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とある男子高校生の魔王な日常  作者: 沢森 岳
2/20

2.とある日の生徒指導室

男子校、女子高は全国的に減っているそうです。

いずれみんな共学になっちゃうんでしょうか。

多様性の維持、ってわけにはいかないんでしょうかね。

 高校二年の春は穏やかに始まり、そして穏やかに過ぎていった。


 俺の地味な人生も軌道に乗ってきたなあ、と感慨深く空を眺めていたら、校内放送で呼び出された。呼び出されるようなことなど身に覚えがなかったが、聞き覚えのない女の声で、生徒指導室に来るように、と聞こえた。


 ココは男子校だ。女の声など何種類もない。なのに聞き覚えが無かった。

「フジサワ先生だ」

 とスピーカーを仰ぎ見ながら同級生Aが言った。

「誰?」

 俺は名前を聞いても何者か分からなかった。


「保健のフジサワ先生だろ! なんで知らないんだよ」

 あー、この春に赴任してきたかもしれない。よく覚えていないが。

「お前何やったんだよ? いいなー、俺も呼んでくれないかなー」


 代わってもらいたいぐらいだ。けどもう一回呼ばれるのは嫌だからさっさと行くことにする。


 フジサワ先生は、新卒で赴任してきた養護教諭だ。そんな若い女性教諭が男子校に赴任してくるのは珍しい。しかも美人で、保健室には用もないのに生徒がたくさん訪ねて来るらしい。が、呼び出されたのは生徒指導室だ。俺は教室棟から渡り廊下を通って管理棟へと向かった。


 放課後になり、生徒たちは三々五々帰宅の途に就くか、部活動に励む頃合いだ。ちらりと見た校庭からは運動部の掛け声が聞こえてきていた。生徒指導室に入るのも初めてだった俺は、二回ノックをして、はいどうぞという声を聞いてからドアを開けた。


「しつれーしまーす」

 フジサワ先生は、自分の対面のパイプ椅子に俺を手招きして座らせると、無言のままじーっと見つめてきた。


「ええと、なんでしょうか?」

「分からない? 心当たりは?」

 まるで俺がなにか悪事を隠しているかのような言い方じゃないか。


「うーん、昨日掲示物に袖を引っ掛けて画鋲を落としてしまいましたが、すっとぼけて知らんぷりした件でしょうか」

「あら、画鋲は危ないから拾っておいてほしいわね。けどそれじゃないわ」


「じゃあやっぱり、四時間目の前に弁当を半分食べてしまった件でしょうか」

「それはきっと周りの生徒に迷惑だからやめなさい。けどそれも違うわ」

 違うのか。


「先生、人違いじゃないですよね?」

「ええ、たぶん」

 たぶんって、なんだよ。


 探りを入れて俺がボロを出すのを待ってるのか? でも本当に心当たりは無いんだよな。考え込むフリをした俺が黙り込むと、フジサワ先生は自身の腰掛ける椅子を少し引いた。

「今日は、暑いわね」


 わざわざ声に出して俺の視線を引き付けてから立ち上がり、おもむろに白衣を脱いだ。白ブラウスにタイトスカートで白衣をハンガーに掛けると、俺の方に振り向いてからブラウスの前ボタンを一つ外した。


「君は、暑くない?」

「暑くないです」

 フジサワ先生は椅子に座らず、テーブルに手をついて前屈みになり、俺の顔を覗き込んだ。十七歳の男子高校生に対してと思えば、いささかサービス過剰じゃないか。


「鈴木あきら君だっけ。……本名は?」

「本名は鈴木あきらです」

「ほかに本当の名前はないかしら?」

「通名は使っていませんよ? 本名が鈴木あきらです」


 質問の意図が分からない。というかちょっと怖い。

 俺は、膝に置いていた両手をゆっくりとパイプ椅子のフレームに沿わせた。


「俺もう帰らなくちゃならないので失礼します(棒)」

 会釈をしつつ立ち上がり、フジサワ先生がどんな反応をしようと出ていくつもりでドアに向かうと、ごく普通の内開きドアは開かなかった。


「あれ? オートロックですか、これ?」

「そうよ。せっかちさんを取り逃がさないように、生徒指導室には付いてるの」

 さっき鍵の掛かる音がしたぞ、ほんの僅かだけど。リモコンか何かを隠し持ってるんだろうか。


「俺、帰宅部なんで、もう帰らなくちゃいけないんですよ」

「帰宅部の活動よりも、生徒指導の方が優先されるわね」

 俺はドアを背にしてフジサワ先生の動きを観察しつつ、後ろ手でサムターンを捻ったが、右にも左にも、ちっとも回らなかった。


「どういうつもりですか?」

「二年生はね、あなた以外は全員、保健室に来てくれたの。あなただけなのよ、来てくれなかったのは。ひどいよね」

「え……」


 しまった。俺としたことが、こんなところで「普通」から外れてしまっていたとは! 


 向かい合ったことで気づいたが、フジサワ先生は美人なだけじゃない、魔力持ちだ。しかも、この世界ではかなり強い方じゃないかと思う。無意識のうちに周囲の人を惹きつけて、思うが儘に振る舞う事を周りの人たちが許してしまう。そんな中で、魔力による影響に耐性のある俺が、かえって目立ってしまったということか。


「うふ。そんなに警戒しないで。先生はぁ、あなたのことを気にかけているだけなの。心配事、困りごと、一人で悩んだりせずに、先生のところに相談しに来てほしいの。どうかしら?」

「いま、困ってますが?」

「あら、それは大変ね」

 サイコ女かよ。


「このあとどうなるんです?」

「そうね~、貴方に襲われた―、という事にでもしようかしら」

「わお」

 こんな窮地が待っていようとは、ほんの十分前にも思わなかった。


「でも先生、今どきは先生の責任が問われますよ?」

「あら、そうなの?」

「あそこに監視カメラもあるし」


 俺が天井の隅を指さすとフジサワ先生はつられて振り向いたが、いくら探してもカメラらしき物体はない。その間に俺は、サムターンに触れていた指に意識を集中した。

 かちゃり。


「それじゃ―しつれーしまーす」

 俺は急いで自分の教室に戻ると、鞄を抱えて脇目もふらずに校門を目指した。もちろん、できるだけ平静を装いながらだ。


「使っちまった……」

 久しぶりに、俺は魔法を使った。それはもう本当に久しぶりに。


 ただ、あの鍵に変な仕掛けはなかったので、魔力でキーシリンダーを回すとすぐに開けることが出来た。何故サムターンを手で回して開かなかったのか、今となっては解らない。 俺が焦っていただけなのかもしれない。


 それよりも。

「明日からどうするかなー、また呼び出されたりしたら」


 §


「逃げられちゃったわ」

 フジサワ先生は廊下へ通じるドアを開けて鍵を確認し、そしてゆっくりと閉めた。

「けど、鍵を壊さずに開けたってことは、これはもう間違いないわね」


 もう一度天井の四隅をくまなく確認してから、フジサワ先生はぼそりと呟いた。

「見つけたわよ、魔王」


魔王(の転生)を確認。

鈴木あきらはどうなる!?


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