めて認識させた。そして続ける。

 「カコちゃんは、それが嫌だったんじゃないの?」

 「え?」

 2階からも”本人の”驚きの声が聞こえた。

 「わかってる。でもさ・・・」

 「え???」

 さらにもう一度、2階から本人の驚きの声が聞こえた。

 「カコちゃん的にはどうなの?」

 言身は大きな声で2階にいる香子に問うた。

 暫くして足音が聞こえ、莉緒菜の手を引っ張る香子が3人のいるリビングへと戻ってきた。

 「ま、まぁ確かにある・・あるよ・・うん。」

 香子は下を向いたまま、赤く腫らせた目尻で・・赤く染めた頬で・・震える声で・・・それでも力強く精一杯に声を出す。

 「・・・だから・・シノちゃんやリオナちゃんに頼ってばっかの私は・・もう終わらせることにしたの。・・・私は・・意気地なしなままでいる私が許せない。だから私は・・決めたの。・・・怖くて足が竦んでも・・・誰になんと言われようとも・・絶対に行くんだって・・・。」

 そんな勇気を受け取って尚、それでもシノは問い返す。

 「でもさ、カコ。何度でも言うけど、戦争に行くんだよ?それも化け物との。・・・わかってる?言い換えれば・・死にに行くようなものなんだよ?」

 「わかってる!でも・・決めたから・・・。」

 カコちゃんの顔からは、『もう後戻りなんて絶対にしない。』という覚悟が伝わってきた。

 臆病で怖がりで泣き虫で弱っちくて・・だけど本当は負けず嫌いで意地っ張りの頑固者。そうあるだけの心の強さを、カコちゃんは持ち合わせていた。

 シノちゃんはきっと、そんなカコちゃんに何度も説得を試みたのだろうと思う。だけどそれはことごとく失敗に終わり・・・そして今日。最後の説得も失敗に終わった。ならばもう・・・

 「信じてあげるしかないんじゃない?隣に立って、一緒に進み続けるしかないんじゃない?」

 これ以上、何かを語る必要は無い。だから私は押し黙る。

 「そうだね・・・うん、大丈夫。カコの事は何に変えても守るから。」

 シノが両の拳を握り立ち上がった。

 「ナシノがそれ言う?」

 莉緒菜が軽く笑いながら口を挟んだ。・・・この状況下で。

 「ふぐぅ・・うんぬぅ・・・。」

 香子が唸り声を上げる。

 「あ、ごめんねカコ。記憶呼び起こしちゃって。」

 リオナちゃん・・わかっててやったのか・・ただの天然なのか・・・。流石にこのタイミングは・・・いや、逆に今だからこそなのかな・・・。

 「い、いいよリオナちゃん。リオナちゃんなら全然いい。」

 香子は噛み締めながら言葉を紡いだ。

 「ごめんカコ。ホントに・・・でも、さ。ほら、初めてじゃないじゃん?」

 シノが地雷を踏み抜く。

 「ふんぐぅ!」

 香子が強めの唸り声をあげた。

 「ナシノ・・・。」

 莉緒菜は呆れ返ってしまった。

 「ちょ!ホントにごめん!ごめんって!今のは無しに・・は・・無理か。」

 シノがしょんぼりと立ち尽くし頭を掻く。

 「大丈夫。聞かなかったことにしとくから。」

 昇子が3人を見渡し口を挟んだ。笑いながら。

 「・・・嫌な笑顔。ショーコもうちょっと隠そうよ。それじゃあネタ頂きましたって言ってるも同然だよ。」

 ・・・あ、これ言わない方が・・・・。

 気づいた時には遅かった。

 「言ってるんだよ。」

 言身が止める前に昇子が口を開く。

 「ふんぐぅぅぅぅ・・・んあぁぁぁぁ!」

 さらに強い唸り声と叫びが香子の口から溢れる。

 「変な鳴き声が聴こえるぅ~~。」

 昇子はさらに煽った。

 「ショーコちゃん・・・。」

 言身は昇子の口を押さえ自身に抱き寄せた。

 「ソウダゾショ〜コォ。サスガニィ、コレイジョウハァ、アタシガオコォルゥ〜!」

 棒読みシノが片手の拳を振り上げた。

 ・・・何やってんだ?

