03.人たる尊厳、生物たる本能
『え〜・・・本日、世界連合会議により議決された各国軍隊の出兵義務に対し、新たに【フィリデイ】の所属義務が追加されました。これにより我が国においても、適性検査ならびに適応検査の実施がなされる運びとなります。よって”13歳から、誕生月まで45日の猶予が残されている18歳以下”の本国民は、政府及び正規軍・・そして各学校教師の指示に従い、順次検査を済ませてください。・・・また19歳から49歳までの指定された学生、ないし職に就いていない男性に対しては、本日より徴兵義務が課されます。また職に就いている男性、及び女性に対しても、いずれは徴兵義務が課されるものとして理解しておくようお願いします。・・・但し、”この徴兵によって軍へと所属したものに対しては、出兵義務は生じません”。もう一度繰り返します。この徴兵によって軍へと所属したものに対しては出兵義務は生じません。出兵義務が生じる者は、軍への所属を”志願した者”に限定されます。尚、徴兵された者であっても志願するのであればもちろん歓迎します。・・・加え補足ですが、”この徴兵はあくまでも銃器の取り扱い、ならびに電気が使えなくなった際の生き方・・即ちサバイバル術についてを学ぶためのもの”です。・・・我々が今後も勝ち続けられる保証は何処にもありません。また我々人類の数は有限です。敗走が続き前線における兵士の数が足りなくなれば、徴兵された者、またかつて徴兵されていた者に対しても出兵義務が生じる可能性はあります。その際に、貴方たちには武器を手に取ってもらわなければならない。・・・国民の皆様には申し訳が立ちませんが、しかしわかってください。我々は今、力を合わせなければ生き残れない窮地に立たされているのです。人の世界を守る為にも、全ての人が武器や工具を手に取り戦わなければいけない時間がやってきているのです。』
カメラの前に立つその人は、暗にこう伝えているのだろう。「逃げるな。怒るな。反発するな。」・・・と。
長らく続いていた平和が終わりを告げて、平和ボケした自分たちが武器を取って死地に向かわなければならない。それはきっと誰しもが望みたくない未来図。だからみんな逃げようとする。不満を漏らす。反論を投げかける。でも、”どうにもならない”。行く先は変わらない。だから逃げるな、怒るな、反発するな・・・と。
とはいえ、こうしてカメラの前に立つこの人や政治家の人たちは、きっと後方でフカフカの椅子にでも座ってワインでも嗜みながら、戦場を図面の上から眺めているだけだろう・・・と、周りの大人たちからはそんなヒソヒソ話が聞こえてくるような気がしたーーーー。
ーーーー行くよ。私は行く。この身に災禍が振りかかるのだとしても、それでも私は”私の役割”を果たす。一人の価値ある人間として、その価値を全うしてみせようと思う。
・・・馬鹿じゃないの?なんで誰かがやってくれることを貴方がやらなくちゃいけないの?
・・・・・私は・・・赦しを得る為に生き続けなきゃいけないから。・・・・そうじゃなきゃこの命が生きることは赦されないから・・・・。
「コトミちゃん?」
気がつけば、彼女が私の瞳を覗き込んでいた。
「・・・ん?」
不安そうな顔の彼女に対し、私は首を傾げた。
「大丈夫?」
私の全てが嘘。彼女はそれを知っている。だから・・・・・でも・・・。
「・・・うん。私は大丈夫だよ。・・・ショーコちゃんこそ、問題ない?」
私は軽く笑顔を作った。
「・・・コトミちゃんが大丈夫なら。」
彼女は私から視線を反らしてそう言った。
「・・・うん。そうだね。」
私も顔を伏せた。
今は日曜日の10時30分を過ぎた辺り。私たちは適性検査を受けに学校へとやって来ていた。
ただ検査を受ける場所は体育館で、私たち2年3組の検査開始時刻は11時から。だから今は暇つぶしに校舎を回っている。
「・・・やっぱりこんな早く来る必要なかった。」
ショーコちゃんがつまらないと悪態をつく。
「そう?私は楽しいよ?」
平日の学校には慣れたものだけど、休日の学校にはまだまだ。特に部活とかしてないから尚更新鮮で、しかも今は全ての部活動が活動禁止にされている。言ってしまえば、恐らく校舎にいる生徒は私たちくらいだろうということ。 そんな最初で最後かもしれないこの不思議な空間を、私は楽しいと感じている。
