4.とある古戦場
電源ONでメッセージが溢れます。
またOFFしたくなります。
「やれやれだぜ」
俺はものすごい数のメッセージに、スクロールする気も失せて呟いた。
フジサワ先生はまだ戦場ヶ原に居るんだろうか? などと考えて、俺はちょっぴり罪悪感を抱えてしまった。
悄々たる俺をよそに、既読に気付いたのか、またひとつメッセージが届いた。
「うわ。ニュースになるのは嫌だなぁ」
地味な人生にマスコミ沙汰はそぐわない。
§
夕方になって、やっと俺は戦場ヶ原に到着した。
到着したが、よく考えたら戦場ヶ原と言っても広いじゃないか。
「どこにいるんだよまったく」
ぼそりと呟いたのが聞こえたのかどうか、メッセージが届く。内容は、登山道を奥へと進めという趣旨だった。ここまで来たからにはと、誘導されるがままに道を進むと、林の中で少しだけ開けたところに出た。
「来たわね、ようやく」
「来たけどさ、一体何なんだよ」
もっともな疑問を俺は吐き捨てた。
フジサワ先生の声は、大きな木の暗がりから聞こえてきた。
「一体なにって、……え?」
「え?」
しーん。
たっぷり十秒ほど二人は沈黙した。
「あなた、よくわからないままここまで来たの? 折角それっぽい名前の場所にしたのに」
「なんだよその言い方は? せっかく来てやったのに! ここまで来るの大変なんだぞ」
またしても静寂。なぜか鳥の囀りもない。
「えーっと、私は誰でしょう?」
「色情狂のフジサワ先生」
俺は即答した。
「あんたねぇ、クラスの裏サイトにある事ない事書き込んでやるわよ?」
「やめろ。先生のやる事かよ」
暗がりから姿を現した先生は、完全に山ガールスタイルをびしっと決め込んでいた。
「あなたよくそんな恰好で山に登ろうと思ったわね」
「思ってねーし!」
「じゃあ、何しに来たのよ、こんなところまで。アホなの?」
何しに来た、とかあんまりじゃないか?
「いやいや、エリさん? あんたが来いって言ったんでしょ?」
「私は飛んで来いって言ったのよ」
「飛べねーよ!」
「嘘」
これまでの経緯はともかく、フジサワ先生が自信たっぷりに断言するので、俺はちょっとうろたえた。この世界の人間って飛べるんだっけ?
いやいや、十七年間で培ったこの世界の常識では、人は空を飛べたりしない。
「な、なにを言ってるのかな、ははは」
「あくまでもシラを切る気かしら」
フジサワ先生の体からは魔力がにじみ出ている。この世界の人には見えないだろうが、俺にはわかる。その魔力が濃く揺らめいた。
「じゃあ、もう帰っていいわ」
「え?」
「帰れるものなら、ね」
そう、変な先生に付き合わされたおかげで、もうバスはない。てっきりフジサワ先生が帰る手段を持っているものだとばっかり思っていたが。
「私はココでキャンプだから、あなたはさっさと帰んなさい」
「呼び出しといてソレ?」
フジサワ先生は俺の存在を無視して、木陰から大きなリュックを持ち出した。そして何やら包みを解いてテントを立てはじめた。何気に慣れた手つきだ。
「俺も泊めて」
「いやよ。これはソロテントなの。あなたの分はないの。さっさと去りなさい、しっしっ」
「そんな寂しいこと言わないでさ、色魔のフジサワ先生としては望むところじゃん?」
と、俺が一歩近づくとフジサワ先生は身構えた。
身の危険を感じて、というよりも文字通りに、外敵を排除するために体勢を整えたのだ。
そして腰裏のシースから短刀を引き抜いた。何とかいう有名メーカーの立派なフルタングナイフだった。
「ふふふ。とうとう本性を現したわね!」
「これだけ追い詰めていおいて、酷い言い草だな」
フジサワ先生は待ってましたとばかりに見得を切った。そして、なんとかいう有名メーカーのナイフは輪郭がゆがんで刀身がすらりと伸びた。
その白刃に、俺は見覚えがある。
「ダーナレグ……」
それは、かつて俺と対峙した勇者の持つ剣。俺にとっては嫌な記憶だ。あまり思い出したくない。
「ふっ、この剣を知っている、あなたは誰?」
びしっ、と刃先を俺に向けてフジサワ先生がいうので、答えてやった。
「鈴木あきら」
「だーかーらー!」
感情を昂らせたフジサワ先生の体から魔力があふれた。その魔力は刀身にまでまとわりついて、俺の喉元めがけて突き出された。
岩に突き立てたような鈍い音がしたのは、俺が掌で切先を受け止めたからだ。
「鈴木あきらを殺す気か?」
「私は魔王を斃すの。それが鈴木あきらと共にあるなら、共に滅するのみ」
フジサワ先生は俺を睨み付けた。鈴木あきらを。
「あの時、キサマの魂は世界の狭間を漂う事になるはずだった! そして、いずれ消滅する、はずだった」
「酷い事するよな~」
「なのに、この世界へと転生した。魔王としての魂のままに!」
「俺が何かしたわけじゃないぞ、偶然だ」
「私は使命を果たしきれなかった。だから、この世界へとやって来た!」
ここでいったんフジサワ先生は息継ぎした。ずっと叫び続けることはできないんだ。剣を引いて一旦間合いを取る。俺も掌のミスティックシールドを消す。小さな魔法の盾を構えただけで、もう随分と魔力を使ってしまっているはずだ。
……あれ?
「え? おまえ、あの勇者?」
「……そうだ。驚いたか?」
「っていうか、俺の記憶ではもっとこう、小さくて、可愛かった」
「ふざけるな」
正直な感想だったが、フジサワ先生は気に入らなかったようだ。前世で俺の魂を吹き飛ばした勇者は、まだ十代なかばの女の子だった。だからあの時、つい気を緩めてしまったんじゃないかと言われれば、否定できない所ではある。
そして今、目の前の山ガールがどうやらあの時の勇者と同一人物であることを、俺はしっかりと認識した。
そして更には、ある意味での勝利を確信した。
「俺は今、ぴちぴちの十七歳だけど~、オマエは実はアラサーか?」
フジサワ先生は勇者その人でした。
登場人物は増えませんでした。