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05.命を捧げる

 「みんな準備して!」

 女子一同へと合図を送る。

 「行くよ!」

 そして私はヘリから飛び降りた。

 今日の戦闘もあと少し。心を奮い立たせ、されど平静を保ち。ドーパミンが出ているのがわかる。心が落ち着かない。しかし視野は広く保たれている。チグハグとしながらも、自らがリラックス状態にあるのがわかる。わかる。わかる。

 戦場を駆け、インシーニェを振るい、フェアリエの攻撃を受け流し切り裂く。

 軽い、ヌルい、弱い。・・・酷く単純で単調な作業だ。

 しかしなんともまぁバカバカしい。わかっているはずなのに、気づいていなかった。気づいているはずなのに、理解していなかった。理解しているはずなのに、わかろうとしていなかった。

 初めての逆境。過去一の激戦。今日一の大攻勢。それを終えてーーー。

 既に慣れきった戦場。日常の一時。心の底から来る無意識の油断。継戦故の集中力の低下。

 それらはいくら気をつけていても制御できず、それらは何気ない日常を・・・ありきたりな戦場に対する警戒心を黒いベールで覆い隠してしまった。

 ・・・また、違和感。

 しかし今度は確かな違和感。そして・・・・。

 突如として、フェアリエの一撃が重たくなった。それはまるで、今までのフェアリエとは全くの別種のようで・・・つまりは成長したか進化でもしたのか、気づかぬ間に大きな危険が目の前に迫っていた。


 ーーーー進化。それは生物に起こり得る偶然の積み重ねとその結果。そしてこれはフェアリエも同じだか、しかし違うとも言える。

 圧倒的な速度・・・短時間で数百にも及ぶ圧倒的な世代交代を繰り返し、一時の間に”超越種”らしく変貌を遂げてゆく。

 それは法則に則る理不尽。だからこそ、気づいた時には手遅れとなる。・・・いや、気づいた時には手遅れであったーーーー。

 少しの時間が過ぎ、フェアリエの密度が一時だけ薄くなる。・・・そのため周囲の状況がよく見えた。

 旭日さん前に出過ぎだ!これじゃあ!

 旭日が美十のラインにまで前進していた。美十に近づいていた。それに気づいて・・しかしフェアリエの密度が戻り、猛攻に焦り、つい一瞬目を離してしまった。

 無線機でも使い声をかければよかったものを、焦り故に逃してしまった。

 「え?」

 微かな困惑。その声が聞こえて美十はそちらへ視線を向ける。

 フェアリエの胴体に旭日のインシーニェが食い込んでいた。まるでフェアリエの肉体がインシーニェを取り込もうとしているみたいに・・・。

 そしてつかには今なお力強く握られた両手があり、硬直した腕が続き、血が大量に滴っていた。

 状況を整理する前に美十が大地を蹴る。そして手を伸ばし、旭日を引き寄せ抱きしめる。

 「い゛ッッ!!」

 瞬間、美十の背中に熱が広がった。激痛が走った。倒れそうになった。・・・が、踏ん張り、片手に握り締めたインシーニェを背後のフェアリエ目掛け振り切る。

 肋骨の下、腹の辺り・・旭日のインシーニェが突き刺さった近くを一刀両断した。そうしてフェアリエの上半身は地に落ちようとするが、しかしフェアリエはまだ生きている。故にその腕で美十を掴もうと・・抱きつこうとする。

