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01.無関心

 お母さんはいつも寝ている。病院のベッドの上で動かない。だから私はお父さんが大好き。いつもおいしいご飯を作ってくれて、一緒に遊んでくれて、宿題を見てくれて・・・。だから大好き。私のそばにはいつだってお父さんがいてくれる。

 あれはお父さんじゃない。あれは本で見た悪魔。お父さんは悪魔に取り憑かれてしまったんだ。

 ーーーー「お父さんを・・返せ!!」ーーーー

 『勇者はその剣で悪魔を指しました。すると悪魔が唸り声を上げます。

 「ぐぅ、ぐぉぉぉ・・・。」

 悪魔はついに倒れ、勇者は役目を果たしたのでした。そして勇者は愛する人を取り戻したのでした。』

 「・・・お父さん?」


 世界は私を見てくれない。世界は私を助けてくれない。世界は全てを教えてくる。

 学校のみんなも、親戚も、隣人も、みんな嘘つきだ。外側だけ取り繕った偽善者だ。だから私はもう、誰も信じない。

  

 目を覚ましたら、お母さんみたいになってた。病院のベッドに寝かされていっぱい管を繋がれてた。

 全身が寒くて気持ち悪くて痛い。ズキズキと痛む。特にお腹の下辺りが一番痛む。吐き気を催すくらいに痛み続ける。

 ・・・お父さん・・遅いな・・・。

 チリチリと痺れる中で、あの生暖かい感触だけがいつまでも残っている。

 フワフワと浮かぶ中で、焦りと不安が少しづつ増していく。

 ・・・いやだ・・・いやだ・・・いやだ・・・・。

 布団を頭まで被せてしまいたい。体を丸めてしまいたい。でも手足が動かない。力が入らない。

 「・・・お父さん・・・・。」

 微かに漏れた声が頭に響く。何度も何度も繰り返されて、あふれる涙が頬を伝う。

 ヒーローは居なかった。勇者は来てくれなかった。だから私は勇者になった。その真似事をした。誰も私を助けてくれないから、そうすることにした。

 ・・・わからない。私・・何したんだっけ・・・。


 ーーーー「ッッ!?お前のせいで!!!」ーーーー

 私が生まれたせいでお母さんは寝たきりになったそうだ。

 ーーーー「どっか行ってろ!!!」ーーーー

 私はそこにいる必要がなかったそうだ。私が邪魔だったそうだ。

 ーーーー「✕✕✕✕✕・・・。」ーーーー

 なんて言ってたっけ・・・。何も言ってなかったっけ・・・。まあ、私に消えてほしかったそうだ。私のことが憎かったそうだ。とても痛かった。

 ーーーー「・・・ごめん・・・ごめん・・・ごめん・・・ごめん・・・ごめん・・・」ーーーー

 お父さんは私を愛していたそうだ。・・・私は愛されていたそうだ。

 ーーーー「お前・・・ほんとうにアイツにそっくりだな。」ーーーー

 私は悪魔を慰める為の道具だったそうだ。

 それで、気がついたら悪魔は・・・・お父さんは倒れていた。包丁の突き刺さったお腹からドクドクと血が溢れて、やがて動かなくなったーーーーー

 

 

 「おはよ寸生子すなすさん。」

 クラスメイトが病室にやってきた。名前は・・・なんだっけか。・・・思い出せないや。・・・そもそも知りもしないか。

 「そんな顔するんだ。」

 そんな・・・どんな顔のことだろう。・・・自分じゃわかんないや。・・・私・・どんな顔してるんだろ。

 「まあいいや。わたしショーコね。今日来たのは・・まあ、なんとなく。先生には外で待ってもらってるから。クラスのみんなは置いてきた。」

 彼女は淡々と話を続けた。

 「これ、寸生子すなすさんの為にみんなで書いたの。早く元気になってねって。」

 色紙を手渡された。

 色紙には「はやく元気になれよ!」とか、「学校で待ってる」とか、そんな・・人を勇気付けるようなメッセージばかりが書かれていた。

 ・・・すごく気持ち悪かった。

 別に大して話したことも遊んだこともないクラスメイトが・・・ずっと私を傍目に見ているだけだったクラスメイトが・・・何ひとつ気づかず助けてもくれなかったクラスメイトが・・・わざわざ私の為に出任せを書き連ねてくれただけのゴミ。自分が悪者になりたくないからって綺麗事だけを並べたゴミ。

 みんなホントはどうでもいいくせに、自分勝手に私のこと可哀想とか決めつけて、優しくしてやろうとか慰めてやろうとか考えて捻り出した嘘ばかりが書かれてるゴミクズ。

 ほんと・・気持ち悪い。

 それでもひとつひとつに目を通した。目を通して、最後・・左下あたりに目をやったときにそれは書いてあった。

 『笑える。くだらないね。』

 それを書いていたのは・・・ショウコ。

 今私の目の前にいる人も・・・ショウコ。

 「クラス中が哀れんでたよ。みんなが寸生子さんの為に何かしてあげようって言ってた。それでこれができたの。」

 彼女は、小さく嘲るような笑みをその顔に貼り付けていた。

 「ねえ寸生子さん。”今どんな感じ”?・・・”どうだった”?」

 聞かれたのは色紙について?それとも私がやった・・・あるいはやられた行為について?

