06.する者、される者
世界を存続させるために今必要とされていることは何か?・・・それはフィリデイの数を確保しフィリデイ自体の力を底上げすること。
ではその為に私がすべきことは何か?・・・それは研究に協力することに他ならない。
フィリデイとして戦場に赴くことももちろん重要ではあるが、しかしそこには既に多くのフィリデイが関与している。つまり相対的に私の”価値”が減るということ。
ならば私の”価値”を最も高める為には?
故に、私は条件付きで研究に協力することにしたんだ。だから決して、生き残りたいから、特別だから、逃げたいからという理由でこれを選択したわけじゃない。
・・・・・暇だ・・・。
ベッドに横たわる私は窓の外を眺めていた。
そこには木々が生い茂り、空色は微かにしか見えない。だからまるで、この研究所を隠すようにして木々が生えているのではないか?などど無駄に考え込んでしまう。
「はぁ・・・。」
ため息を吐いた。
「プンプン丸?」
言身が横たわるベッドに座る昇子が、両の拳を頭の上に置き首を傾げた。
「違う。呆れため息。」
とは言いつつも、若干の怒りため息や疲れため息も混じっていた気がする。
「辛い?」
「ううん。ショーコちゃんがいてくれるからそれは無い。」
「んふふぅ。」
ショーコちゃんは嬉しそうに笑った。
ーーーー現在、言身は拘束状態にある。
まずもってフィリデイになるためには、事前に健康診断と血液検査を済ませ、ある程度の安全を確認した上で、少量のイコルを3度に渡り接種し、イコルへの慣らしを済ませる必要がある。もちろん適宜処置に当たった上で。
始めの研究協力はまずこれの経過観察だった。
そしてこれが終わると再び健康診断と血液検査を受け、そのついでに血を一定量抜き取り、特殊なイコルの接種を行った。もちろん内容は事前に通達され、言身自身がそれを受諾した上で。
そんなわけで言身は特殊なイコルを摂取したわけだが、この時点で既に膂力が平均的な成人男性と同等であり、また時間経過とともに膂力はさらに強力になるだろうと推測され、そしてこの状態で暴れ回る危険性があったために、最低3日間は強力な拘束具でベッドに縛られることとなったーーーー。
ーーーそして今に至る
「あ、そろそろマッサージの時間だ。」
チラチラ十時計を確認し続けていた昇子が嬉しそうに口を開く。
マッサージ。それは拘束状態にある言身に必須な行為だった。その為言身の担当者が専属のマッサージ師を9時と15時に連れてきてマッサージを受けることとなっている。
ただその間に昇子が「私もコトミちゃんにマッサージしたい。」と願い、担当者がこれを快く受諾。その結果、夕食の1時間後から就寝までの時間が昇子に与えられた。
「・・・スゥ・・・フゥゥゥ・・・。」
私は大きく深く深呼吸を繰り返す。
「じゃ、行くね!」
ショーコちゃんはマッサージが下手だった。力加減が最悪だった。だから私はそれに文句をつけた。そしたらショーコちゃんは怒って淫乱になった。・・・あるいはもとから狙っていたのかも。私が動けないのをいいことに・・・・。
だから私は深く深呼吸をする。最低限の抵抗の証としてーーーー。
『ーーーーーあそ・・ぼ?・・・・あそ・・ぶ?・・・いっしょ・・に・・・あそ・・・・ーーーーーー』
ーーーーチュンチュンと鳥が鳴く。朝日が窓から差し込み私を助けを差す。
ショーコちゃんは窓際に立って外を眺めてた。
「あ!おはよ!コトミちゃん!」
「・・・ん・・・。」
フワフワとした頭で返事を返す。
言身も昇子も朝には弱い。そして言身に関して、特殊なイコルを接種してからはさらに朝に弱くなった。目が覚めても30分ほどはずっと頭と目が冴えず、常に意識は朦朧としていた。
「今日で拘束具解けるね。」
「・・・・・ける・・ね・・・・。」
「もう解いちゃってもいいのかな・・・。」
「・・・いい・・よぉ・・・・。」
「え?いいの?・・・あれ?よかったっけ?」
「・・・・ん〜よ〜・・・・・。」
「そんなこと言ってたっけ・・・・・あ、これ寝ぼけてるだけか。」
頭はずっとフワフワとしていたが、それでもこの時喋った内容は後になってもはっきりと頭に残っていたーーーーー。
「それじゃあ解いていくね。」
「ぉ願いします・・・。」
ああやっと動けるぅぅ。
そうして拘束具が解かれると、私は腕を伸ばし背伸びをした。
その後は心や体の変化とか違和感とか、あと何か気になることがあるかとか・・・そんないろいろを聞かれて、検査を受けて・・・・・・。
・・・・・あれ?