「・・・はぁ・・・。」
ショーコちゃんは何が楽しいのかと首を振りながら呆れていた。
「君たち!何故ここにいる!」
廊下の向こう側・・教室の扉を出たところから、怒っていない怒鳴り声が飛んできた。一人の先生がそこには立っていた。
「バレた、どうする?逃げる?」
「さすがに・・・。」
校舎への立ち入りが禁止であるとはひと言も言われていない。言われたのは「体育館へ向かうように」という文言だけ。とはいえ常識的に考えれば校舎への立ち入りは許可されていない。が、言われていないのならば別に気にすることはない。・・・それに気になった。”先生たちの反応”が。”私たちを死地へと向かわせるその事実を前にして何を思うのか”を。
「君たち年と組は?もう検査は受けたのか?」
私たちが出くわした先生の名前は陸奥 久下茂先生。3年生の主任で生活指導顧問。生徒たちからの反応としては、うざいが信頼できる先生ってとこだったかな。
「2年3組寸生子 言身です。」
「同じく2年3組、藤依 昇子。・・・です。」
二人して敬礼をしながら答えた。
「3組・・・は、11時からか。まだ20分前じゃないか。ちゃんと指定された時間以降に体育館へと向かうように言われていただろう?」
「せっかくだし”目に焼き付けておこう”かと思って。」
先生なら悟ってくれるであろう言葉を私は口にする。もちろん、嘘偽りない言葉だ。
「そうそう。ただ人がいるとゆっくり見れないから、それなら今日が丁度いいじゃんってね?」
ショーコちゃんは平然と嘘を並べる。さっきまで楽しくないとぶつくさ言っていたくせに。
「それは・・・そうか。」
陸奥先生は難しい顔をしていた。あるいは予想通りの表情と言うべきか・・・。
「君たちは・・・自分が検査を通ると思っているのか?」
「それは分かってないです。でも、結果の結果は決めているので。」
通らなければそもそも”行けない”が、通れば”行く”ということ。”行かなければいけない”わけではないが、それでも”行く”ということ。
「君もか?」
陸奥先生がショーコちゃんにも問う。
「私?・・・ですか?それはまあ当然?コトミちゃんもこう言ってるし・・・。」
『こいつは何を言ってるんだ?コトミちゃんが行くんだらか私も行くに決まってるじゃん。そんなことすらわからない?』・・・と、本気で考えてそうな言動と挙動だった。
「・・・怖くはないのか?お前たちがやろうとしていること・・・”やらなければならないこと”は、死地に向かうことと同じ意味を持っているんだぞ?」
死。それは誰しもが恐れる未知であり、生物である以上その恐怖を覆すことはできない。仮にもしそれを実行できる者がいるのであれば、その者の心は既に狂っていると言えるだろう。かく言う私も間違いなく・・・・。
ーーーー陸奥先生が私たちに問うてからの数分、その場は死者の都を思わせるほどの静寂に包まれていた。陸奥先生の問いかけに対して、私は何も答えなかった。
「・・・そうか。」
暫くして、陸奥先生が小さく呟いた。何かを納得したらしい。ただ、このことについてをそれ以降口に出すことはなかった。
「教室に入って待っていろ。お菓子でも持ってこよう。」
「ほんと?!やった!」
ショーコちゃんが嘘偽りなく嬉しそうに笑った。
「あと、教室からは出るな。もし破ればお菓子は無しだ。」
「善処します!」
ショーコちゃんが敬礼で答えた。
「バカ、厳守しろ。」
笑いながらもしっかりと怒られた。きっとこういったところの積み重ねを知っているからこそ、生徒の多くが陸奥先生をうざがりながらも信頼しているんだろうと思えた。
ーーーー暫くして陸奥先生がお菓子の入ったかごを持って戻ってきた。
「ちゃんといるか〜?」
「いまぁ〜す。」「ま〜す。」
「よし、ゴミはこのゴミ袋に。あと食い終わったらちゃんと掃除。これ約束な?わかったか?」
「厳守します!」「ます!」
「よし、ほら。」
向かい合わせた二つの机の上にお菓子の入ったかごが置かれた。
「やたぁ〜。」「わぁ〜。」
ガサガサとかごをあさり、定めたお菓子を手に取った。
「・・・陸奥先生は食べないんですか?」
側に座った陸奥先生にかごを寄せる。
「というかいつまでいるんですか?今、女子会中ですよ?」
