14.クリスマス(2)
東京でホワイトクリスマスはもう、人類滅亡まで望めないかもしれませんね。
或いは核の冬で……いやなんでもありません。
日帰り温泉施設に併設されたキャンプ場で過ごしたクリスマスイブの翌日、つまりクリスマス当日なわけだが、俺たちは早めに撤収を行うと、機材の片付けのために我が校へと向かった。
野外活動同好会の活動拠点は、管理棟の屋上にある天体ドームと、それに併設された宿直室だ。歴史ある公立高校にエレベーターなどないのが少し残念だが、古くともそれなりの広さの部屋を使用できるのはありがたい。
クリスマスだからなのか、教室棟の向こうにある校庭や講堂からも、人の気配は全く感じられなかった。
「職員室エリアには近寄らないでよ。警報が鳴るからね」
「はーい」
俺はテントなどの荷物を幾つも抱えて、西側の階段をひたすら上っていった。管理棟は教室棟と同じ三階建てだが、西側の一部に四階部分があり、そこに天体観測ドームと宿直室はある。 まず四階部分に入るのに扉があって、屋上へ出るにはもう一つ扉がある。昨晩使用したテントとシュラフは、屋上で広げて除菌消臭剤をスプレーした。
この地方の初冬は、晴天が続き乾燥する日が多い。
「よし、あとは夕方にでもしまい込むか」
俺がクッカーなど細々したものを宿直室壁際の棚に収めると、ちょうどフジサワ先生が宿直室に来た。
「おまたせ」
その時点でもう、フジサワ先生は勇者エリーの姿になって現れた。
「すぐに戻ってくるから別にいいじゃん、フジサワ先生のままでも」
「気分の問題よ」
翻って俺は鈴木あきらのままだ。ヴァーラに行くとしても姿を変えようとは思わない。
エリーがスクロールを握り、俺が手をかざして不足分の魔力を注入する。もう一方の手はエリーの手を握る。一緒に転移するには、帰還者への接触や帰還者からの認識が必要なのだ。
しかし、結構な魔力を必要とすることには不信が募る。エリーの貯める許容量いっぱいの魔力でもやはり足りない。俺ならまだ余裕だけどな。
「発動するわよ」
俺が頷くと、周囲の景色がぐにゃりと歪み、上下左右の感覚が曖昧になった。高速エレベーターが停止するときに気持ち悪くなる感覚に似ている。
§
歪んだ景色がぼやけて再度結像し、歪みが直ると足元の感覚も戻ってきた。そしてそこは、遠くに城壁のある街並みが見える丘の上、背後は鬱蒼とした森だった。
「ヴァーラよ。帰還のスクロールに間違いはなかったわね」
「そりゃまあ、スクロールを読んだだけでバレるようでは謀にはならんからな」
「どういうことよ?」
「なんでもない。それより、いい景色だな」
丈の短い草が覆う小高い丘を町の方へ下るとやがて流れの緩やかな川があり、川沿いには所々に木々が茂っている。川の対岸には幾らか畑が広がって、やがて街道と城壁がある。
「良いでしょう? ここは、私のお気に入りの場所なのよ」
俺は背嚢から砂時計を取り出して、足元のなるべく平らなところに置いた。そして傍に生える大木に手をかざした。
「少し貰うよ」
この丘の上の大木は、随分深く、そして広く根を張っているようだ。俺は目を閉じて、枯渇しない程度に慎重に、この丘全体から魔力を頂いた。
「砂が落ちたら帰るぞ」
「え~」
丘に座って町の方を眺めていたエリーが嫌そうに応じる。気持は分からないでもないが、いろいろ確認できるまでは、軽率な行動は控えるべきだ。
「また来れるから、な、今日は俺の言う事を聞いてくれ」
「メンチカツで手をうつわ」
まったく、高校生の小遣いで何とかなるレベルで攻めてくるね。俺は砂が落ちたことを見届けてそれを拾い上げ、背嚢に収めると帰還のスクロールを握った。もう片方はエリーの手を握る。
「帰還するぞ」
「うん。メンチカツ宜しくね」
きっとお腹が空いたんだろうな。御し易くていい、と考えることにしよう。俺たち二人は町が見えないところまでほんの少し歩き、また歪んだ景色の中に消えていった。
§
俺が帰還先としたのは当然宿直室のもと居た場所だ。現代日本の人々に帰還の瞬間を見られるわけにはいかない。戻れたことを確認して、俺はまず最初に時計の針を見た。
「あー、そうか、そうなんだな」
「なによ」
「ほとんど時間が経っていない」
俺は、浦島太郎になってしまうことを危惧していた。
ヴァーラで一日過ごすと、現代日本では1年ぐらい経っているんじゃないかと心配していたが、どうやらある意味その逆で、転移者の時間がほとんど進まない、という事のようだ。
エリーが歳をとらないのと同じように、俺もきっとヴァーラでは歳をとらないんじゃないだろうか。
そうとなれば、この世界とヴァーラとの行き来は比較的自由だ。勿論、俺の膨大な魔力量であればこそであって、エリーの魔力量では残念ながらそうもいかない。とはいえ、俺の魔力の源泉はエリーであるから、共闘の理由が増えたことになる。
「アタシお湯沸かしておくからさ、さっさとメンチカツ買ってきてよ」
「え、いま?」
「そうよ、お腹空いたんだから、早く」
これも共闘関係のひとつか……。
美味しいものを紹介するってのは諸刃の剣なのかもしれんね。
俺は自転車を走らせて目当ての店へと急いだが、クリスマスのこの日、店は休業だった。仕方なく、俺は言い訳を考えながらエリーの待つ宿直室へと戻った。
「おかえりっ!」
とやけに元気よく楽しそうな声を聴いて、俺は少し言いよどんだが。
「すまん、メンチカツ買えなかった。だから代わりにこれで許してくれ」
俺は小さなクリスマスケーキとフライドチキンのパックをテーブルに並べて頭を下げた。コンビニで既に割引が始まっていて助かったんだが、俺の小遣いではもう限界だよ。
「……ふーん。まあ、仕方ないから許してあげるわ」
宿直室には今や、こたつとストーブがあって温かい。ストーブの上にはクッカーがあり、マグカップを浸して湯煎していたのはワインだ。なんとか機嫌を損ねずに済んだエリーは、ケーキもチキンも半分こしてくれて、俺にはノンアルコールビールを渡してくれた。
わざわざ俺のために用意してくれたのだろうから、喜んでおく。
「帰還魔法がうまく行ったお祝いね。それから、次は何をするつもりなのか、教えてもらうわよ」
ホールケーキの半分こは、結構小さく見えた筈なのに食べてみるとお腹いっぱいになった。それで俺はチキンを持て余してしまったが、エリーがその分まですべて片付けてくれるんだとさ。
「で? 次は何をしようとしているの?」
「ヴァーラで調べたいことがある。今後の事はその結果次第なんだが、協力してくれないか?」
「あんたが何を狙っているのか、によるわ。私はあなたを監視しているのよ」
「そうだったな。俺は、この平穏な人生を守りたい。オマエに対峙したのと同じようにな」
俺は真面目な顔で対面の監視者を見据え、なるべく穏便に済ませたいという意向を伝えた。
「なうほろ、わはったわ」
「頬張るのは後にしろよ!」
浦島太郎とは逆っぽいパターンです。
精神と時の部屋とも違います。
転移者にとってすごく都合がいいです。