隙間の出来事・6
トンっと地面を蹴る。目の前の道をふさいでるならず者たちは、いやらしい笑みを浮かべながら刃物を持ち上げ、それを振り上げる前に素早く振るわれた足で蹴り飛ばされる。、
力強く握っていなかったのか、はじかれた刃物はそのまま慣性の法則にのっとって遠くへ飛んでいく。唖然とした様子のならず者が意識を取り戻す前にさっさと腹部に膝を叩き込む。
二歩目、突如崩れ落ちる仲間にうろたえたならず者が行動に迷った隙に、現実だとおそらく難しいくらいに足を開いてハイキック、顔面に鉄板入りのつま先がめり込んで面白いくらいに吹っ飛んだ。
ハイキックした足を振り下ろした勢いで三歩目、恐慌状態になってなりふり構わず短剣を振り回すならず者の、無防備になった軸足のすねをスパイクがついているためにとげとげとした靴裏で踏みつけるように体重をかければ、痛みからバランスを崩して転倒するならず者の顔面を同じくとげとげとした靴裏で踏みつける。
スパイクのとげが刺さって出血しているのもそうだが、痛みにのたうち回るならず者の首……延髄あたりを少し強めにければ、かっくりと意識を飛ばした。
「相変わらずおっかないなぁ、あんた……」
「ひどい言い草だなぁ。きみがわたしを呼び出したくせに」
「呼び出したってーか、あんたがこっちに帰ってたの見たからな。よその事を聞こうと思っただけだよ」
この子も変わらないなぁ、と思いながらグリューシナは公都でのんびりしていたところにやってきた少女を見下ろす。この少女……否、中身は立派な成人男性だ、年齢は聞いたことはないけれどグリューシナよりは年下だろう……との付き合いは随分長い。
と言っても、最初は先ほどグリューシナがのしたならず者とそんな変わらない。当時旅行していた世界でもグリューシナは面倒くさいタイプのプレイヤーに絡まれることが多かったが、ブリュッドもその一人だ(当時からPC名はずっと変わらず「ブリュッド」なのでお互い「PC名変えないの?」と疑問を呈しあったこともある)。
あの頃は、ブリュッドはPKとして有名で、そこそこ残忍な方法をとるという噂もあったくらいだったけれど、当時から実力はグリューシナの方が高かったおかげで、ブリュッドに唯一PKされなかったプレイヤーとして有名になった。
それ以来、一時期は辟易するくらいの頻度でブリュッドに絡まれることになったが、鬱屈したものを抱えている割にはまともに話せるタイプだったから、時々決闘に応じて打ち負かすことを繰り返した。
「……なんだよ」
「いや、人を刺し殺せればそれだけでいい、なんて言っていたころのきみを思い出しただけ」
「あの頃は、まあリアルでもいろいろあったし。ま、あんた経由でこれもらっちまったしな」
ブリュッドがはぁ、とあきらめたようにため息を吐きながら、白魚のようにかわいらしい白い左手を日にかざす。その白い手の甲に、いびつに石がめり込んでいる。日の光を反射して新緑色に輝くそれを見て、おや、とグリューシナが首をかしげる。
その石は、グリューシナがワルキュレアを見て回っているうちに見つけた国家任務の報酬の一つだった。歴史を調べるのが楽しくてついつい勢いのままに進めてしまったシナリオの報酬まで進んだ時、「あ、これわたしが受け取ったらあかんやつだわ」と気づいた時点で女公爵に別の人を紹介しますと頭を下げ、ワルキュレアの中でも最もまともであるトップギルド、ノルンの天秤(ブリュッドの所属するところだ)にあわてて情報を流した記憶がある。
顔を合わせたことはないが、動画や配信などで何度か拝見したブリュッドの妹さん(ギルドマスター)が一人で取りに行くと思ったのだが。
この石は、ある意味所属国家に縛られることを意味する。ブリュッドはそんなしがらみは好かなかったと記憶していた。
「きみの妹さんだけでとりに行くと思ったのに。きみ、束縛は嫌いでしょう?」
「その妹に頼まれたから仕方ねぇじゃん。ま、正直息苦しいからいやだけど、さんざん迷惑かけてきたんだ、少しくらい返してやんなきゃだろ」
「きみ、ほんとにシスコンだねぇ」
シスコンじゃねえよ、と反論したブリュッドは、そのアバターに似合いのかわいらしい、ふんわりとしたスカートを翻して先に進んでいく。道なき道を進んでいるのであんな恰好をしていたら裾をその辺の低木や藪にひっかけそうなものだが、ブリュッドは難なく進んでいく。
「で、どこの話が聞きたい?」
「ああ、ブログの更新はまだだけど、もう「トゥオネラ三国」全部見てんだろ? やっぱそこらとぶつかることが多いから、聞ける部分だけでも聞かせてほしい」
こういうところがブリュッドの好ましいところだ。
情報の価値を知り、提供してもらいたい側である自身が頭を下げ、情報を持っている側に不利益がないように、相手の許容範囲内でだけ提供を求める。情報提供を生業にしていない相手に対しては特に丁寧に。
だから、Gvの結果なんて興味がないけれど、こういう好感の持てる対応をされるのであれば、少しでも協力してやろうという気にもなるのだ。
目的地まではもう少し。その間に頭の中で出す情報の整理を急いだ。




