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隙間の出来事・5

 はぁ~。無意識のうちにこぼれたため息に苦笑する。あの人がこのゲームの世界に来てから、今まで停滞していたことが爆速で進んでいくな、というこの感覚は前にも覚えたことがある感覚だ。

 それもそのはずだ。あの人……グリューシナは、わざとかそうじゃないかにかかわらず、世界のから回っていたはずの歯車をかっちりとはめ込んで、ハムスターの回し車の如くとんでもないスピードで回し始める。今までに彼が渡ってきた「旅行先」すべてでだ。

 それを、俺は幾度も見た。

 時には彼の友人たちと、時には一人で、時にはNPCたちと一緒に。グリューシナが行く先々で、それまで未発見の歴史がつまびらかになり、あばかれ、進められていく。

 普通に遊んでいるだけだと困った顔をする彼を何度見たことか。

 俺と彼は趣味が似ているのか、何度も移行先のゲームが被った。まあ、俺は対人戦ができるゲームであればなんでもよかっただけなんだけど、時々彼がブログに書くゲームが気になって、彼を追いかけたこともあった。

 そうして、ここでも彼は盛大にやらかしている。

「兄さんから聞きかじっていましたけれど、本当にすさまじい方ですね」

「だろ」

 俺は目の前で展開されていく会話を聞きながら、はぁ、とため息をこぼした妹を肯定した。妹は一度こっちを一瞥したかと思うと、もう一度ため息をつく。

「私、これでも御伽噺戦争・VRで最も攻略情報をインプットしていると自負しておりました。ですが、こんな情報はどこからも入ってきませんでした」

 妹の声に集中していたら、いつの間にかNPCたちの会話は終わったらしい。現ワルキュレア女公爵が「貴公らもそれでよいだろうか?」と声をかけてきた。俺は反射的に問題ないと頷き、隣に立っていた妹も少し考えるようなそぶりを見せるも、最終的には頷いた。

「そうか、助かるぞ。我々公国としては、“中央空白”自体はどうでもよい。しかしだ。貴公ら星降人の降臨の前後を持ち、神聖帝国よりわが国民へ手を上げた事実を許すことはできぬ。貴公らを代理戦争として使うことに罪悪感はある。それでも、我々は貴公らに頼るほかない」

「そこはお構いなく。私たちも私たちの目的をもってこの代理戦争へ参加しておりますもの」

 妹がにっこりと笑った。女公爵がそれにほんのりとほおを緩めたように見えた。

「我々は、代理戦争を行ってくれている星降人へ最大の助力を惜しまぬと決めた。おい、アレをもて」

 ぐっと妹が息をのんだ。俺も、無意識にゴクリを唾液を嚥下する。ここはVR、あくまでも仮想世界だ。だが、女公爵が側仕えに運ばせてきたそれに、とんでもない圧を感じた。空気がぐっと重くなる。空間が、ソレに支配されている感覚だ。

 女公爵の側仕えは、ふわふわとした天鵞絨で作られたクッションを丁寧に抱えていた。そのクッションの上に、小さな小さな何かが載っている。なんだ? と俺が思った瞬間、その小さな何かがキラリと光った。

「ああ、気に入られたようだな」

「……あら、いつの間に」

 妹の声に、そっとそちらを見れば、妹の右手の甲に何か宝石のようなものがついている。さっきまでそんなんなかっただろ、と思って自分の手を見下ろせば、俺の左手にも同じように宝石が埋まっていた。

 張り付いてるんじゃなくて、埋まってる。若干気味が悪いと感じるものの、先ほどまで部屋を支配していた圧迫感は消え、女公爵は楽し気にほほ笑んでいた。

「貴公らであれば大丈夫だと思うが、我欲におぼるることなかれ。貴公らが公国の代理である限りは、ソレは貴公らを裏切らぬであろう」

 これで話は終わりだと言わんばかりに、女公爵は側仕えを伴って謁見の間を出て行ってしまった。

 どうしたもんか、俺はそっと妹を見上げ、見上げるんだよなぁと全然関係ない思考が混じった。

 リアルじゃ見下ろす妹を見上げる不思議な感覚にぼうっとしてると、妹が不思議そうにこちらを見下ろしてきた。

「兄さん?」

「ごめん、なんでもねぇ」

「ひとまずギルドハウスまで戻りましょう。グリューシナさんへの感謝の方法を考えなければ」

「いや、あの人はそういうの嫌がるから、なんもしなくていいよ。そういうことするくらいなら、俺たちはエンジョイ勢とGv勢でのいざこざ解決に尽力すべきだろ」

「そうは言いますが、これはそれだけでは足りません」

 妹が右手を上にかざして石を眺める。謁見の間の採光窓から差し込む光に照らされ、妹の右手の甲に埋まった石は新緑色に光を反射した。

 そんないいもんじゃねぇだろ、と思いながら左手を見下ろす。これは、国に首輪をつけられた証拠だ。もちろん、Gvで有用なスキルを会得したことには変わりない。そのかわり、一挙手一投足が公国の代理という枷にはめられたようなものだった。

 ぐっと俺の首筋に見えない首輪が装着され、じわじわと絞められるような感覚に陥る。ああ、こんなことならいくら妹に頼まれたからとはいえ、一緒に来なきゃよかった。

 圧ではない、物理的な息苦しさに息を吐きながら、俺はさっさと城から出るために謁見の間を後にするべく踵を返した。

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