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グリューシナのVR旅行記  作者: 杜松沼 有瀬


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隙間の出来事・15

「あんたがこんなにはしゃいでるの珍しいな」

 そんな声が降ってきたのは、長い長い桟橋の先端に靴を脱いで座り込み、海風と時々足先に触れる波を楽しんでいた時だった。そっと振り返ると、サンドリオン旅行に付き合ってくれている古い友人のエベーヌスが二歩か三歩ほど離れた位置からこちらを見下ろしていた。

 比較的無口気味な友人は、グリューシナの旅行に付き合ってくれる中で、アルメニアコンの次に付き合いが長いから、今までのVR旅行でも同行者をしてくれていたこともある。

「そうかな? あー、でも、あれだ。海の真ん中みたいな位置に来れることなんてめったにないじゃない?」

 サンドリオンまでに巡った国々でも、それ以外のVR旅行でも、海や港に訪れたことは何度もある。ゲームによっては水中に潜水することをメインとしたゲームもあり、それではシュノーケルなどの装備もなくダイビングをすることもできた。

 もちろん、今グリューシナが足を浸しているこの海も、潜ろうと思えば潜れる。さすがに水上に立ったりはできないが、泳ぐこと、潜ることはシステム上問題ない行動の一つだ。今まで聞いたことはないが、もしかすると海の下にも沈んだ遺跡なんかがあるかもしれない。誰も試したことはないけれど。

 んーっと若干凝ったような気がする肩や肩甲骨を伸ばすように両腕を上に持ち上げで伸びをする。強めの海風が現実よりも随分長い髪を持ち上げ、毛先が首筋に触れる感触にくすぐったさを覚えて髪を抑える。

黒檀(エベーヌス)くんのも一緒にのんびりしない? 想像するより海風が気持ちいいよ」

 そう声をかけると、パシャシャシャシャシャッとスクリーンショットを撮影したときの音が聞こえる。うん? とエベーヌスを見上げると、エベーヌスは真顔でスクリーンショットボタンを連打しているようだ。

「……黒檀くんなにしてんの??」

「藤染めにうpるあんたのブロマイド」

「…………どめくんもだけど、アバターとはいえこんなよれっよれの中年男のブロマイドってどこに需要があるんだよ」

「ここにあるぞ。つか、藤染めはあんたにほれ込んだメンツでできてんだから、あんたのブロマイドが需要あんのはたりめーだろ」

 まったく止める気配のないスクショ撮影音にグリューシナの目が細くなるが、そうなるとスクショ音がさらに激しくなるから、ほんとになんだかな~とグリューシナは内心困惑が隠せない。

 グリューシナがVR旅行記というブログを始めたのは、今から十年ほど前だ。それまではVRといえば重たいヘッドディスプレイをつけてそこそこの空間を使用した、実際の体を動かすいわゆるフィットネスに近いものだったのが、意識のみをVR空間に招き入れるフルダイブ式が販売されたのだ。

 その当時、まだ新社会人として慣れない仕事に四苦八苦していたグリューシナは、職場と自宅を行ったり来たりするだけで精一杯で、それまでの趣味だった旅行にも行けず、それまで時々顔を出していた道場にもジムにも行けず、精神的に若干参っていた。

 お金は食事以外に使うこともなく溜まっていく。食事だって、最低限食べれればいいとコンビニやスーパーで売れ残っている弁当を買って食べるばっかりで、徐々に食事の楽しみもなくなっていたころ。

(ふじ)くん! フルダイブ式VRやらない?』

 そんなメールを送ってきたのは、この時点でネット上で十年近く交流のあるアルメニアコンだった(当時は違う名前だった気がする)。

 ゲームに触れられなくなってから随分と経って、グリューシナはアルメニアコンからのメールがなければおそらくフルダイブ式VRの存在にずっと気が付かなったと思う。

 そこからは、早かった。たぶん、もう完全に飢えていたんだろうな、と当時を思い返してグリューシナは一人ごちる。

 そうしてフルダイブ式VRに出会ったグリューシナは、VRゲームの世界の旅行をはじめ、旅行した記録を残しておこう、アルバム的な意味で、と始めたのがVR旅行記という十年選手になっブログだった。

 エベーヌスはこのブログができた当初からのブログの読者で、ブログを始めた当初はコメント欄なども普通にあったから、グリューシナとブログの読者との間でコメントのやり取りをすることも少なくなかった。

(……あの頃の黒檀くんはこんなんじゃなかったけどねぇ)

 まだ学生だと告げ、それでも旅行記を見るだけでVR楽しそうだと思うとコメントしてくれてたかわいい読者は、十年経ってこんなになってしまった。

 リアルであったことはないが、エベーヌスもグリューシナもそこまでアバターの容貌を作りこんではいないし、様々なVRゲームに行くたびに補助要員として名乗り上げてくれるエベーヌスのアバターは大体同じ顔をしてるので、リアルの顔立ちも何となくわかる。

 VRアバター補正がなくてもそれなりに端正な顔立ちをしてると思う青年は、何が楽しいのかこんなおっさんのアバター写真を撮るのに全力になっている。これがこのエベーヌスだけなら、まあ、この子が特殊なんだろうな、と思うのだが、どめられた読者(ほんとは染められた読者にしたかったらしいとは後々聞いた)も含め、コメントでグリューシナとよくやり取りをしていた面々はどういうわけかエベーヌスと同じような感じになってしまった。

 今でこそコメント欄を閉じて、読者同士でやり取りするチャットルームなんかは覗かないようにしているが、チャットルームでグリューシナの姿が写っているスクショがUPされるたびに歓喜の悲鳴で埋まると聞いて、若干引いた。

 そろそろ移動したいんだけど、と思うが、グリューシナの一挙手一投足を逃さんといわんばかりのエベーヌスの様子に移動しづらい。いや、移動するのはいいんだけど、周りのプレイヤーや住人に迷惑をかけそうで怖くて移動しづらい。

 その後、空高くあった太陽が沈み、月が高くなるまでグリューシナは延々と桟橋の先端でエベーヌスによる撮影会に付き合わされることになった。

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