 全員がシノに冷ややかな視線を向けた。

 「んぐぅ・・・。」

 今度はシノが唸り声をあげた。

 「んっまぁ・・・。」

 昇子が言身の腕を振りほどき口を開く。

 「はぁ。まあとにかく、コトミちゃんに近づかないって約束できるなら黙ってるよ。」

 「はぁぁ?!なんで!お前に!そんなこと!!」

 香子が昇子に向け威嚇する。

 「私は別にいいんだけど・・・。」

 言身の言葉に香子がニパァァァッと笑顔を見せた。

 「駄目。この小動物に近づかれるのはなんか嫌。」

 「ナニソレ?」

 香子はまた不満の顔に戻った。

 「とにかく嫌。だ、か、ら、・・・ね?」

 昇子がニコッっと笑い首を傾げた。

 「まあ、それなら・・・。」

 「んごぉぉぉ!!」

 ショーコちゃんが言う以上は無視するわけにもいかないし・・・なんて訳ない。さ、す、が、に、・・・私は私の自由に決まってるでしょ。

 「嘘だよカコちゃん。ショーコちゃんのことは気にしなくていいから。」

 その言葉に、香子は今日一の笑顔を見せた。

 「コトミちゃん?」

 「・・・ん?」

 言身は笑顔を作り、昇子に無言の圧をかけた。

 「・・・あぉ・・・・・まぁいいや。けど、ね?ほどほどにね?」

 「それはわかってるよ。流石に私もショーコちゃん優先だし。」

 「よし。」


 ーーーーそうして時間が過ぎて、時間も時間ということで言身と昇子は帰ることにした。

 「じゃあね。」

 「うん。バイバイ。」

 結局玄関口で20分くらい駄弁ってから別れた。何だかんだ言って、この3人とはそこそこに仲が良かったんだ。だから苦も無く盛り上がって話しが弾んだ。

 「・・・カコちゃん・・大丈夫かな。お母さんのこと。」

 「バッチリ写ってたね。テレビ。」

 カコちゃんのお母さんは、テレビ越しに起きていた小さな暴動に参加していた。

 もともと自分の娘には戦場に行って欲しくないという思いが強かったらしい。でもカコちゃんは行くと決めた。そんな娘の意志を、それでもお母さんは全力で止めようとした。カコちゃんが何度拒んでも繰り返し繰り返し・・・。

 正直なところ、私はカコちゃんのお母さんを”好きにはなれない”。もちろん母親としての存在だけじゃなくて、”人間として”。

 だってせっかくカコちゃんが覚悟を決めたというのに、それを娘の為と言って拒む親なんてさ・・・。

 「実際のところショーコちゃんはどうだと思う?」

 「”どうでもよくない?”」

 昇子は強い口調で言い放った。が、それに対して・・また先程の件といい、いい加減言身自身にも”怒り”が募り始めていた。だから言身も強い口調で言葉を返す。

 「よくない。さっきもそうだけどさ、私の気持ちを蔑ろにしないでくれない?別にいいよ。ショーコちゃんのことはよく知ってるし、本音部分だってよく理解できる。でもだからって私にだけ強制敷くのはおかしくない?なに?全部受け入れろっていうの?」

 「・・・ごめん。」

 「そうだよね。謝るしかないよね。だってもしここで肯定したらそれは唯一の親友を失うことになるもんね。」

 「ほんとに・・ごめん。もうとやかくは言わないから。だから・・お願い。」

 先程と正反対に酷く弱腰となった昇子は、顔を俯け言身の手を取り切に願った。弱く脆く欠けてばかり。言身がいなければその心すら繋ぎ合わせることができずに崩壊してしまう、恐らくこの世で一番弱い存在。そんな昇子を引き寄せ、その額に自らの額を重ねた。

