隙間の出来事・13
ふぅん。監査塔最上階、外壁一面を特殊ガラスで覆った、採光には困らない謁見の間と呼ばれる場所、その中央の少し小高く作られた台座に設置された玉座から跪く二人の男を眺め、現サンドリオン女皇シェネエレラ・サンドリオンは音にならないそれをこぼした。
星降人という奇妙奇天烈な存在が大量に降ってわいてから数年。サンドリオンがほぼ市場を独占していた傭兵稼業は星降人がやってきたことで市場を縮小し、国益の損失につながっていることもあって、シェネエレラにとっては心底邪魔な虫だという感覚が強かった。
これは、サンドリオンの民草すら知らない歴史であるが、サンドリオンが被った最大の被害、「枯死の災害」と呼ばれるおぞましい水源汚染。……これを考え、行ったのが……トレディシェンに降り立った、星降人だったということを。
星降人は、この世界では伝説の存在であり、伝説とは言いつつもそこそこの頻度で現れる稀人だ。降り立つ場所こそ様々で、幾度かサンドリオンに降り立った記録も残っており、サンドリオンに降り立ったそれらは、聞いたこともないような未来の技術を伝授し、国益を増やしてくれた恩義がある。
その恩義があるからこそ、ヴェラソノもスカピノも、それ以降のサンドリオンの皇位に付いたものも全員が、民草にも降りかかった災害を星降人のせいであることを公表しなかった。できなかった。
けれど、いつの皇位についたものの、星降人への疑心と憤りを絶やすこともなかった。それはシェネエレラも同じだ。
元々、シェネエレラは皇位につくべき人間ではなかった。すでに亡き夫が皇王であり、皇妃と呼ばれる立場だった。しかし、夫は流行り病で亡くなり、皇位継承権を持っているのは生まれたばかりの一人息子だけ。夫の代はそのほとんどが流行り病で逝ってしまっており、分家すらすでにない。傍系も傍系の、歴史を随分と辿らなければ皇家にたどり着かないような薄まりも薄まった血を持つシェネエレラが夫の妻として担ぎ上げられたのも、分家すらなくなった中で、少しでも血を濃くするためだった。
まだ乳離れすらしていない赤子に皇位を継がせても、愚かな臣下に操り人形にされかねない。流行り病に倒れ、息も絶え絶えだった夫は、シェネエレラや大臣たちにそう告げ、息子がある程度の研鑽を積むまでは妻であり、かすかであろうと皇家の血を引くシェネエレラを女皇として担ぐよう指示をした。
反対も多くあったが、それでも皇家の血がなければ動かせない特殊な機械を動かせることが証明されれば、シェネエレラが「シェネエレラ・サンドリオン」として女皇の冠をいただくことに不満は減っていった。
シェネエレラには敵が多かった。諸外国もそうだが、国内にも敵が多い。なにせ、かすかに皇家の血を引くとはいえ、シェネエレラはもともとその辺に転がっていた庶民だ。それが皇妃になり、女皇になり。妬むものも恨むものも多い。
だから、謁見と言ってもまともなものはなく、ただ女皇となったシェネエレラに対する罵詈雑言が叩きつけられるものが大半だった。けれど。
(最近、ワルキュレアのメギツネも、スネドゥロニジェンの狸も、レッドキャップの子豚も、ブルー・バードの駄烏も、なにかと持ち上げている星降人)
謁見を申し出る星降人の大半は、女皇という地位の人間に何かを強請るものばかりで、シェネエレラの中の星降人の印象を悪くするだけだったはずなのに。
「それで、お前は何を望むの?」
わざとらしく、シェネエレラはそう男たちに問いかける。
こういっては何だが、シェネエレラは自分の容姿が非常に男をあおるタイプの整い方をしているということを理解している。肩がこる程度には大きく膨らんだ胸部、比較的小顔の顔を彩るために長めに伸ばされた髪を耳にひっかける仕草は、ひどく柔らかそうな肢体を含めて煽情的らしい。
しかし、目の前に跪いていた男たちは、それに性欲を掻き立てられた様子もなく、特に藤色の男は小さく浮かんだ微笑のまま答える。
「貴国の国土を旅し巡ること、そしてその地で写した写真を、星降人の世界で共有することに許可をいただければ」
「……それだけでいいの?」
「はい。それ以外はなにも」
間髪入れずに答える男に、表に出さずシェネエレラは愉快な気分になった。
なるほどなるほど。他国のトップたちがこぞってコレを持ち上げるのがよくわかった。コレにはなんとも下卑た欲がない。まさか性欲がないのだろうかと思うほどに、それがない。
確かにコレは違う。そういう意味での欲の薄い男に、シェネエレラの興味が引かれるのを感じながら、シェネエレラは男の願いに許諾を返した。




