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とある男子高校生の魔王な日常  作者: 沢森 岳
6/20

6.ソロキャン▲

俺は触れたものからは強引に魔力を吸収することができる。

魔力を付与した物理攻撃を主体にする奴は、俺にとって魔力補給手段と化してしまうのだ。

 パチパチと、小さくそして活発に炎が揺らめき爆ぜる音が続く。

 照らされて、顔が温かい。

 次いで嗅覚が、香ばしく本能をくすぐる匂いを捉えた。

 が、体がひどく重い。

 瞼を閉じたまま、このまま眠っていようかしら。

 暖火に背を向けるよう寝返りを打とうとして、体が動かせない事に気づいた。

「んー!!」

 それどころか、声もうまく出なかった。



「お、起きたか。やっぱ回復が早いな」

 俺は本来の姿を晒した勇者を、技巧を凝らして縛り上げておいた。このソロキャンパーはガイロープの予備を二束も用意していたので、勝手に使わせてもらった。ぐったりと、完全に脱力した人体を縛り上げるってのは、結構大変だったぞ。


 それから、こいつは魔法を、しかも強烈な呪文を唱えるから、猿轡も嚙ませた。その上で、ではあるがグラウンドシートを敷いた上に横たえたのだから、俺って優しいよね。なのに、この勇者ときたら起きたばかりで俺を睨み付け、何やら抗議の声を上げている様子。


 なんて言おうとしてるのか、なんとなく分かるけどね。

「おい、おとなしくしろ」

 俺は四十五センチもある竹串を向けてビシッと言ってやった。竹串の先には腸詰が刺さっている。なかなか良い焼け具合だ。


「貴様は俺に負けたんだ。お前の運命は今、完全に掌握されている。生殺与奪は俺次第だ」

 そう宣言して、俺はこれ見よがしに腸詰をかじった。わざと大げさに咀嚼して、美味そうに嚥下してやった。


「いいか、よく聞け」

 焚火の上では腸詰の他にベーコンも炙られている。焼き網の端では、小さめのスキレットでオリーブオイルも加温中だ。


「お前が勝てば、俺は殺されていただろう。ならば、俺が勝てばどうするか。どうすると思う?」

 意味ありげに視線を送ると、その先で勇者はもごもごと口を動かした。

 はい、くっころ頂きました。


 そろそろ軽めの魔法を使えやしないかと勇者が企む頃だろう。

「どうした? さすがの勇者でもまだ魔力は回復しないか? それとも、試してみたけど何故か発動しなかったか? ん?」

 よく見たら、勇者の目からは涙がぼろぼろとこぼれていた。

 敗北を認めるのがよほど悔しかったんだろうが、まあこれが現実だから受け止めろ。


「オマエを殺してもな、俺には限定的なメリットしか無いんだよ。それよりも、もっといい方法がある。俺も、そしてオマエにとっても、な。だから、とりあえず俺の提案を聞いてみないか?」

 素っ気なく、少しだけ優しく、俺は勇者に伝え、そして言葉が染みるまで少し待った。


 その間に俺は、クーラーバックからマッシュルームを三個取り出して四つ切りにし、オリーブオイルに浸した。小エビはまだ凍っていたが、霜を取り払ってこれもスキレットに放り込んだ。地元特産の真っ赤な唐辛子は、既にオリーブオイルの中で十分に温まっている。


 勇者は目を閉じたが、まさか眠ろうとしているわけではあるまい。

「オマエ、この世界では年を取らないな? もしくは速さが全然違うんだろう」

 びくっ、と縛られたまま震えるところから、これは予想どおりと判断した。


 まったく、ポーカーフェイスが出来ない奴だ。

「ならば簡単だ。オマエは、俺が悪さをしないように『監視』し続けろ。より正確には、『そういう事にしておけ』ってこと」


 バゲットを二センチ厚くらいにスライスして、これも軽く焚火で炙る。勇者は目を開けたが、まだイマイチ理解が進んでいないようだ。

「よく考えろ。この世界で百年も経たずに、俺は確実に死ぬ。その時、オマエの時間は一年も経っていないんじゃないのか?」


 騙すとか、嘘をつくとか、そういう問題じゃない。これはもう、事実だ。

「オマエさ、俺の事をある程度は調べたんだろう? どうだった?」

 はっきり言って地味な人生だ。そんな人生を俺は大好きだ。輝かしいとさえ思っている。

「前世で嫌気がさしたんだよ。今の俺は、静かに穏やかに暮らしたい」


 半信半疑、と彼女の顔には書いてあるが、まあそうだろうな。

「俺は平穏な人生を堪能したいんだ。それをお前が監視する。そしてこの世界で何十年かが過ぎて俺が死ねば、オマエは任務完了だ。これでお互いに目的を果たせる」


 ここでようやく、俺は勇者の猿轡を外してやった。返事を聞くためだ。

「いいか、オマエは俺の慈悲によって生かされたんだ。そこんトコロよく考えてみろ」

「……こんな屈辱っ」

「だが、次へ繋がるチャンスでもある。そう考えるべきだ」

「……」


 悪い話じゃないと思うんだが。

「わ、私を生かすのは、私なんかどうとでも出来るから、という事なの?」

「俺にもメリットがあるからと言ったろう? ただ、対処できるよう備えはしている」

「備え?」


「ああ。オマエさっきまで昏睡してたんだぞ? 俺が何にもしないとでも思ってた?」

「なっ!!」

 勇者は今更ながらに体をこわばらせたようだが、そもそも拘束されっぱなしなんだから、ほんと今更だ。


「オマエの胎内に俺の因子を植え付けた。オマエが俺を魔法で狙うなら、先ずそれが的になる」

「?」

「つまりな、例えば俺に火球をぶつけようとすると、先にキサマの腹が焼ける」

「!!!」


 嘘だけど。

 勇者は思いっきり顔をひきつらせて慄いた。

「私の体内に、キサマの因子……ま、まさか!」

「ああ、そのまさかじゃないかな」


 知らんけど。勝手にきわどい想像でもしてくれると面白い。

「くっ、……だが、それを私に伝えるという事は、やはり私が生きていた方が貴様にとってもメリットはある、という事なのだな」


「そうそう、そういうこと。俺が死ねばお前は解放されるわけだが、無理に狙わず、俺が勝手に死ぬのを待っていた方がいいんじゃないか?」

 勇者は再び目を閉じて、自身の体調を今一度確認したようだ。


「わかった。……忸怩たる思いもあるが、貴様の提案に乗ろう」


勇者は、アラサーかと思えば実は年を取っていないのでした。

転生ではなくて転移した者にはありがちですね。


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