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とある男子高校生の魔王な日常  作者: 沢森 岳
13/20

13.クリスマス

そういやクリスマスよりずっと前にハロウィンとかいうのもありましたね。


ドンマイ。


 この国には、クリスマスという、なんとなくふわっとした定義のイベントがある。語りだすと長いし、色々多方面に迷惑もかけそうなのでそれは止めておく。

 ちなみに俺にはあまり関係がない。あまり、と言うのはアレだ、ケーキやチキンを食べたりはする程度の浅い関係だ。それ以上のことはまだないが、魂の俺は経験豊富なので、別に渇望もない。


『今年のクリスマスは中止となりました。良いですか、中止ですよ皆さん、わかりましたね』

 などと某国営放送の地方局でボケをかますのを見て、俺はその男性アナウンサーが大好きになった。某国営放送でそれを言ってのけた胆力を、俺は高く高ーく評価したい。なかなかに得難いキャラクターであろうから、某国営放送は彼を大事にしてほしいと切に思う。


 ちなみに男子校では、クリスマスが近づいてきたとて、それが話題になることはあまりない。中には幸せいっぱいな奴もいるには居るんだが、そいつらも余計な波風を立てようとは思わないのだ。


「今度の週末は冬キャン行くわよ」

「えー、寒いんだけど」

「冬キャンなんだから寒いのは当たり前じゃない、何言ってんの」

 野外活動同好会は、顧問の先生が一番やる気を出している。ありがちですね。


 キャンプに行くこと自体は決定事項であって、俺に拒否権はないみたいだが、要望はしたい。

「雪中キャンプは避けようぜ。あと、温泉があるところがいい」

「りょうかい」

 そこらへんに意見の相違が無くて、本当に良かった。


 同好会のメンバーの募集は敢えてしていないので、活動は相変わらず顧問と俺の二人だけだ。だいたい、フジサワ先生の魔力が貯まってくると、活動と称して解消の機会を設ける。設けざるを得ないのだよ、俺の平穏な人生のためには。


「今度の週末って、クリスマスじゃん、っていうか、冬休みじゃねーか」

「仕方ないでしょ、冬休み明けまでは待てないと思うから」

 宿泊施設ならクリスマス前後は混みあったり料金が高騰したりするだろが、キャンプ場は必ずしもそうではない。俺たちは、温泉地のはずれにある、日帰り温泉施設に併設されたキャンプ場へと向かう事にしたのだった。


 §


 キャンプ当日、学校からは離れているとはいえ、知り合いが来ないとも限らない微妙な位置にあるので、フジサワ先生には速やかに勇者エリーの本来の姿に戻ってもらった。先生の姿と比較すると華奢なうえに薄い色の金髪になるから、顔立ちがそっくりだとしても、同一人物と勘繰る人はいないだろう。


「みんな私をチラチラ見るけど、話し掛けるどころか、近づいても来ないわね」

「面倒なくて良いだろう?」

 まあね、と言いつつ少し機嫌が悪そうだ。


 本当は場違いなまでに可愛くて目立つから、半分畏れられているのだけれど、思い上がるといけないから本人には黙っておこう。


 なにげにエリーの姿を撮影しようとする輩が居たので、俺が秘かにデータを破壊しておいた。強い電磁力を局所的に発生させてメモリー素子を壊したのだが、こういった魔力の使い方を着想出来るのは、この世界で生活しているからこそだ。


 夕陽が落ちる前から、俺たちは焚火の前に椅子を並べて、味噌味の芋煮にうどんを放り込んだ。キャンプ場に雪は無かったが、遠くに見える山峰は白くて、夜間の冷え込みが想像できた。