 「援護!!」

 ジクジクと鳴る激痛に耐えながら美十は叫んだ。

 もちろん、無線機越しと近くにいる仲間に向かって。だが、真横から返事が返ってくる。

 「もう大丈夫。」

 累飛が美十に声をかける。そして美十に抱きつこうとする輩を粉微塵に切り裂いた。

 既に男女共に戦場に降り立ち戦っていた中で、遠くに居たはずの累飛はフェアリエの動きに違和感を覚え、状況が最悪となる前に動いていた。

 「”少し”状況悪しだね。やっぱ正解だった。向こうは大丈夫だから安心して。」

 累飛が美十の前に立つ。

 ーーー安心、安堵、喜び。この状況下で、美十の心は充足に満ち溢れた。美十が見る彼の背中は、あまりにも大きかったからーーー。

 腕を切り落とされた瞬間から動けなくなった旭日は、困惑に包まれた瞳を震わせながら自らに沿う美十の腕が緩んだことで恐怖と痛みを思い出した。

 「あああぁぁぁぁ!!!!」

 「檜呉ひくれ。」

 「ああ!」

 美十の近くに座った檜呉が、”既に取り出していた”鎮痛剤を旭日に打ち込んだ。

 「美十さん、あとは任せて。旭日は俺が運ぶから。」

 そう言って檜呉は、泣き叫ぶ旭日を片手で抱き上げる。

 「美十さんも早く下がるよ。僕は先に行ってるから。」

 「檜呉!これ!」

 累飛は切り落とされた旭日の両腕を戦いながら器用に拾い上げ、それを檜呉めがけ軽く投げた。

 檜呉はインシーニェと旭日で両手が塞がっていた為にそれを落とした。

 「ごめん!美十さんそれお願い!」

 目の前を飛んだ旭日の両腕を見て、呆けていた美十がようやく現実に引き戻された。

 そして檜呉は後方へと走り去っていったーーー。

 走り去る檜呉の腕の中で、鎮痛剤を打たれた旭日がなお泣き叫ぶ。

 気にしない・・気にしない・・・。

 美十は自分で自分に言い聞かせる。しかしそれでも心臓は爆音を放ち、その鼓動が全身を駆け巡り続けていたことを少しづつ認識し始めていた。

 よかった・・よかった・・よかった・・よかった・・・。

 死んでしまうかもしれなかった。その恐怖に胸が締め付けらる。

 助けることができた。その安堵に胸が熱くなり続ける。

 「ミトも早く下がって。ここは僕が守っておくから。」

 美十はそれに反対しようとした。しかし声が出なかった。

 「ほら、早く。」

 美十は頷いた。そして自らのポケットから取り出した鎮痛剤・・・各フィリデイが個々人に持っているそれを震える手で握り締めた。

 喉が苦しい・・胸が苦しい・・背中が熱い・・頭が熱い・・・。

 落ち着いてきてようやく、自分自身が息切れしていることに気がついた。視界が揺れていることに気がついた。激痛が全身を駆け巡っていることに気がついた。手足が震えていることに気がついた。

 たった一瞬の出来事で、自身の全てが瓦解したことに気付かされた。

 「・・ぁッ・・・。」

 倒れそうになり、微かな声と共に鎮痛剤を落とした。

 「・・・はぁ・・はぁ・・はぁ・・・。

 倒れそうになったのを、地面に膝と手の平をつくことで耐えた。

 四つん這い野なった美十を影が覆い、右腕に何かが刺さった。そして体を支えられる。

 「鎮痛剤打ったよ。大丈夫?立てる?」

 美十の体を支えたのは夏という可憐な男のコだった。

 夏くん・・・・ありがと・・・。

 「夏、いいタイミングだ。そのままミトを頼んだよ。あと落ちてる腕も。」

 「うん!・・うん?!・・・りょーかい!任せて!」

 言って夏は自分の服の中に旭日の両腕を入れた。

 そして美十と同じくらいの身長の夏が美十の腕を肩に回して持ち上げる。

 「委員長、行くよ。せーのッ!」

 タイミングを合わせて立ち上がろうとした夏だが、美十だけは立ち上がれなかった。

 「まッ・・・て・・・。」

 再度震える脚に力を込めて、美十は立ち上がろうとする。しかし一度抜けた力は最後まで入り切らず、いつもの戦闘後に襲い来る仕事終わりの脱力感が美十の全身を支配する。

 「んッ・・・ぁッッ・・・・・。」

 美十は結局立てなかった。

 「大丈夫。任せて。」

 言って夏は、服の中に入った旭日の両腕を横にずらしたあと、美十の体を仰向けに倒しながら抱え上げた。・・・所謂お姫様抱っこという形だ。

 「・・・ごめん・・ありがとう・・・。あと・・気をつけて・・・」

 美十が微かな声でそれを伝える。

 「フェアリエ・・いつもと・・違う。・・・力・・強くて・・武器・・喰われるみたいな・・・。わからないけど・・気をつけて・・・。」

 「了解。みんなに伝えてく。・・・ありがとうミト、お疲れ!」

 美十の微かな声が聞こえていたらしい累飛が親指を立てた。

 「”・・・・ありがとう”。」

 「じゃあ行くよ、委員長。」

 「・・・ごめん・・ありがとう。・・・お願い。」

 美十は夏に寄りかかり抱えた腕を落とさないようにする。

 夏は「重い」と発することなく・・また美十にそれを感じさせることなく全力で走った。そして着地していたもう一つのヘリの中へ。

 中には”いろんな体液”を撒き散らした跡の残る旭日がいた。・・・今は麻酔で眠らされているようだ。

 「とうちゃーく!」

 言って夏はベッドの上に、美十を座った状態になるよう・・怪我した背中が布に引っ付かないようにゆっくりと下ろす。

 「あとこれ!軍医さん!はい!」

 服の中から取り出した旭日の両腕を夏は軍医に渡した。

 「それじゃ僕、戻るね!」

 言って夏は戦場へと駆けていった。

 「おや、いいね。綺麗な状態だ。これなら多分くっつくよ。」

 「本当ですか!」

 美十は驚き、喜び、声を張り上げた。

 「ええ。大丈夫よ。」

 「・・・よかった・・・。」

 美十は安堵の表情を浮かべ、胸をなで下ろす。

 「貴方も酷い怪我ね。ほらうつ伏せになって。」

 軍医が立ち上がり美十に近づく。

 「いえ、私よりも先に旭日さんを・・・」

 軍医は美十が言い終える前にその頭に手を置いた。

 「いい子ね。でも、まずは貴方が先よ。彼女は既に最低限の処置を終えてるから。ね?」

 「・・・はい。」

 言われ美十は素直に従った。

 そして気づけば、美十は意識せぬままに眠りに落ちていたーーーー。

 

