隙間の出来事・3
それは、まだ小学校高学年のころ、たまたま見ていた夕飯時のテレビCMだった。
今でこそ普及した、いわゆる美少女ゲームのような絵柄に似たイラストを前面に押し出した、新しいゲームのコマーシャルは、まだ幼かったグリューシナの心をぎゅっとつかんだ。
グリューシナはもともとはそんなにゲームは好きではなかった。家にあったゲームは、ほとんどが格闘ゲームで、キャラクター同士の殴り合いを見てて何が楽しいんだろうと首をかしげるくらいだった。
RPGというジャンル自体は耳にしていたけど、当時覇権を握っていたゲームはグリューシナの食指を動かすことはなく、クラスメイトから聞きかじるだけだった。
CMは一分もない短いものだった。目まぐるしく動く映像の中、一瞬だけ映った少女。色とりどりの花畑の中に座り込み、誰かから渡された花冠をかぶっていた。嬉しそうにほほ笑む少女の姿に、グリューシナは心臓の音が大きく聞こえた気がした。
その一瞬だけに見入るために、そのゲームのCMが流れるたびに動きをすべて止めてテレビに見入るものだから、両親にも気づかれて、めったにゲームに興味を惹かれない子供が珍しいと買い与えてくれたのは、なかなか恵まれた環境だっただろう。
発売日当日の夜、プレゼントされたゲームカセットのパッケージを高鳴る鼓動を押さえつけながらあけて、取扱説明書を見る。操作説明は少し小難しく感じたが、少なくとも格闘ゲームのようなものではないことだけは理解した。
説明書の巻末に載っていたキャラクター紹介に、あの少女が載っていない。それだけが少し不満に感じたが、載っていないのは仕方がないかとあきらめてストーリーを進めることにした。
父が近くで見守る中、カセットを本体にセットして電源を入れる。テレビCMのようなオープニングムービーを見てから、「はじめから」を選んでボタンをポチポチと押し進めると、最初のプレイヤー名の入力と小難しくした世界設定が流れ終わった直後に、その少女は画面に映った。
『お父様、はやくはやく』
当時はまだキャラクターボイスが搭載されているゲームも増えてきたころ合いで、ころころと鈴を転がしたようなかわいらしい声がゲームと接続されたブラウン管テレビのスピーカーから聞こえてくる。
表示された立ち絵はあどけない愛らしい。ああ、この子と物語を進めていくのかな、とか、名前はユリヤルージェっていうんだな、かわいいな、とか、いろいろ思っていたことはあったけど、徐々に不穏な空気になっていく物語に嫌な予感がした。
そして、暗転した画面の中で聞こえた少女の悲鳴と、ザンッゴト、という聞いたことのない音に背筋がぞわぞわとしたのを忘れられない。近くで見ていた父が、まだ幼いグリューシナに目をつむったほうがいいというが早いか、その画像は表示された。
うつろに濁った、先ほどまできらきらと輝いていた薄い緑の瞳。腰まであった桃色の長い髪はざんばらに跳ね、薄い唇の端から赤い雫がこぼれている。彼女の首から下はどこにもない。
当時を思い出し、グリューシナはceroがまだなかったとはいえ、出オチならぬ出グロにもほどがあった、とため息をつく。あの直後、ショックで泣いて父に慰められたのはいわゆる黒歴史のようなものだ。
「藤くん、そんなにあのキャラが好きだったのね……」
「まあ、一目ぼれだったからねぇ」
あははと返せば、長い付き合いのゲーム友達である女性がほほえましそうに笑った。よくあることだといわんばかりのようすに、まあ、君の周りはそういう人多いよね、とグリューシナも頷く。
「それにしてもよく見つけたわね。今まで見つかってなかったでしょ」
「う~ん、これについては、既存プレイヤーの国家任務軽視が原因かな。わたしや杏くんだったらたぶん早々とわかってたことだよ」
グリューシナの言葉に、アルメニアコンと呼ばれた女性はあ~と納得したように声を漏らす。
ある意味トラウマになった、一目ぼれの少女のさらし首スチル。ショックからあけたのちにグリューシナに到来したのは、「なんで?」という疑問だった。どうみても何かを企んでいたように見えないかわいらしい少女が、なぜあんなむごい目に合わなければならなかったのか。
父が止めるのも聞かず、グリューシナは御伽噺戦争をやりこんだ。何度も何度もやり直すたびに表示される少女の首にぎりぎりと奥歯をかみしめながら、物語の一言一句を逃さないように読み込み、必要であればノートに書き留めて物語を読み込んでいった。
最終的に、少女が冤罪で殺されたことが発覚したときは、反射的にテレビにコントローラーを投げそうになって父に抑え込まれたりもした。
ちなみに、いまグリューシナの隣を歩くアルメニアコンも、知り合ったのは「ユリヤルージェの死因を考察・確認する会」というインターネットの掲示板が最初だ。
「と、ここだ」
最近、十七代目ワルキュレア女公爵から教えられた場所に到着する。そこは、シュバルテライトよりも北にある海岸沿いにある、センスのいいログハウス風の別荘だった。
近隣には何もない。むしろ、何かあってはおかしいのだ。なにせ、この周辺は「守護結界」が貼られているうえに、国有地扱いとして出入りが禁止されている地域なのだから。
ここにいるのは、国のために汚名をかぶり、心を壊されてしまった一人の少女と、彼女のために尽くす一人の使用人だけだ。
グリューシナとアルメニアコンは顔を見合わせて一つ頷き、ログハウスのノッカーを鳴らすと、小さく「どちら様です?」という老婆の声が聞こえる。
グリューシナは、どくどくと大き鳴っているように感じる心臓を抑えながら、冷静に声を絞り出した。
「ワルキュレア女公爵様から派遣されました星降人です。ユリヤルージェさまはいらっしゃいますでしょうか?」