 「わかってる。私も同じだから。・・・だから絶対に離れることなんてない。でも、カコちゃんの変化を私は気に入った。それだけは覚えてて。」

 「・・・うん。」

 弱々しくも傲慢で下劣な少女は、同じく弱々しくも・・しかし謙虚で高潔な少女に手を引かれ、夕暮れ時の帰り道を確かな足取りで歩んで行ったーーーー。

 そして翌日の月曜日明朝。学校が休校となる中、先週、共に視聴覚室にて集った25人と3人の教師が校庭に集う。そしてバスはやって来た。言身たちを兵学校へ運ぶ為に。

 そのバスにここ数日でまとめた衣類や生活品といった各自の荷物を積み込み、そして自分たちも乗った。

 バスの行く先は第三兵学校だ。

 そこはフィリデイとなる者たちが事前に訓練を受けるための施設であり、そこは完全な全寮制であり、そこは外部者が無許可で侵入することが許されない区域となっている。

 仮に親と会いたいのなら、親が許可を取って兵学校内で会うか、それか生徒が外出許可・・あるいは帰省許可を取得し学区外にて会うかするしかない。

 そんな閉鎖された空間に今、このバスは向かっているーーーーー。

 

 兵学校には言身たち以外にも多くのフィリデイ適性者が訪れる。よって兵学校にてまず行うは、クラス分けである。

 今時こんじ戦場では、部隊ごとの力量差が偏りすぎることを良しとされていない。なにせ相手はフェアリエであり、そしてフェアリエの防衛方法は至ってシンプルであるが為だ。

 現在、主戦地とされているテルラミア大陸には、サミア大陸戦線とテルラマグナ大陸戦線の二つの戦線が引かれている。この大陸戦線は大陸を分断する程の大きな戦線であり、そして両戦線に挟まれるようにしてフェアリエの生息域が広がっている。

 箇所により総数に違うが生まれるが今は、巨大な山脈を含まず・・しかし砂漠や湿地といった”人の生存に適さない地”を含む戦線全域にてフェアリエとの交戦が繰り広げられている。加えフェアリエが行う戦闘方式は、個が有する強大な膂力と再生力を活かした直線的な突進・・・即ち特攻に等しい攻撃のみである。

 そしてフェアリエの特攻を受け止める為には、フェアリエを足止めできるだけの火力が必要であり、故に側面を捨て正面に対する火力を最大限発揮できる陣形を構築している。

 しかし正面火力を最優先とするこの陣形においては、側面からの攻撃に対し陣形を直角に転換させる必要が生じ、この隙をフェアリエは見逃してくれず、故にこそ万が一にでも大陸戦線の何処か一点が突破された場合は、その部分から食い破られるようにして大陸戦線が崩壊してしまう。

 一応もちろん対応策は十全に用意してあるが、しかし正面に火力を集中させるしかない為、また地図上で縦に長く伸びる戦線故、必然としてどうしても弱点が存在してしまう。そうである以上、これを確実に解決する方法は存在しない。

 ならばということで、なるべく局所的な危険を避ける為に、各戦線におけるフェアリエの総数と、それに対する部隊の数・・即ち正面火力を均一とする必要がある。これを実行する為に、侵攻するフェアリエの総数が多いとされる戦線を後退させフェアリエとの距離を作り、逆に少ないとされる戦線を前進させることで突出した戦線にフェアリエを誘導する。

 これはフェアリエが近場の人間・・あるいはフィリデイを優先して襲うという習性ゆえに可能な戦闘方式であり、これにより各戦線におけるフェアリエの数を自由に変動させることでき、結果戦場を安定して維持できるようになると判断されている。