 ーーーー目を覚ますと、ツミレさんに抱きつかれた。・・・心配された。

 ルリカさんには感謝を言われた。

 みんなも私に抱きついた。みんなも私に感謝した。

 そして私は涙を流した。

 救えてよかった・・守れてよかった・・本当によかった・・・。

 心の底から安堵の感情が湧き上がる。だから、そう・・・・私はもう一度決意する。みんなを守る・・これからも守るとーーーー。


 昨日よりも強くなり続けるフェアリエ。それを後追いするかのようにして、フィリデイにもイコル(強化剤)の追加接種が指示された。但し今回はスタビリレ(安定剤)と一緒に。

 ーーーーそして意識が弾けた

 かつての私は何を迷っていたのか。何を悩んでいたのか。

 フィリデイとは、フィリデイでしかない。フェアリエを殲滅する為の兵器でしかない。

 故に私たちは己の役目を果たすのみ。その先のことなどそれから考えれば良い。人生なんていうくだらない喜劇は、為るようにしか為らない。後退も停滞もなく、ただ前進し続けるのみ。何を迷おうと、何に苦悩しようと、殻に閉じ籠もったって時間は進み続けるんだから・・・・。

 だから!だから!だから!だから!だか・・ら・・・。

 おかしい。全てが・・おかしい。

 ・・・私は誰?・・・私は何者?・・・私は・・・私は・・・。

 ・・・異質感。

 冷静になったのか・・・正気に戻ったのか・・・。

 辺りの雰囲気がおかしい。自分がおかしい・・・。

 空は青い。地面は白い・・・。

 目の前にはフェアリエの津波が迫っている。右手には直剣が握り締められている。

 一番前で私が戦っている。その後ろ・・少し離れた場所で、エリカさんが近くに見える。その先にはリオナさん。そしてだいぶ離れて、ツミレさんが私の横に・・・・。

 私の横?

 美十の瞳からは、何故か涙が零れていた。

 「・・・大丈夫?」

 それは私の言葉・・・あるいは誰かの囁きか・・・。

 『『『あははははははーーーー』』』

 子どもたちの笑い声が聞こえる。どこからともなく、私を包み込む。

 「ミトちゃん!気をつけて!」

 誰かの叫びが聴こえたような・・・。

 ・・・己の内に宿る心地の良い異質感。世界を包み込むかのような不吉な違和感。

 少し遅れて、ハッキリと気づいた。

 確かめる必要がある。私が確かめないと。

 しかしそれはエリカの方向へと流れた。

 ・・・嫌な予感がする。

 もしかしたらただの妄想かもしれないけど、でもそれはとてつもなく不吉で禍々しくて・・・まるで私たちを・・エリカさんを呑み込んでしまいそうな暗雲に思えて・・・・。

 ーーー”それ”が強まり、想いが心臓を突き刺した。

 美十は強く大地を蹴った。

 私が確かめなければならない。誰よりも先頭に立ってみんなを先導する、私こそが・・・!

 エリカの襟後ろを掴み、もう片方の手で腹を押し込み、そして後ろへ投げる。5メートルくらいは飛んだか・・・。そして直ぐ様正面へ向き直り、”それ”を切る。

 「え?」

 姿が、消えた?・・・いや違う!

 小さな光が見えた気がした。それが美十を通り越して目を焼き尽くしてーーーー

 逃げるべきだ!

 直感でそう感じ取った。しかし一瞬、躊躇った。

 正面にはフェアリエの大群。後ろには謎の光。

 ・・・ならば横か?

 しかし横に逃げれば光がこのままエリカに直撃するかもしれない。

 ・・・ならばやはり後ろか?

 しかしそこにはこの光が・・・それは言ってしまえば嫌な予感に自ら突っ込むようなもので・・・だがエリカを守るためにはーーーー。

 逃げ切れる?・・・しかもエリカさんを連れて?・・・いや、無理かもしれない。

 1秒の半分以下にも満たない思考巡航。そののち、私は咄嗟に小さな光を握りしめた。・・・握りしめて、向こうに放り投げてしまおうと・・・。

 瞬間、光を握り締めたはずの左手が消えた。・・・左腕も消えた。・・・左肩も消えた。・・・そして体が浮き上がり、皮膚がめくれ、吹き飛ばされる中で左半身が焼け爛れたーーーーー。

 ・・・私の視界は何処へ?

 ・・・こびりついた血なまぐさい匂いは何処へ?

 ・・・あの津波の足音は?

 ・・・嫌という程味わい続けてきた私の痛覚は?

 ・・・心に伸し掛かる曇天の重苦しさは?

 ・・・心も体も・・一体何処へ行ってしまったの?

 ーーーー口の中に苦味が溢れ・・・やがてそれすらも消え去り、真の静寂が訪れたーーーーー

 『・・・おかえりなさい、美十。』

 誰かが手を広げる。・・・みんなが私を呼ぶ。

 「うん!ただいま!・・・お母さん今日ね!今日わたし!・・・・ーーーーーー

 

 ーーーーおやすみなさい同胞。・・・また夢の果てにてーーーー

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