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とある男子高校生の魔王な日常  作者: 沢森 岳
8/20

8.新しい伝統行事

新たに大掛かりな行事を始めようとするには多大な労力と、

今後それを続けようとする覚悟が必要だと思うんです。

よく始めたものだなあと感心します。

 俺の通う高校には、創立百周年に合わせて始まった百キロメートル強歩なる伝統行事がある。基本的に全校生徒全員参加で、二日間をかけて地域に設定されたおよそ百キロメートルのコースを歩く、という質素堅実なイベントだ。


 百キロメートルともなると、近隣の複数の市町にまたがるルートになり、そこを男子高校生が延々歩き続けることになるわけだが、生徒たちの間ではわりと肯定的な意見が多い。頭を空っぽにして歩き続けることで、それなりの達成感が得られるからかもしれない。普段とは全く違う、非日常感を味わえるという点においては得難い行事かとも思う。


 味わいたくない奴もいて、雨乞いしたりもするけど、俺はまあどっちでもいい。めんどくさいなとは思うが、俺の場合は体調や体力には全く心配が無いので。例年参加率、完走率とも八割を超えるあたり、この学校を受験するヤロー共にとっては予め織り込み済なのかもしれない。


「私は、保健室でずっと順番待ち対応しているよりは良いかなー」

 とフジサワ先生からメッセージが入る。


 俺を監視するため、という理由から俺と勇者エリーことフジサワ先生はメッセージのやり取りをしている。天候に問題が無ければ俺は当然のこと行事に参加するが、フジサワ先生は救護班としてマイクロバスで随伴するらしい。


 この行事は、学校の正門を出発してから先は延々と寝ずに歩き続け、翌日の規定時間までに正門へとゴールするものだが、途中の時間配分は縛りが緩く、各休憩ポイントで仮眠するのも自由だ。むしろ救護班の方が大変なんじゃないかとも思うが、黙っておこう。


「俺はばっちり真ん中ぐらいでゴールしようと思う」

「手間かけさせないでね。でも、交通事故で即死してくれるなら歓迎するわ♡」

 言われるまでもなく、事故には気を付けよう。

 トラックに轢かれて即死すると、異世界に転生しちまうかもしれないからな。


 俺と勇者は、この奇妙な共闘関係を、少なくとも俺の在学中は維持することで合意している。俺の平穏な人生は、十八年目にして大きな危機を迎えたが、勇者を調伏して今はもう平穏を取り戻した。勇者以上の危機なんて、そうそうないだろう。


 §


 次の日、イベント当日は朝から綺麗に晴れ渡り、誰とは言わないが雨乞いの効果はなかったようだ。この比較的新しい伝統行事は、今や沿道の住人達からも風物詩として親しまれている始末で、男子高校生の溌溂とした笑顔や、或いは疲労困憊のゾンビの如き群れなどを見ることが出来る。


 だいたいは、日付の切り替わりに前後してゾンビへとクラスチェンジする事が多いようだ。食事と水分を摂取すればあとは問題のない俺は、周りの様子を窺って似たようなムーブでやり過ごす。特に演技力など必要ない。俺は問題なく普通にイベントをこなせる。


 むしろ、問題は他にあった。

「せんせー、俺もう足が痛くって、リタイアしたいですぅ」

 となぜか明るく宣言する生徒が、今年は非常に多く出た。

 みんな、狙ったようにフジサワ先生に申告する。

「靴擦れしちゃったみたいで―、手当てしてもらっていーですかぁ」

 痛い筈なのに、なんだか嬉しそうに聞こえる。


 救護班は深夜になってからてんやわんやの忙しさとなり、それに伴って例年にない完走率の低下が表面化してきた。秘かに受け取ったメッセージにはフジサワ先生の愚痴が詰まっていたが、この時は俺はあえて励ましも慰めの言葉もかけなかった。


 だが、夜半を過ぎて、そういえば中位グループであるはずの自分の周りから、人が随分と減ったような気がして心配になってきた。フジサワ先生が要因で今年のこのイベントは大失敗になってしまうんじゃ?



