隙間の出来事・10
相変わらずだなぁ。目の前で縦横無尽に蹴りを繰り出しているグリューシナを眺めながら、クラースィアは暇を持て余していた。クラースィアの隣では、面倒を見ていたマグノリアがぽかんとした様子でグリューシナの暴れっぷりを眺めている。
しゃらしゃらとこすれあって軽い金属音を奏でるイヤリング(いや、ピアス?)は、先日氷の上の踊り子任務で入手したという雪モチーフのアクセサリーだ。もともとは青みのある氷の色だったのに、身に着けたとたんにグリューシナの色彩に合うように淡い藤色になったというそれは、耳たぶ部分に重なるように雪のモチーフである六花が細いワイヤーのような金属で形どられ、その先端からチェーンときらきらとオーラの痕跡があるしずく型の石がぶら下がっている。
あの暴れっぷりだと、耳のアクセサリがぶっ飛びそうな気もするが、グリューシナはそういう意味では優雅だ。あの細身で、どこかなよっとして見える男は、いくつか前の旅行先で協力を求められたときに尋ねたことがあるが、学生時代は異種格闘技の大会で表彰台に登ったことがあるのだという。ええ?? となった記憶はあるが、いろいろ事情があるのだと思った記憶はある。
「木蓮ちゃん、大丈夫?」
いまだにぽかんと口を開けたまま硬直しているマグノリアの目の前で手をひらひらを振って声をかけると、さすがに意識が戻ってきたらしく、とっさに握りしめていたらしい杖をさらに強く握りしめながら、マグノリアはぱくぱくと口を開閉させながらクラースィアを見てくる。
まあ、グリューシナの普段のブログの文章を見て、あの八面六臂の戦いぶりを想像することはできないだろう。だからこそ、スネドゥロニジェンのトップギルドとやらはグリューシナをなめ腐っていたのだろうが。
アルメニコンからワルキュレアのトップギルドから各国のトップであるトップファイブと呼ばれるギルドには通達が言っているはずだと聞いていたのだけれど、愚かなものは、相手をしているものがどういうものなのか理解できないものだ。
「あ、あの、藤さんってお強いんですか……?」
ようやく声が出るようになったらしい。マグノリアの声に、クラースィアは「見ての通りだよ」と答えて暇を享受する。
いやはや、いつ見てもグリューシナの動きは水が流れるようにスムーズだ。足払い、地面に手をついたままみぞおちへのハイキック、その勢いのままにくるりと側転しながら体を起こして後ろ回し蹴り、回転を使ってもう片方の足でもう一人の側頭部にかかとを叩き込んで、崩れ落ちる相手の方に手をついてバランスを整えたらそいつをそのまままだ起きている奴に向かって投げ飛ばし、よけられずにたたらを踏んだところに顔面に膝蹴り。
まるで踊るようにグリューシナは向かってくる敵を伸していく。いつ見ても芸術的な動きだな、これを録画できないのは本当に世界にとっての損失、とクラースィアは感嘆をこぼす。
「水仙~、スネドゥロニジェンのトップギルドどうする~」
「さすがに看過できん。『藤染め旅行軍』が取って代わるしかないだろう」
「今ギルド何人いた? 藤さんはワルキュレアとして出ないとはいえ、基本Gv好きじゃないメンツも多かったよね」
「どめがいる。どめは奴らが藤にかみついたと聞けば徹底的につぶすだろう」
「あれ、どめくんスネドゥロニジェンにいるの?」
「……あれは、藤の移動に合わせて国を変更してる」
「は? あのクッソめんどくさい手続きしてんの?」
「どめの藤フリーク具合はこちらの想像の範疇を軽く超える」
「こっわ、どめくんこっわ」
楽し気にグリューシナが暴れている様子を眺めているクラースィアの隣で、同じく様子を眺めていたイリアンサとナルツィアが何かを話し合っている。目を白黒させている、グリューシナ初心者のマグノリアは困惑しきりだろうが、一度でもグリューシナに関わってしまった以上、今後マグノリアはグリューシナのやることなすことに巻き込まれることは確定だった。
自由に動き回るだけで、いろんな星降人も住人も巻き込んで、問題を大きく発展させていく。グリューシナが旅行先を選んだあとでそのゲームのプレイヤーからクレームが入るのも、クレーマープレイヤーを追い詰めて追い込んで叩きつぶすのも、もう何度となくり返されてきたことだ。
メルクリVRでは、最初の旅行先であったワルキュレアにグリューシナをよく知る人間がいて、事前に忠告が発布されていたからいつもよりも遅かったくらいだ。
「木蓮ちゃん、覚悟しててね」
「へ、はい?」
「ふふ、これから藤さんに巻き込まれるよ」
え? とマグノリアの目がきょろきょろと動く。きっと、クラースィアからの言葉と、今のグリューシナの状態を反芻しているのだろう、どことなくおっとりとしたところがあるマグノリアは、もしかしたら苦労するかもしれない……と思ったが、先日の低確率入手アイテムをぽんぽこ入手してた時の様子を思い出して、大丈夫かと勝手に納得した。
「お待たせ。全員通報したから、さっさと下に行こうか」
最後の一人を蹴り飛ばし、手早く近くの氷樹に叩きつけてたグリューシナがニコニコと笑顔で戻ってくる。それを迎え入れて、ナルツィアとイリアンサが今後について話をしている様子を、クラースィアはただ眺めるだけ。そろそろ所属国に一度戻っていたアルメニコンも帰ってくるだろう。
座り込んでいた足を延ばして立ち上がり、付着していた雑草を払い落としながらクラースィアが周囲を見ていると、「お待たせ~」と予想通りにアルメニコンが戻ってくる。メンツがそろったのを見て、マグノリアものそのそと動き出し、全員で当初の予定通り、スペリオーザス湖の地下町へと向かって歩き出した。