 それが不思議と”わからなかった”。普通の人なら、きっと色紙のことについて聞いているに違いない。そもそも私に起きた出来事を聞けない。でも彼女は・・・彼女の表情や言葉からは、自分を悪く見せない為の嘘っぱちた優しさをまるで感じなかった。

 こいつ悪魔と一緒だ。

 何ひとつ自分に嘘をつかない。自分の望むままに生きている。それが・・・”ありのままの姿に触れられたこと”が、少しだけ嬉しかった。

 「・・・ぁッ・・・。」

 口を開こうとしたけど息が喉につっかえる。言葉が出せなかった。

 急に息苦しくなった。呼吸ができなくなった。心臓が悲鳴を上げている。痛い・・・苦しい・・・。

 胸を一生懸命に掴む。涙やよだれが垂れ落ちる。

 「きたな・・・。先生呼んでくるね。」

 その言葉を最後に彼女は病室を出ていった。

 後のことは・・・よく覚えていない。


 「おはよ。」

 彼女は今日もやってきた。ありのままの笑顔を貼り付けて。

 ・・・怖い・・・怖い。・・・・来ないで・・・。

 「ぜんぜん目え合わないね。」

 彼女が近づく。

 強張る私の手がシーツを強く握りしめていた。

 「私今日ひとりで来たんだよ?みんなには内緒でさ。」

 彼女が私を覗き込む。

 ・・・吐きそう。

 頭の中が真っ白で悪寒がする。全身が強張って気を失いそうだった。

 「・・・・そっか。また明日ね。」

 まだ一分も経っていない。それでも彼女は帰っていった。

 窓の外、病院から立ち去った彼女の姿が見えなくなってようやく私は落ち着いた。

 

 次の日。彼女はまたやってきた。そして勝手に話すだけ話して、結局数分で帰っていった。

 私はその度に倒れそうだった。

 次の日も同じだった。その次の日も、また次の日も同じだったーーーーー。


 ・・・・そろそろかな。

 いつも通りなら、もうじき彼女がやってくる。そしたら今日こそは挨拶をしようと心に決めた。

 「・・・すぅ・・ふぅぅ・・・。」

 深呼吸をして心を落ち着かせる。ーーーーしばらくして彼女がやってきた。

 「おはよ。今日も来たよ。」

 いつも通りの様相。いつも通りの声色。いつも通りの病室。すでに慣れきったこの雰囲気。だけど頭が真っ白で何も考えられない。それでも心に決めた事をただひたむきに頑張る。

 喉に力を入れて、膜のように張り巡らされた恐怖心を突き破った。

 「・・・おぁっ!・・・よ・・う。」

 だいぶ変な感じになった。それだけはハッキリと理解した。逆にそれ以外の全ては考えることすらできなかった。おかげで恥ずかしいと思うこともなかった。

 「はははは、なにそれ。」

 屈託なく笑った彼女は、強張り冷たい私の手を取った。

 「・・・うん。おはよう寸生子さん。」

 「・・・・・・。」

 結局これ以降はひと言も喋れなかった。ただ、昨日までと違ってやり切った感が胸に残り続けた。いつも以上の満足感が心を満たしてくれた。おかげで少しだけ元気になれた気がした。

 

 「言身ことみちゃんって呼んでいい?」

 そばに座る彼女に聞かれ、私は頷いた。

 「よかった・・・・・・・。」

 その後しばらくは沈黙が続いた。いつもの彼女なら何かしら喋っていたはずだけど、今日に限っては私の手を取りにぎにぎするくらいだった。

 ・・・何かあったのかな。

 私は心配した。久しぶりに誰かのことを想ったーーーー。

 「この手で・・・やったんだよね・・・。」

 ボソッと放ったその一言に嫌な予感を覚える。

 ・・・知ってる?・・・なんで?

 「看護師の人たちが喋ってるのを聞いたんだ。・・・言身ちゃんがやったんでしょ?・・・”どうだった”?”スッキリした”?」

 違う!私じゃない!!やってない!

 そう叫びたかった。・・・でもできない。

 全身が震えているのがわかる。強張っていくのがわかる。血の気が引いていくのがわかる。冷たくなっていくのがわかる。・・・・それら全てがあの瞬間に重なっていく。

 また、苦しくなった。悲しくなった。呼吸ができなくなった。死にたくなった。全部壊したくなった。

 回復なんてしていなかった。受け入れも乗り越えもできていなかった。私の心臓にはずっと棘が刺さったまま、ただ慣れていただけ。それが彼女の手によって引き抜かれて、また血が溢れ出した。

 ドクドク・・・ズキズキ・・・・・クラクラ・・・バタン。

 ーーー冷たくなった手に、温かくなった何かを握らされる。・・・何かを握っていた。

 「なんで苦しそうなの?・・・苦しかったんでしょ?やって終わらせたんじゃないの?解放されたんじゃないの?すごく嬉しかったんじゃないの?ねぇどうだった?自分の親殺してみてさ。」

 恐怖と不安と焦燥に駆られた心が動悸を激しくさせる。

 ーーーー悪魔は、倒さなくちゃいけないーーーー

 あの日の情動が湧き起こった。そしたらもう間違いだとか正しくないとかそんなくだらない感情は聞こえない。私は勇者。やらなければいけないことに疑問を抱くことはない。抱いてはいけない。

 手に持ったテーブルナイフを彼女のお腹に突き立てる。

 多分、刺さった。あの日の感触を再び味わった。

 「あはははははは・・は・・・・あっ。」

 そして私は意識を閉ざした。

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