 先頭と最後尾と、そのほかにも何人か教師が伴走することになっているので、俺はそのうちの一人を探した。伴走の教師は随時実行本部との連絡を取り合っている筈なので、見つけて近づいて、それとなく探ってみた。


「先生、今日は良い天気で良かったですね。みんな順調でしょう?」

「ん? ああ、まあ……な」

 やっぱり歯切れが悪い。


 少し話してみるとやはり、気象条件は良いのに、今年は途中リタイアする生徒が大量に発生しているらしい。基本的に自己申告だし、それを否定するものではない。夜半過ぎであれば疲労が蓄積する頃であろうから、致し方ない面も確かにあるが、いくらなんでも多すぎる。


「あの小悪魔め」

 俺はフジサワ先生にメッセージを送った。何か理由を付けてフジサワ先生が救護活動から離脱するよう仕向けようとしたが、既読にならない。


「まさかとは思うが、完走者が俺を含めて一握り、なんて事になったらシャレにならん」

 伝統校にとっては行事の存続に係わる一大事だし、もしかしたらフジサワ先生の処遇にも影響するかもしれない。



 伴走の教師に連絡が入り、表情を曇らせた。おそらくは本部からだろうが、状況は悪化しているようだ。

 半数、という言葉が聞こえてきた。

「鈴木、体調は問題ないか? 無理はするなよ」

「はい先生、ありがとうございます」


 間接的だが俺にも要因はあるわけで、小悪魔なヴァーラ人の不始末は何とかしたいが。

「仕方ないか……」

 俺は少しペースを上げて伴走教師から離れ、百キロメートルにわたるコースを再確認した。


「先頭の教師は予定を順守するはずだから、今頃はあそこらへんだな……」

 俺は長い長い直線区間の中程で、路傍の電柱に背中を預けて目を閉じて神経を集中した。

「エリーから吸い取った魔力が役に立つな」


 月は早めに沈んでしまっていたから、いつの間にか星々が見えないことに気づいた者はいなかった。みんな、暗夜の中で寧ろ足元にばかり注意が向いていたのだろう。


 俄かに風が巻いたかと思うと、そのあとに雨が降り出した。それははじめから大粒で、そしてあっという間に地面を濡らし路上には水たまりを作った。田舎道の歩道、或いは歩道も無い路肩をぞろぞろと歩いていた男子高校生たちは、大半が雨宿りするチャンスもないままに靴の中までびしょ濡れに。


 余りにも急な、そして局地的な天候の変化で、先頭集団から中位あたりの生徒にまで影響が及んだ。先頭集団の生徒は、タイミング悪く近くに何の施設もない地域を歩いていたのが災いして、先導の教師共々ポンチョや折りたたみ傘を背嚢から取り出すことも出来ず雨に打たれてしまった。


 雷鳴が無かったのが幸いだが、およそ一時間ほども降り続いた驟雨が収まるころには、実行本部において今回の伝統行事の中断が決定されたのだった。


 §


 俺はいくらでも防げたが、肩から上までをびしょびしょにして次のチェックポイントに逃げ込んだ。

 靴の中まで水浸しではとても歩けない。これでみんな「仕方なく」リタイアという事になろう。学校としても、天候急変の為、生徒の健康を危惧してやむなく中断となったわけだ。


 だから今回は完走率は算出されない。中断を残念がる者も多いだろうが、いちばん穏便な結末にできたんじゃないかと思う。


 フジサワ先生には言うべき事ができた。

 魔力が周囲に及ぼす影響を最小化するよう、指導しなくてはなるまい。メッセージを送ると、余りの慌ただしさにさすがに懲りた、といった返答があった。


「よーし。特訓だな」


この物語はフィクションであり云々。

この世界にそぐわぬ強大な魔力の持ち主は、それだけで様々な影響を及ぼしてしまいます。

今後どのような事象が現れるかわからぬところを懼れます。


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