外は暗くなっていた。
・・・夜?
私は廊下に立っていた。
「どうしたの?」
「・・・あ、いや・・・星が綺麗だなって。」
ショーコちゃんも一緒になって窓の外を見た。
「曇りだよ?」
「あ、うん。まあ・・綺麗だったらいいなって・・・。」
「・・・・・・。」
「ショーコちゃん?」
問うても返事は返ってこなかった。
・・・・あれ?
辺りが暗くなっていた。
・・・ここどこ?
冷たい空気に包まれた廊下に立っていた。
・・・・なんで私・・・。
視界の先に光が見えた。そこへ向かい、小さく開かれたのは扉の隙間から部屋の中を覗く。
「入るといい。」
部屋の中から女性の声がした。
重い扉をゆっくりと開き、中へはいる。
「失礼します・・・。」
中には白衣を着た女性がいた。
・・・黒髪・・綺麗。でもボサボサだな・・・。ちゃんと手入れしたらもっと・・・。
立ち上がった白衣の女性を見て、頭の中で警鐘が鳴らされる。女性が着ていた白衣には血がべっとりとついていたから。
「そう警戒するな。私は敵ではない。」
いや、その姿で警戒するなは無理あるでしょ。
「・・・ああ、そうか。すまない。」
言って女性は白衣を脱ぐ。
「これでいいか?」
・・・ん?なんで?それで警戒は解かないよ?
「・・・ああ、・・・あ〜・・そうだな。これは私の血ではない。だから安心してくれたまえ。」
いやそうじゃ・・なくて・・・・。
なんというか気が抜ける・・けどさすがに・・・。
「・・・その、なんだ。・・・まあいいか。うん、いいな。・・・よし。」
白衣を脱いだ女性が横の壁を指さし、平然とした口調で話を始めた。
「そこには扉がある。重く堅い合金の扉だ。そして中も同様に堅牢な造りとなっている。そこに入れられた生物は決して外には出てこれない。そういうわけでな、今その中でフェアリエを”飼っている”。」
「・・・ん?・・え?」・・・今なんて?
「ああもちろん拘束具はつけているぞ。頑丈な拘束具だ。フェアリエは完全に固定され指一本たりとも動かせんだろう。」
先ほど同様、迷いなく「安心するといい」という仕草で女性はそれを言ってみせた。そしてリモコンを手に取った女性が後ろにあったモニターの電源をいれた。
「・・・ッッ!?」
モニター映されたのは間違いなくフェアリエなのだろう。しかし生物としてあまりにも無残でグロテスクな状態だったがために、聞かされていなければ言身はそれがフェアリエであるとは認識できなかっただろう。
「・・・ああ、まだ再生しきっていないのか。すまない。」
言って女性はモニターの電源を落とす。
「嫌なものを見せてしまったな。・・・が、まあ白衣についた血は彼女のものということだ。」
彼女・・・。
その単語に若干引っかかりを感じながらも、「フェアリエにも性別があるんだ」と言身は納得した。
「・・・さて、名前がまだだったな。私は、松柏という。ここの研究者の一員だ。・・・君は?」
言身のための椅子を用意しながら女性が聞く。
「私は・・寸生子 言身・・・です。」
「寸生子くんか。・・・座るといい。話をしよう。いいかな?」
「・・・はい。」
そうして言身は椅子に座った。もちろん、ある程度の警戒心を抱いたままに。しかしそれでも所詮は素人であり、未熟者。経験あるものからすれば隙だらけだった。
「・・・ぃッッ?!・・・かぁッ・・ぁぁッッ・・かッ・・・ぁ・・・。」
突然息が詰まった。涙が溢れた。汗が滲んだ。そして全身を寒気が覆い、恐怖と心細さに胸が締め付けられた。
そうやって地面に倒れうずくまる言身を、女性はただ見下ろした。
「・・・・・・・問題無しか。」
何かを観察していたらしい。しかし何もなかったことに落胆したのかつまらなそうに口を開くと、先ほどとは別の注射器を言身に刺し中の液体を注入した。
「・・・・ぁッかッ・・はぁッ・・・ぁ・・はぁ・・はぁ・・はぁ・・はぁ・・・・・。」
ようやく息が戻り、思考が戻ってきた。そうしたら先ほどまでの苦痛が嘘みたいに一瞬で引いていった。しかし同時に強烈な快感が押し寄せ、そのまま昇天して気を失ってしまった。
「効き具合はさすがと言ったところだな。これなら安心も安心だ。」
そう言って女は言身の介抱を始めたーーーー。
「・・・・・んぁ・・・ッッ?!」
逃げないと逃げないと逃げないと逃げないと!!!!!