「うどんとか、啜って食べるのにも慣れちゃったわね~。ヴァーラに帰ったとき気を付けなくちゃ」

「ああ、逆カルチャーショック的な心配があるかもな。ラーメンが恋しくなるとか」

 エリーはうどんと肉を頬張りながら、うんうんと頷いた。


 雰囲気的には悪くない。俺は意を決して聞いてみることにした。

「なあ、オマエはさ、ちゃんと帰れる保証があるのか? その、帰る手段がちゃんと用意されているのか?」

 この世界へ転移してくるときは、大勢の魔術師による儀式魔法だったというなら、帰るのも大変なんじゃないか。


「司恊様から帰還魔術のスクロールを預かっているわよ」

 スクロールと言うのは、形状は多様だが、必要量の魔力を与えることで設定された魔術を発動する物の総称だ。

「司恊って、あれか?」

「そう、バーゼリッツ司協様。孤児だった私を見出してくれた御方」


 そして、俺を魔王認定するのに尽力したのも奴だ。

 勇者を見出し俺を無きものにした事で出世を果たし、今は協会の最高幹部の一人なのだとか。


「そのスクロール、俺に見せてもらえないか? どれくらいの魔力を必要とするのかと思ってな」

「どれくらいの魔力……って、予め付与してあるんじゃないの?」

「帰還専用なら転移の儀式魔術ほどは要らないだろうが、結構たくさん必要だろうな」

「ちょっと、脅かさないでよ。何か企んでるわけ?」

「俺としちゃ、オマエにはちゃんと帰ってもらって、俺の伝記を書いてもらいたいわけ」

「まだそんなこと言ってるの? いいわ、見せてあげる」


 俺たちは食後にコーヒーを淹れて、また並んで焚火の炎を眺めることにした。

 エリーが見せてくれた帰還魔法のスクロールは、いちばん古典的な羊皮紙の巻物だ。

 中には呪文が書き込まれ、それをいちいち読まずとも発動するよう仕掛けられてはいる。しかし、付与されている魔力量はいかにも少ない、と俺には感じられた。具体的には、俺が降らせた局地的な大雨を再現できるかどうかという程度。果たして帰還魔術に足りるだろうか。


「あ、あたしの魔力を足せば良いんじゃないの? 私だって結構……」

 渋い顔をして考え込む俺を見て、エリーの声は小さくなった。俺が蓄えた魔力を与えれば発動はするだろうが、問題はそこじゃない。


 もし、何も疑わずにエリーが帰還魔法を発動したら、発動失敗ならまだしも、魔力をすべて奪われた挙句に中途半端に作動したりして……。

 俺はスクロールを巻き戻してエリーに返すと、露天風呂に行くことに決めた。

「少し頭の中を整理してくる」


 §


 今夜の月は早くに沈み、夜空に星々がきれいに見えている。

 特定の方々にとっては、ホワイトクリスマスにならなくて残念でした。

 キャンプ場にも空き区画が目立つほどなので、深夜の露天風呂に俺の他には誰もいない。たまたま風もなく穏やかなので、冬の露天風呂にしては快適だ。


「酒でも持ってくりゃ良かったかな……」

「駄目よ、あんたまだ高校生でしょう」

「いーじゃん、誰もいないし……っておい!」

 濃く漂う湯気の向こうで、人影が動いてざぶりと湯に入った。かと言って近づいてくるでもなく、プラチナブロンドのお団子がぼんやり見える。


「知ってるか? 水着を着て湯船に入っちゃダメなんだぞ」

「それくらい弁えているわよ。それに、この姿での水着は持っていないわ」

「そ、そうか」

 俺の視力は2.0。そして夜目も効く。しかし濃密な湯気の向こうは見通せない。ふと、なんとなく主導権を取られているような気がして目を瞑った。


「あったまるわね~。ところで、頭の中は整理できた?」

「ん? ああ。……ひとつ提案なんだが、試しに一度、帰還してみないか?」

「ヴァーラに、ってこと?」

「そう。俺の魔力を提供するから、一緒に連れてってくれ。んで、すぐに帰って来よう、一緒に」


 プラチナブロンドのお団子が、湯気の向こうで揺らめいた。

「ヴァーラに帰るのはともかく、またこっちに転移するのは大変じゃないの?」

「俺がスクロールで帰還魔法を使って、オマエが俺にしがみつけば良いんじゃないか?」

「……なるほどね。はいコレ」

 湯気の向こうから、缶ビールが突き出された。


「あんたのはノンアルよ。めりーくりすます」

「ちぇ、まあいいか。めりーくりすます」


幼く見えるからって酒飲んじゃいけません、などと差別するのはいけませんよね?


見た目で差別するのはよくないことです。


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