私の配慮を無視して、ショーコちゃんは暗に出て行けと諭した。
「俺は監視役だ。お前らがこの教室から出ていかないようのな。」
「トイレ禁止?!」
「いやそんな馬鹿・・な?!」
「そんなわけないだろ。それくらいは許可する。好きに行って来い。ただしちゃんと帰ってこい。な?」
「はいはい。あくまで名目上の監視ってことですね。」
「それはお前たち次第だ。お前たちが勝手に何処か行くようじゃあ本当にトイレすらも禁止にしてやるからな?」
「監禁してここでトイレしろなんて変態だぁ!」
「そうさ変態だぁ!」
「え?」
そこノるんだ・・・。
「冗談だ、よせ、そんな顔をするな。」
「冗談?教師は基本的にロリコンですよ?」
ショーコちゃんが真顔で返した。
「いやそれは・・・いやある意味そうとも言えるな。」
「否定してくださいよ。」
じゃないと陸奥先生もロリコンになっちゃう・・・。
「バカ、子どもを好きでなければ教師になろうなんて考えんだろ。」
「でもそれだけでロリコン認定はちょっと無理が・・・。」
ある気がするんだけど、陸奥先生的にはそうじゃないのかな?
「そうだな。だがまあ、そっち方面に転ばないと言い切るのは難しい。」
「・・・つまり?」
「俺たちも人間であり、そして学校は一種の閉鎖空間だからだ。教師と生徒という関係上ある程度は距離を保つことができる。だか、同時に一般的な大人よりも子どもとの距離が近づくとも考えられる。そして孤独を恐れる人間は、距離の近しい人間とより親密になっていく生き物だ。本来であれば意識の外・・・恋愛対象に当てはまらない位置に居たとしても、距離が近づいたことで自然と意識してしまうことだって無きにしもあらず・・・。」
「陸奥先生も?」
「全てがそうとは言わない。特に俺は、同年代が年上のガッシリとした体型の女性が好きだからな。お前たち中学生は軟弱すぎる。生き物としては守ってやらねばならない存在・・・所謂赤子みたいなもんだ。」
「私たちまだ赤ちゃん・・・。」
「俺からしたら守ってやらなければならない存在としてという意味でほぼ一緒だな。でもな?そんな存在に対しても性的思考を持ち合わせてしまう人間がいてしまう。これはどうしようもないことだ。人は環境や状況により簡単に人格が置き換わる。それが長期間となれば尚更。さらに特に自我の薄い人間や欲望に忠実な人間は、こういった傾向に陥りやすい。・・・だがしかし!問題はここからだ。・・・大人であるならここでしっかりと理性を保ち、自制を促さなければならない。」
「けどそれができない人が世間に晒される結果になる。」
「そうだな。だか晒されない・・・つまり蔓延ったまま根付いてしまうようなケースもある。」
「おっふ。」
ショーコちゃんだけが嘲笑った。
「・・・それが何処まで根を伸ばすかは流石にわからないが、まぁどの学校にも正義感の強い人間は居てくれるさ。」
「本当にですか?」
「・・・そう願うしか無い。”ヒーローだって全てを助けることはできない”んだからな。」
そのひと言を聞けただけで、陸奥先生が”ちゃんと思考できる人間”なんだって知れた。信頼できる人間なんだって知れた。本当の意味で大人になった人なんだって知れた。・・・ただ、だからこそ気になった。
「先生はヒーローになりたいの?・・ですか?」
陸奥先生の声色や表情から感じた心の内に秘められている熱情を問うた。
「為りたかった、だな。今はもう諦めてるよ。」
そう語る表情は少し悲しそうだった。
ただ、それも含めて返ってきた言動挙動全てが酷くありきたりで、少しだけ腹が立った。でも、わかってる。陸奥先生が何を口にするかなんて、わかっていた。大人になってしまった人はみんな区切りをつけてしまうから。だから腹が立っても、それを口に出すことはしない。
「つまんないの。」
陸奥先生と視線を合わせることなくショーコちゃんが吐き捨てた。
「言ってくれるな。この世界(学校の中)も外の世界も俺だけじゃどうしようもない。・・・というか”お前たちこそが為らなければならない状況”だったな・・・今の世界は。」
強調された言葉を聞いた瞬間、ショーコちゃんが酷く落胆したのが見えた。ただその反応は私にしかわからない程に小さな挙動だった。だから陸奥先生はきっと気づいていない。
・・・ショーコちゃん、いいの?
