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とある男子高校生の魔王な日常  作者: 沢森 岳
7/20

7.ソロキャン▲(2)

どんな技巧を凝らして縛り上げたのかは言えません。

きっとヴァーラの記憶でしょう。


「だからもう、解いてくれないかしら、これ」

「勇者なんだから、そのうち力づくでちぎれるだろ?」

「ロープだって無駄遣いはしたくないのよ」


 そりゃそうか、と納得して俺は解いてやることにしたが、せっかく技巧を凝らして縛り上げたってのに少し勿体ない。

「ちょっ、どこ触ってんの? 手だけ解いてくれればいいわ。あとは自分でするから」

「体は小さくなったが、態度はでかいままか」


 縄を解いてみて、自分の姿が元に戻っているのを改めて確認した勇者は、やはり短絡的に俺に質問を投げてきた。

「魔王きさま、魔力をどこに隠していた? この世界にも魔結晶の類があるのか?」


 今の俺に魔力が満ちているのは理解しているようだ。だがやはり、核心は教えてやらん。

 少しだけ焦げたバゲットの端をちょこんとつまんで、オリーブオイルに浸けてかじる。うん、うまい。もうマッシュルームにも火が通った頃だろうか。


「俺も、この世界の全てを知るわけじゃないが、魔結晶はないと思うな」

 すると、勇者はどすどすと体躯に似合わない大きな足音で近づいてきて、竹串にウインナーを刺して頬張った。

「あつっ」


 熱いのはあたりまえだろうに。が、それでも勇者はそのままもぐもぐと咀嚼して飲み込んだ。そして次には、厚切りベーコンに手を伸ばす。

「がっつくなよ」

「私の食材だぞ!」

 ああ、そう言えばそうだったな。


 焚火で焼いていた食材を片付けて、アヒージョもバゲットをちぎりながらどんどん腹に入れてゆく。勇者はスリムなくせに食欲は旺盛だった。食べ方に淑やかさは微塵もない。

「育ちざかりは過ぎたと思うが?」

「うるはい」

 もぐもぐもぐもぐ。


「さてはオマエ、食べた物を魔力に転換しやすい体質だな?」

 前世”ヴァーラ”では、そういう奴がいたと思う。珍しいが、魔法使いとしては正直羨ましい。勇者と認定される者にも過去には様々いたようだが、目の前の少女は”清き泉のエリー”などと綽名されていた。大きな魔力を必要とする魔法を幾つも操ることのできる、貴重な人材だ。


 ヴァーラでも、完全に魔力を使い果たした者は意識を失い、大抵は一晩経たないと起き上がることも難しい。一昼夜以上寝込む者や、命の危機に晒される者だって中には居るくらいだ。

 それなのにコイツときたら、数時間で起き上がりやがった。しかも十分に元気なあたり、流石は勇者と謂われるだけはある。そりゃあ「協会」も手駒として取り込みたがるよ。


 焚火の上が空いたのでゴトクを置き、ケトルにミネラルウォーターを注いでお湯を沸かした。

「ソロキャンプにしてはずいぶん食材が多いと思ったら、食いしん坊なだけだったか」

「勝手に食べておいて、その言い草はなんだ」

「俺は勝者だ。ここにあるのは全部、俺の戦利品だと主張してもいいんだぞ」

「ぐっ……」


 俺を睨んだ勇者は、うつむいて腰を落とした。結構悔しそうだ。

「まっ、今日のところは、だ。俺は負けるつもりはないが、何なら再戦してやってもいいぞ」

「……」

 勇者が黙り込んでいる間に、俺はマグカップに粉末スープの素を入れてケトルからお湯を注いだ。

「オマエも飲むか?」

「それも私のっ……、いや、なんでもない」


 また俯いたが、少し待っていると小さな声で飲む、と言ったので用意してやった。竹串でかき混ぜようとすると、「スプーンならある」と言って帆布ケースから取り出した。

「お、サンキュ」

 薪を追加して炎の勢いを整えると、俺たち二人は並んで揺らめく光を眺めた。

 単に焚火の風下を嫌ったから、だが。それでも、たかがインスタントスープが妙にうまい。


「魔王、……なんだよな?」

「前世では魔王と呼ばれていた。今は鈴木あきらだ」

「……そうか、そうね」


 勇者はテントの前室に置いてあったクーラーボックスから缶飲料を取り出すと、また俺の隣に戻ってきて飲みだした。

「あー、染みる」

 って、ビールじゃねーか。

 しかももう片方の手には細長い三角形のチーズ。


「酒飲むのかよ!?」

「鈴木あきらは駄目よ? 残念ねー」

 飲みっぷりはオッサンみたいだが、その姿は完全に違法状態にしか見えない。

「オマエだって俺と同じくらいの年じゃねーの?」

「何言ってるの、私はフジサワエリよ。見た目だって、飲んでればそのうち戻るわよ」

 そーいう問題なのか?


 鈴木あきらは地味な十八年目の人生でまだお酒を飲んだことはなかった。魂はともかく肉体はこの世界のものだから、お酒に強いのかどうか、まだ分からんな。フジサワエリを騙る勇者エリーは早くも二本目を開ける。ついでにポテトチップスの袋も持ってきた。


「アンタも早くお酒が飲めるようになるといいわね。この世界のお酒はどれもおいしいわよ」

「あー、この世界の食べ物と飲み物は美味しいよな」

「早くお酒が飲めるようになって、早く年取って、さっさと死んで? 事故死でもいいわよ」


「ひどいな。俺は静かに人生を全うして、老衰で死ぬって決めてるんだ」

「え~」

「えー、じゃない」


 自称フジサワエリは、勇者エリーの姿のまま次々と空き缶を作り出していった。どうやら元気が出たみたいでそれは良かったが、見た目には随分と酔っぱらっている様子だ。

「おかわり」

 って俺に向かって言いやがった。


 まあ運命共同体みたいなものだから、多少はサービスしてやってもいいけど。

「もしかして、酒って魔力の補給に効果があるのか?」

「うん。マナポーションみたいに効くよ~」

 そーなんだ。


 けど、酔っぱらうのは変わらないんだろうな。俺がクーラーボックスから取り出して渡してやった一本を飲み干すと、エリーはそのまま横になってしまった。

「本調子じゃないのに飲むから……」

 俺はポテチの残りを口に入れてウーロン茶で流し込むと、寝てしまったエリーをテントの中に運んでやった。


 §


 次の日の朝。

「遅刻するぞー」

 と耳元で囁いてやると、エリーは面白い動作で飛び起きて、コットから落ちそうになった。

 土曜日だけどな。


「ホットサンドがもうすぐ焼けるから、黒焦げになる前に食べてくれよ」

 言い捨てて、俺はテントの外に出ると自分の分を頬張った。そろそろお湯が沸く頃なので、ドリッパーを組み立ててコーヒー豆を用意する。勿論だがこれもエリーのものだ。いろいろ用意してあって結構楽しい。


 なんだかばつが悪そうにテントから這い出てきたエリーは、もうフジサワ先生に戻っていた。

「お、戻ったな。じゃあさ、帰りは俺も乗せてってくれよ、先生」

「し、仕方ないわね。……けど、お昼くらいまで待って」

 せっかく大人の姿に戻ったのに、フジサワ先生はがっつり二日酔いだった。


 もう日は昇っていたが、早朝の戦場ヶ原は肌寒く、そんな所で飲むコーヒーは格別にうまかった。


ウイナーテイクオールの感覚は、ヴァーラ人である勇者こそ身に染みています。

だから鈴木あきらの提案を無下にはできないのです。

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