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隙間の出来事1

「お前みたいなやつは迷惑なんだよ!! エンジョイ勢なんか増えたらガチでやってる俺たちに失礼だと思わないのか!?」

 晴れやかに澄んだ青空の下、人気のない路地裏でそんな恫喝するような怒鳴り声が反響する。その声にちら、と路地を覗こむ者もいるが、みな、厄介ごとに関わりたくないのか見なかったふりをして素通りしていった。

 それを見送りながら、恫喝されている側である青年……PC名:グリューシナはたおやかな仕草で目の前に立つPCを上から下まで眺めた。

(レベルはまだカンスト前。アバターに力を入れてないのか、いや、これは無駄金を使っているタイプの金欠プレイヤーでアバターまで金が回っていないだけだな。武器も防具も手入れが雑。おそらくスキル行使系のPS(プレイヤースキル)皆無脳筋バカか。どこのギルド……あー、このエンブレムはトップファイブのギルドからドロップアウトした(追放された)やつが立てたクソギルドだな。これならつぶしてもいっか)

「おい、聞いてんのか!?」

「確かに、わたしがこのゲームの世界の美しさを宣伝したことでエンジョイ勢は増えたと思いますよ。ですけれど、それとGvG(ギルドバーサスギルド)には一切の関係がありませんから、あなたの勝手な思い込みでわたしを恐喝されましても困りますね」

「んだとぉ……っ」

 このゲームは本当に作りこみがすごい。グリューシナがそう感心している目の前で、グリューシナを怒鳴りつけていたPCの顔がみるみる真っ赤に染まっていく。VRになってからの技術進歩は果てしなく、本当に現実で人間と向き合っているような感覚を覚えるが、RP(ロールプレイ)している仕草でさらりと揺れる髪の毛の色が現実の自分とかけ離れているから、ここが現実じゃないと認識できる。

 恫喝してきたPCの腕が振り上げられる。あまりにも遅く、洗練されていない隙だらけの行動に、グリューシナは鼻で笑って膝を置いた。一瞬後、自らグリューシナの膝めがけて拳を振り下ろしたPCは帰ってきた衝撃に無様によろける。

 そこに一歩踏み込み、PCの鎖骨の間、みぞおち、へそあたりへ置いていた膝で三連撃を叩き込み、すらりと膝を伸ばしてきれいなバランスを保つ足の甲をPCの側頭部に遠慮容赦なく叩き込んだ。

 自意識過剰で慢心していた相手PCは、最後の側頭部蹴りが聞いたのかそのまま吹っ飛んで近くの壁に叩きつけられ、HPが全損したのかしゅわしゅわと泡になって消えていった。

「ありゃ、想像以上に三下だったねぇ」

「そりゃ、あんたにとってみちゃ三下にもなるだろうさ」

「高みの見物かい? 随分といいご身分だねぇ」

「はは、俺はあんたとの間に割り込んで、背中からあんたにぶち込まれたくなかったからなぁ」

 想像以上に柔らかかった(低レベルだった)相手に、若干の消化不良を感じていたグリューシナへ頭上から声が降ってくる。気づいていたその見物人に文句をこぼせば、藪蛇だと笑った相手は近くの建物の屋根の上から軽やかに降りてきた。

 声でわかってはいたが、見物人はグリューシナも見知った顔だ。グリューシナは比較的現実の自分によく似た体格でPCを作成するのに対し、見物人はそれなりに通る男性の声に対し、非常にかわいらしい少女の姿をしている。しかし、この少女の姿で油断したが最後、GvGの時は一瞬で懐に入り込まれて即死させられる、GvGトップファイブギルドに所属するアタッカーだ。

「この世界はGvGがメインだけど、GvG以外がないわけではないというのに、若い子はいつも視野が狭いねぇ」

「あっははは、大規模(数百人規模の)対人戦がメインの戦争ゲームで景色の良さなんて宣伝するのはあんたくらい変わり者じゃないとやらねぇよ」

 はぁ、とグリューシナが先のPCの視野の狭さを嘆けば、少女はオーバーリアクションにも見えるほど豪快に腹を抱えて笑い転げた。相変わらず失礼な人間だなぁ、と思いつつも、グリューシナは「こんなに作りこまれてるのにもったいないものだよ」とぼやくだけで済ませた。

 ひとしきり笑い転げた少女は、物理的に転がったときについた砂埃を軽く払い落としながら、笑いすぎて出てきた涙をぬぐい、あんたらしいやとつぶやいた。

「今回の件、さっきの脳タリンはこっちから運営への通報と、GvGギルド内周知をしておく。俺たちは、別にあんたと対立したいわけじゃないんだ」

「おや、どういう風の吹き回しです? あなた方はいついかなる時でもエンジョイ勢とGv勢の間での諍いに首を突っ込んだことはないでしょう?」

「おいおい、やめてくれ! あんたに丁寧な(他人行儀な)口調で話されると悪寒がする!!」

「いや、ほんと君は失礼な奴だな」

「そっちのがいい。……ま、言い訳したいわけじゃないけど、俺たちトップも別に傍観したかったわけじゃないんだ。前に一回失敗しちまってるし、どうにもうまい落としどころが見つからなくて内部である程度注意するしかなくってな」

 申し訳なさそうに頭を掻きながら俯く少女の姿に、グリューシナは何も返さなかった。グリューシナがこのメルクリVRを始める前の事件については、もちろんプレイする前に下準備期間にある程度情報を集めたので知っている。しかし、それはグリューシナには関係のないことだ。

 このときにメルクリVRは多くのエンジョイ勢と呼ばれる対人にメインを置かないプレイヤーを喪失したし、それについて運営から原因となったアカウントの永久凍結と再度のアカウント取得の禁止という罰則から、想定されていたものではないことはわかっている。

 上層のGvギルドには少数のエンジョイプレイヤーが在籍しているのも知っているし、何とかしようと上層のギルドでは様々施策を練られていたことも知っている。だが、それだけだ。すべて、グリューシナがこのゲームを始める前に解決していなかった。ただそれだけだ。

「いずれは、すべてのエンジョイ勢にも適用させるつもりで動いていくけど、ひとまずはあんただけでも、『旅行記ブログのグリューシナ』だけでも手出し不可として周知させてもらう」

「好きにすればいいよ。わたしも好きにするし。まぁ、降りかかってきた火の粉は……ね」

 グリューシナがにっこりとほほ笑めば、少女はそらそうだとうなずいて笑った。

「は~、あんたがメルクリプレイヤーだって知ってたら、もうちょい強引にことを進めてたんだけどなぁ」

「そんなに意外かい?」

「……そうだな、たぶん対人メインの奴は意外だって答えるし、エンジョイ勢は納得っていうだろうよ。俺は、自分のギルドの所属してる街があんなにきれいな場所だなんて気づいてなかった(見ないふりしてた)しな」

 まあそんなもんか。グリューシナはそう思ったが、相手はそうでもないらしい。世界の美しさに気づけなかった自分がよほど情けなかったようだ。グリューシナはそれに対しては何も答えない、答えてはいけない。それは、グリューシナだってさんざん味わった記憶だ。

「まあいいや。それじゃあ、わたしは行くよ」

「ああ、迷惑かけてすまなかったな。もしなんかあったら最寄りのトップファイブまで声をかけてくれよ。どこも話は通ってるからな」

「わかったよ」

 少女に背を向け、グリューシナは路地裏を後にする。さわやかな風を頬に受けながら、グリューシナは先ほどまで話をしていた少女のことを頭の中から追い出し、次の旅行記でおすそ分けする写真をどうしようかということに思考を割いた。

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