全力で全身に力を入れて立ち上がり、足で地面を掴む。しかし滑りすっ転んで鼻を打った。
「慌てるな。襲ってはこないさ。」
「・・・ふぇ?」
鼻血を垂らしながら女を見る。
「今は眠っているのさ。まあ、起きていたとしても動けはしないだろうが。」
確かに、目前に佇むフェアリエは沈黙していた。加えその肉体にら重々しい合金の杭がいくつも埋め込まれ、また同様の鎖が至る部位を縛っていた。
しかし言身自身はフェアリエの事をまるで知らず、故に「この程度で足りるのか?」と女の言葉を信じきれなかった。それにそもそも、いきなり襲ってきた相手を考えも無しに信じる方が無理がある。
とはいえこの場に逃げ道はなく、例え嫌でも今は女の言葉を信じるしか無かった。だから一度深呼吸をして心を落ち着かせる。
「・・・ふぅ。・・・で、私に・・何したの?」
一旦冷静になった言身が女に問う。
女は目前のフェアリエを見つめたまま、口を開こうとはしなかった。
・・・どうしよう。逃げようにも逃げられなさそうだし・・・。
かと言って殺されそうってわけでもない。仮に殺されるかもしれなくても、私にはどうにもできそうにない。それに今ここでこの女を殺せたとしてもここから出られる保証はない。それならやっぱり今は黙って従うしかない。
目の前にフェアリエと自身を襲った研究者が居るという状況で、言身はいろいろ考えを巡らせた。巡らせられた。冷静に判断できた。それが言身自身にとっても意外だった。
もっとこう・・・焦りそうなものなんだけどな・・・。いや焦ったは焦ったけど、パニックに陥ることはなかったというか・・すぐに平静を取り戻せたというか・・・・。
「・・・これ、触っても大丈夫?」
・・・ん?私何言って・・・。
自分自身ですら予想外の言葉を口にしてしまった。
「ああもちろん。・・・寧ろ撫でてやってくれ。彼女も喜ぶ。」
その瞬間の松柏という女は、優しい・・けれどどこか哀しそうな声と表情だった。そしてそれがとても恐ろしく感じてしまった。
だからこそかもしれない。その恐怖の理由こそが、この情動が湧き起こってしまった原因なのかもしれない・・・と・・・・。
馬鹿らしい。私は一体何を・・・。
とはいえ「触りたい、触ってあげたい。」という想いが湧いてくる以上、そうすべきだと言身は判断した。
そっと手を伸ばし、腕に触れる。
「・・・ッ?!」
一瞬、フェアリエがピクッと動いたように見えた。しかし次の瞬間には微動だにせず静かに沈黙していたため、自身の恐怖によるただの勘違いだと考えた。
・・・おばあちゃんみたい。
触れた肌はまんまその通りだった。張りがなくたるみきり、水分が抜けカサカサとなり粉が吹く。昔触ったことのある高齢者の肌となんら変わりない。しかし口元に見える牙が・・・歪で不揃いな大量の棘によって構成される牙が人の恐怖心を掻き立て、これが人ではない凶暴な生物だと主張している。
・・・それでも・・・どうしてだろうか。松柏という女が見せた哀しみが、私にも少しわかるような気がした。
「・・・全ては、人のエゴだよ。・・・いや、”我々”の傲慢か。君たちにはあまりに多くを押し付けすぎている。・・・しかしこれこそが世界のあり方・・あるいは人が人たる所以であるが為に、決して避けることはできない運命なのかもしれない。」
何言ってんだこの人・・・いや、憂いてくれてることはわかるけど・・・。
女が放った重要そうな部分については一切理解できなかった。
「寸生子くん。君は彼女をどうすべきだと判断する?」
女が、しっかりとした眼差しで言身を見据える。
「え?・・・ああ・・今までは実験台にしてたんでしょ?だったらこれからもそれでいいと思う。とにかく今は人の世界を存続させることが最優先だから。」
「はは、酷いな。」
女は軽く笑った。しかし言身は真剣に返す。これは嘲笑していいものでないと考えるから。
「酷いかもだけど、でもそれこそがこの子の”役割”だから。私だってこれが自分の役割だと思ったから研究に参加したし、いずれは戦場でフェアリエと殺し合う。役割っていうのはつまり自身の価値で、価値があるっていうのは進むべき道が決まっているってこと。だから酷くても私はそうすべきだって判断するよ。」
「いい考えだな。確かに、価値ある人生とは束縛された人生でしかない。価値ある人間である為には価値を得られる方向にしか進めない。価値とは、自由(何にも縛られないこと)から最も遠い場所に位置する在り方だな。・・・ありがとう。いい答えを聞けたよ。」
中学2年生にしてはあまりに大人びた考え方だなと驚きつつも、”その理由を理解している”女は満足そうな表情で感謝を伝えた。