 そしてこの戦闘方式におけるもっとの重要な役目を担う者こそがフィリデイである。

 フィリデイは重火器兵部隊とフェアリエとの距離を適切に保つための役割を担い、後退する部隊が再度展開するまでの殿を担い、前進する部隊がフェアリエの強襲に遭うことを避ける為に再度展開位置より更に前に出てフェアリエを誘引する役割を担う。

 それは最も危険な役割であるが、しかし役割が果たされなければ後続部隊全てに甚大な被害がもたらされる。

 よって各戦線を守護する為にも、フィリデイたちは適性値だけでなくその能力値も含め、なるべく均等に振り分けられるーーーーー。

 だからこそ仕方ないと、そう思っていたんだけどな・・・。

 クラス分けを聞いた・・というよりも指定された教室に入ってすぐに、言身も、他の皆も、驚きと喜びを隠せなかった。

 言身たち沼須乃木中学2年生組計20人は、同じ部隊として行動する結果となった。しかし・・・この事実を前にして、言身は少しだけ不安と恐怖を滲ませてしまった。

 知らない誰かなら・・・確かに痛むが、それでも割り切れる。しかしそれが近しい人間の死となれば・・その瞬間が来てしまった時、果たして自分たちは冷静でいられるのだろうか・・・と。


 「わぁ!ショーコちゃんにコトミちゃん!よろしくね!」

 「ん・・よろしく。」

 クラス内で更に5つの班に分かれることとなった。

 言身の班は、言身、昇子、姫華ひめか蓮花れんか4人だ。

 中学でのクラスは違えど、言身たちは一応、この2人とは関わり合いがある。そこそこに話す程度の関係性だろうか。他人ではないが、かといって友達・・とも言いづらい・・・それくらいの関係性か。

 とはいえ繋がり事態は結構深く・・というのも、言身と昇子・・そして姫華と蓮花は、一時期それぞれが裏新聞組織に追われていた。そしてさらに昇子と蓮花に限り、”先輩を拳で殴った”という共通点も存在していた。

 そう。何を隠そうこの蓮花は、絶対に怒らせてはいけない女子ランキングにおいて、1年生の3学期から今日こんにちに至るまで不動の1位を取り続けている存在なのだ。

 因みに昇子が2位になったのは1年生の2学期。3学期では蓮花が現れたことで3位に降格した。

 そんな2人が鉢合わせて当然、何も起きないはずはなく・・・。

 「うっわ。去年3年生の先輩を病院送りならぬ保健室送りにしたイカれ野郎じゃん。」

 昇子が出会い頭に、蓮花へ向け車間を詰めた。思っクソ煽った。が、蓮花はこれを無視。そのまま言身に手を伸ばす。

 「よろしく、言身さん。」

 「うん。」

 始めて握手しちゃった・・って、手の平・・凄い。

 厚く、硬く、傷跡だらけ。正真正銘、今までの鍛錬の証が象られた手。恐らく握力も相当だろう。それ故に、握り返された力が適切だったことに少し驚く。

 こういう人ってつい力入れすぎちゃうとかありそうなのに・・・。いや、姫華ちゃんの手をいっつも握ってるからか・・・。うん。多分そうだろう。

 「・・・ほら、ショーコちゃんも。」

 これからは一緒に住むんだからせめて最低限はね?

 「・・・ん、よろしく。」

 そう言って昇子は蓮花に手を差し出した。

 「よろしく。」

 蓮花は鋭い眼光を飛ばしながら威圧的な言葉を放った。

 「・・・ふん。」

 少し笑い、昇子は握った手に力を入れた。が、何食わぬ顔でそれを受けた蓮花がやり返した。

 「あ!いった!いった!ちょ!」

 慌てた昇子は椅子から落ち、クラス中の視線がこちらに向いた。

 ーーーー戦場では基本的に、二人一組、二組一班の計四人で行動する。二組が互い互いに支え合いながら戦闘を行う。その為、互いに協力し合えるだけの仲間意識が重要となってくる。その為の訓練も仲間意識の向上に準じた方法となる。故にこうして一緒に過ごすことも、訓練の一部。だからこそ不仲とかは絶対にあってはならない。最低限戦闘に影響が出ないくらいには”仲良くなっておかないと”いけないーーーー。

