隙間の出来事・12
「室長、ほんとにこのプレイヤー野放しでいいんですか?」
はす向かいのデスクから上がった声に、あん? と声を出してメッセージに添付されているプレイヤーのアバターや情報を見る。
よくカラーパレットの調整をしたなと思う、鮮やかな藤色の髪の美青年アバター。なるほど、ここ数か月ずっと話題をかっさらっている例の彼の事か。
グリューシナ、Pjobは剣闘士。CLvは累計408……おい、また随分と上がってるなと思って青年の行動履歴を見れば、出るわ出るわ高難易度国家任務のクリア履歴の数々。所属国のワルキュレアに始まり、トレディシェン以外の五か国全部の主要な国家任務は全部クリア済み、いつの間にかトレディシェンの小国群の国家任務のクリア履歴も混じり始めてんのか。そら累計もここまで行くわな。
そこまでチェックをかけてから、疑問の声を上げた運営担当に回答する。
「一切の不正行為なし。内部からの情報漏洩もなし。問題ないな」
「でも、明らかに異常ですよ、このプレイヤー……なんでユーラカリル廃墟群の国家任務始められてるんですか?? スペリオーザス地下街なんて完全開放されたし……。このままじゃ、中央空白の謎まで踏み込むんじゃないですか?」
「おいおい、このゲームの公開が決まった理由を忘れたのか」
「……それは、忘れてませんけど……」
「なら、うれしいことだろうが。少なくとも、このプレイヤーはこちらを慮って公開する情報の制限をし、未プレイ者にも公開していい情報と、既存プレイヤーを誘導してほしい先をしっかり選別している。少なくとも、こちらに困ることはされてないぞ」
そういえば、運営担当は「それはそうなんですけど……」ともごもごとし始めた。なんだ、言いたいことがあるなら言えよと運営担当を見ていると、隣のデスクの統括補佐が苦笑をこぼして運営担当の言葉を補足した。
「たぶん、彼はこのプレイヤー一人にほとんど全部の情報を抜かれてしまっているのが気になっているんでしょうね」
ふむ。それについては確かにそうだ。ユーラカリル廃墟群もスペリオーザス地下街も、その国所属のプレイヤーがフラグを踏んでゲーム内で徐々に情報が流れることを想定していた。しかし、実際には数年間の間一切といっていいほどフラグを踏むものは現れず、それどころか特定の国所属の一人のプレイヤーによって(各国所属のプレイヤーの手伝いこそあれど)フラグを全部踏み抜かれている。
確かに、これは由々しき事態といっても過言ではないが、それについては一つ、結論が出ている。
「それについては、こっちの売り方もミスったのが原因だな」
「そうですね。ほかにない要素として多人数対人戦を大々的に押し出しすぎて、それ以外がおろそかになりすぎました」
統括補佐の言葉に、運営担当は言葉を飲み込んだ。そう、サービス開始から数か月で上った大きな問題。もともと運営側として考えていた想定を裏切り自我の強すぎた対人をメインにしたプレイヤーによる、非対人メインのプレイヤーの締め出し。対人戦に必要な人数が多いことによって、サービス提供に伴う資金回収自体は何とか賄えてはいたものの、それだけに傾倒してしまい、本来予定していた世界の謎に迫るプレイヤーがいなくなってしまった。
本来なら、非対人メインのプレイヤーが世界の謎に迫るフラグを踏み、それを対人メインのプレイヤーの協力を得て、試練を乗り越えていく想定だったのに、そのとっかかりが消えてしまったわけだ。
おかげで、特定の国家任務をクリアすることで対人戦に役立つ強力なスキルの獲得もされないままに数年が経ってしまった。
「大体、最近のプレイヤー数増加の要因はこのプレイヤーのブログ記事だぞ。いわば恩人みたいなもんだ。どうせ、対人メインの既存プレイヤーじゃフラグを踏めやしないだろ」
苦虫を嚙み潰したような顔をする運営担当に、問い合わせ担当が「クレームすんごいですもんねぇ」と笑っているのが聞こえる。
なるほど、唐突にこのプレイヤーのことを言い出したのはなんかのクレームが入ったせいか。こいつは運営担当を任されてからそこそこ長いのに、いまだに神経の細い奴だなと笑う。
「クレームが入ろうと、そこに不正がなく、正当な訴えじゃない限りは無視していけ。クレームつけてるやつと、このプレイヤーのゲームへの貢献度を考えろ。中央空白が完全開放され、世界の謎が解き明かされるまではこのプレイヤーの好きにさせてやれ」
どうせ、このプレイヤーは世界の謎を解き明かそうと自分が望んだとおりにしか選択をしないだろう。
プレイヤーの情報を消し、今日決済を進めなければならない案件や、陳情を確認するために椅子に座りなおして次々に届いているメッセージに集中した。