「どういたしまして。でさ、もう一回聞くんだけど私に何したの?」
ここまで打ち解ければ・・・本当の意味で打ち解けれらたかどうから定かでないが・・・先程は沈黙で返された答えを今度こそ教えてくれるかと思い問うた。
「・・・ただの検査さ。君がフィリデイとして、どれほどの可能性を秘めているのかを知る為のな。」
「それだけ?・・私それだけのためにあんな苦しんだの?」
「・・・そうでもない。得られた結果は大きな意味を持っている。・・・が、すまなかったな。一応フィリデイとしての格も知っておきたかった。あとフィリデイであればもう少し順応できるかと思ったんだが・・とはいえ特に問題も無かったからな。」
「まだ私フィリデイじゃないよ?」
「は?・・・いや、そんな・・・。」
女が初めて、本当の意味で驚き慌てた。しかしすぐに平静を取り戻していた。
「・・・そうか。それはすまなかった。てっきり・・いや、なんでもない。本当にすまなかった。・・・とにかく、君はフィリデイとして完成されているということだ。今後も君が呑まれることはない。そして生き残ることができたのなら、いずれは君も成れるだろう。」
その後の言葉を待ち続けたが女は何も言わなかった。だから言身が聞く。
「・・・何に?」
「それは・・・今は”まだ”言わない方が面白いだろう。とはいえいずれ”到達”すれば、自ずと”わかる”。その時を楽しみにしておく・・・いや、なんでもない。とにかく・・・。」
突然、部屋の中にビープ音が鳴り響く。そしてマイク越しに声が届けられる。
「松柏先生。開けてください。」
低く重苦しい男の声だった。
「時間か。残念だ。」
「どういうこと?」
松柏という女が私の頭を撫でようとした。だから私は一瞬躊躇って避けようとしたけど、彼女の表情を見てそれを止めた。
「いいよ。撫でて。」
言って彼女の瞳を見る。
ショーコちゃんは私以外に頭に触れられる事を嫌う。そして私もそれは同じ。ただ私に限っては、私が認めた相手であれば嫌とは思はない。だから許した。彼女を。とはいえだからって私が彼女を信頼し信用することはあり得ない。今のところは。
「ありがとう。・・・いや、すまないと謝るべきか・・・。」
なぜ謝るのかは、次の瞬間になって理解した。
3つの重々しい扉がそれぞれに開かれた先には、白衣を着た2人の男と武器を携えた黒ずくめの男たちが立っていた。そして黒ずくめのうちの一人の腕には、意識を失った昇子が抱えられていた。
「ショーコちゃん!」
慌てて駆け寄るが、途中で後ろから何かを打ち込まれた。そしたら意識が朦朧としだして、全身から力が抜け立てなくなった。そんな私を横にいた男が抱える。
「松柏先生。何故貴方は余計なことばかりするのですか?」
朦朧とする意識の中、二人の声だけはまだ耳に入ってきていた。
「我々は貴方の能力を認めている。しかしそれ以外を我々は求めていない。貴方には貴方のすべきことがあり、そしてすべきでないことがある。お願いですから余計なことはしないでください。」
「余計なことと?私は何かしたか?」
「余計なことでしょう。まさかアレ(フェアリエ)を見せるなんて。何を考えているのですか?」
「不必要か?私はそうは思わん。」
「不必要です。彼女には純粋であってもらわなければ。」
「たかがこの程度で穢されることはない。」
「そういう問題ではないのです。心の在り方が変わるかもしれないでしょう。もし万が一にでも共鳴を起こしでもしたら・・・貴方はどうするおつもりだったんですか?」
「それもまた一つの可能性へと繋がるだろう。お前たちは堅すぎる。可能性は否定すべきではないだろう。」
「もちろんそれには賛成します。しかしそれは、それが安全であった場合にのみ限ることです。今回のこれはあまりに危険だ。だから私は余計なことと言っているのですよ。」
「今の状況を良くしたいのなら、例え危険であろうと踏み込むべきだろう?お前たちは犠牲者を抑えようと必死なようだが、しかしその結果として、長期間にわたり人が死に続けるかもしれないのだろう?だったら今危険を冒してでも、例えその結果として短期間で大勢が死のうとも、今後栄える命が多く生き残れる為に、動くべきとは考えられないのか?」
「もちろんそれも分かっていますとも!しかし!・・・しかしその為に全人類を危険に晒す事を、我々は是としていないのですよ・・・。お願いですから、余計なことはしないでください。・・・我々は、貴方を信用したいのです。」
・・・それこそ・・間違いでしょ・・・。この女・・・・絶対に信用すべきじゃない・・・。
そうして私は、思いの外耐えた末に意識を閉ざしたーーーーーー。




