3.とある日の保健室
いったんは虎口を脱した鈴木あきら。
だが、明日も学校はある。
いつまでも逃げるというわけにはいかないのだが……。
「うーん、思ったほど魔力が減ってないな、ってか減ってないような気がする」
俺はこの十七年間、ずっと周りからの微弱な魔力放射を吸収して蓄えてきた。
というか不意に放出しないように気を付けていただけで、無意識に身体強化に消費される分以外は、使う機会もなければ使う気もなかったので自然に貯まってしまっただけだが。
それでも前世での魔力量とは比べ物にならなくて、同じ尺度では無いも同然と感じるほど。いきおい今の俺は前よりずっと敏感に微弱な魔力を感じることが出来るが、それでもドアの解錠に費やした分の魔力が減っていないと感じた。
とはいえ、思った以上に減ったのなら体調不良につながり割と問題だが、その逆なら気にすることもないか。そもそも人が多いところでは、微弱な魔力放射も人数分だけ多くはなる。それに生命活動が活発なら相対的に魔力も多くなるから、学生が群がる学校という場所では魔力の滞留も比較的多い。まあ、いずれにせよ前世と比べるべくもないほど微量ではある。
「まあいいか」
俺は魔力の乏しいこの世界が結構気に入っている。なにせその分科学技術が発達しているからな。人が豊かに暮らす分には、これでいいんじゃないか。
逆に前世は魔力にあふれ、それを行使する術が発達し、それはそれで便利な世の中を実現していた。一見中世ヨーロッパ風の世界だが、日常に寄り添う魔術の発達によって比較的公衆衛生が保たれていて、強烈な疫病が流行ることもなかった。
自分で言うのもなんだが、前世で俺が操った魔法は、人の手には余るものだったと思う。個人の思惑で行使できる力にしては、あまりにも強大過ぎたんだ。そういった力があの世界のありようを歪ませていたんじゃないか、なーんて思ったりしてる。
ところで、目下の俺の悩みは明日の学校でどう対処するべきか、だ。フジサワ先生は諦めてくれるだろうか。なんとなく、望みは薄いんじゃないか。
「そうか、保健室に行けばいいんだ。それで俺も皆と同じになれるわけだから」
なんだ簡単な事じゃないか。フジサワ先生も、生徒指導室じゃなくて保健室に呼んでくれればよかったのに。俺は簡単に解決できそうだと踏んで、その日は安らかに眠りについた。
§
次の日。
俺は登校して朝のルーチンをこなした後、早速保健室を尋ねてみた。俺の方から訪ねてきたことを、フジサワ先生も好意的に評価してくれるんじゃないかとか考えながら。至って健康体の俺は保健室に入ることも稀だったが、その場所だけ知っていて、軽くノックをしてドアを開けた。
そこに待っていたのは、既に順番待ちをしている生徒たち。
先輩もいたし、後輩もいた。
「こっ、これが保健室!?」
なんてこった。
始業前に尋ねたくらいでは、到底たどり着けない高み(?)にフジサワ先生はおわすのだ。
「こんなの無理」
順番待ち行列に加わることなく、俺は即座に断念した。普通になるのにも努力が必要だということは、認めざるを得ない。なにか別の方法を考えねば。
俺は授業の合間に別の方法を考えてみたが、相変わらず順番待ちの無くならない保健室を、目立たずに攻略する方法は見つからなかった。
その日の放課後に、俺は意識して耳を澄ましながら帰り支度をしたが、呼び出しはなかった。だが、帰宅途中に着信に気が付いて確認すると、フジサワ先生からのメッセージが届いていた。
「九時に、戦場ヶ原にて待つ。 フジサワエリ」
迷惑メッセージだ。
にしても、高校の先生にしちゃなかなかひねりの効いたボケをかますじゃないか。
「あ、フジサワ先生って、名前はエリって言うんだ」
メッセージにフルネームを添えるのもどうかとは思うが、それが教員の矜持なのかもしれないので不問とする。それはそれとして、迷惑メッセージは無視するに限る。
すると、ぴったり九時にまたメッセージが来た。
「先生を待たせる気? 早く来なさい」
いつまでボケ通す気なんだろう。ツッコミを入れて欲しかったのだろうか。
「もうバスもないんでむりです」
とマジレスしたら、すぐにまた送られて来た。
「ボケてないでさっさと来なさい。飛んで来なさい」
仕方ない。
「んじゃこれから行きますから待っててくださいね」
とメッセージして、俺は寝ることにした。
付き合ってられん。電源OFF。
電源を切ると、不思議としがらみや義務感も消えた気がして気持ちが軽くなった。
オンオフの切り替えってこういうことか、と妙に自分の中だけで納得してその日の俺は心安らかに眠りについた。
次の日、フジサワ先生は学校を休んだ。
そして夥しい数のメッセージが送られてきていた。
ナーロッパって便利ですよね。
トールキンやD&Dより初心者向けな感じでの共通認識が出来上がっていて助かります。