 はぁ・・・ちょっと先行き不安かなぁ・・・。

 「・・・ふっ。」

 ビクビク藻掻く昇子を見ながら、言身は失笑した。

 「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 失笑し対する絶叫か・・あるいは痛すぎて絶叫か・・・どちらにせよ、昇子から離れていたクラス中の視線がそれで再び戻ってきた。

 「・・・ナスタ・・そろそろ。」

 姫華が諭し、蓮花は両手を挙げた。

 ナスタと言うのは蓮花のあだ名だ。かつて言身が聞いた時にそう教えられた。ただ、どうして”ナスタ”なのかについては教えてはくれなかったらしい。そして蓮花をナスタと呼んでいいのは、この世で姫華ただ一人だけらしい。

 「言っとくけど、私は貴方の真似をしただけ。」

 蓮花が目を瞑りながら・・しかし顎は挙げた状態で昇子に話す。

 「裏新聞はずっと鬱陶しかった。けど貴方がやったことを聞いて、私もそうすることにした。それだけだから。・・・貴方は私の先達せんだつ。貴方が私を煽れば、それは貴方自身を煽るも同義。・・・ね?」

 「・・・あっそ・・・・・・死ね。」

 痛めた手を言身に握らせ、目尻に涙を浮かべながら、昇子はシンプルに暴言を吐いた。

 「・・・ショーコちゃん・・・・・。」

 痛いの痛いの飛んでけ〜・・・と、昇子の手を擦っていた言身も流石に頭を抱える。

 これからは一緒に住むのに・・・このままじゃさぁ・・・・。

 そう。今後は訓練の一環として、判別に同じ部屋、そしてクラスで同じ寮に寝泊まりすることとなる。その状況下でこれでは・・・。

 いや、案外これのほうが・・・というかこういうのって仲良しの証拠でもあるのか・・・・。

 「コトミちゃん?!違うよ?」

 考えを察したのか昇子が否定する。

 「え?でも・・・2人って似た者同士だし・・・。」

 「確かに・・・あっ。」

 言身の言葉に姫華も納得の表情を見せたが、すぐに別の表情に変わり何か言おうとする。が、姫華が何かを話すよりも先に昇子が懇切丁寧に「自分はコイツとは違う。」という説明を口にする。

 「コイツはね!先輩を病院送りにしたヤバい奴!私は保健室で留めたの!ね?」

 その言葉に言身は「同じじゃん」と失笑したが、姫華は頬を掻きながら昇子の言葉に納得の意を示す。

 「確かに・・ナスタ・・・3発はやり過ぎだったよ。・・・あれ・・ほんと・・・・軽い停学で済んだからよかったけど、もしかしたら退学になってたかもなんだし・・・。」

 「そうそう!私は停学にすらなってないから。」

 自慢げに言う昇子の頭を言身が軽く叩く。

 「いやいや、厳重注意受けたじゃん。こっぴどく叱られたじゃん。」

 言身はあの日のことを思い出しながら嘆息をつく。

 「でも!・・・先生も裏新聞のことで理解してくれたし・・・。」

 それは確かにそうだけど・・でも世の中にはやっていいことと悪いことがあって・・・・。

 まあ私もスッキリしたんだけどね・・・はぁ・・・。

 「・・・私も昇子と同じだよ。だから軽い停学で済んだ。ね?一緒一緒(笑)。」

 昇子同様、自分も先生に温情をもらったと蓮花が作り笑顔で話した。

 「死ね。」

 昇子はド直球に暴言を吐いた。

 「・・・・・。」

 蓮花は頬杖を突いたまま沈黙した。

 「ふん。」

 昇子もそれ以上は何も言い返さず、結局微妙な空気のまま次の実技訓練が始まることとなった。

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