軽く目線を送るが無視された。
「・・・そうさ。お前たちこそがヒーローさ。」
陸奥先生が話を続ける。
「フィリデイはまさしく世界の救世主様さ。そうだろう?」
「本気で言ってます?」
怒りの混じった声でショーコちゃんが聞き返す。その現れはしっかりと陸奥先生にも伝わったのか、陸奥先生は苦笑した。
「陸奥先生は、なんで教室にいたんですか?」
さらに怒りの増した声でショーコちゃんが問う。
「それはお前たちみたいに彷徨く生徒を捕まえる為に巡回中だったからさ。」
「巡回してなかったじゃないですか。」
「休憩してただけさ。」
「私たちのこと、全然怒らなかったじゃないですか。それにお菓子まで持ってきて・・・これじゃあまるで、私たちのこと哀れんでいるみたいじゃないですか。」
ショーコちゃんの言葉に暫く沈黙が流れる。
陸奥先生はそっぽを向いたまま・・・多分何かしらの言葉を考えている最中なんだろう。
「・・・不甲斐ないな、俺も。・・・お前たちを守るべき存在と豪語しておきながら・・結局何もしてやれない。そのくせ何かしてやった気になりたくてな・・・こんなことを・・・。」
ようやく口を開いたかと思うと、自分は情けないと下を向いてしまった。
「すまない。この話はやめよう。」
陸奥先生が席を立った。多分、端っこの方にでも移動しようとしたんだと思う。けれど私がそれを静止させる。
「待ってください。・・・陸奥先生・・・・・・」
ひとつ、確信に至りそうな推測が浮かんだ。陸奥先生ならそうするであろうと思える未来図が浮かんでしまった。
先程、陸奥先生は言った。私たちは守るべき存在であると。・・・だけど今の自分ではそれができないとも言った。
私はまだ陸奥先生のことを深く知らない。けれどそれでも、ある程度は理解できた気がする。
陸奥先生は単純だ。子どもという存在をとても大切に想っていて、どんな事があっても必ず守ると覚悟している。ただしその反面、甘やかしすぎることなくちゃんと鞭も打つ覚悟を持っている。そんな人が何もしないわけがない。ただ私たちを送り出すだけなわけがない。
陸奥先生は自分の無力さや避けられない現実を知って、きっと罪悪感に苛まれたはずだ。
子どもたちを死地に向かわせたくない。犠牲にしたくない。だけど子どもたちがフィリデイとない戦わなければいずれ人類は敗れる。これから生まれ、育つ、多くの子どもたちを生かすためには、ある程度育った少年少女たちを犠牲にしなければいけない。・・・もちろん、死地に向かうからと言って必ず死ぬとは限らない。だけど一定数はきっと死ぬ。みんなが生きて帰れる保証なんてものは何処にもない。それらを理解して、陸奥先生は大いに悩んだろうと思う。そのうえで至った結論。陸奥先生は・・・。
「志願する気ですか?」
陸奥先生が罪悪感を払拭する方法。それは罪悪感を抱く原因となった対象と共に歩むこと。共に死地へと向かい、戦場に立つこと。
陸奥先生は確か30代後半だった気がする。志願できる年齢には収まってる。
「・・・そうだな。」
驚いた表情は1秒と続くことなく、陸奥先生は私の質問に静かに返答した。そしてしばらくの沈黙が流れる。
ああ・・なんて言えば陸奥先生は・・・。
「・・・・そろそろ時間だな。体育館へ行くぞ。」
陸奥先生は立ち上がり、私たちを催促した。
「コトミちゃん?」
一向に立ち上がらない私を見てショーコちゃんが声をかける。
「・・・ううん、なんでも。・・・行こ。」
迷う心は重かった。そのせいで椅子とお尻とに根が張っているような感覚だった。けれどそれを引き千切り立ち上がる。
言いたいことがあった。けれど頭の中で上手く整理できなくて言葉を紡げなかった。そのせいで陸奥先生は戦場へと向かってしまう。
・・・・陸奥先生のいるべき場所はそこじゃないのに・・・・。




