11.学園祭
本来は質素堅実な公立校らしく〇高祭とか言うんですけど。
あ、いや、この物語はふぃっくしょんですわ。
二学期が始まると、フジサワ先生は心なしかシルエットがすっきりした。俺は先生の意向を汲んで、ダイエットを頑張ったらしいですよ、と噂しておいた。あれだけ好き放題食べておいて、ダイエットが出来るとは思えないがな。
それでも、無意識に人を惹きつけることはなくなり、とりあえず保健室の混雑は解消された。
俺の学園生活は何とか平穏さを取り戻し、残暑が厳しいながらも心は凪いでいる。我が校の休み明けといえば学園祭で、帰宅部の俺はクラスの出し物に駆り出されるが、それはもうおとなしく、唯々諾々と割り当てられた仕事をこなす。
我がクラスの出し物は縁日の模擬店で、教室の中に輪投げや駄菓子釣りなどの、小さなアトラクションが幾つも並ぶという趣向だ。ご近所の家族連れ達も暇つぶしに覗きに来るので、そういった子供たちには好評だ。
そんな中で俺は射的ゲームを担当することになり、エアガンを調達して的には駄菓子やぬいぐるみを並べた。夜店の射的ゲームで見かける小さなおもちゃのライフルはコルク栓のようなモノを撃ち出すが、一発一発セットしてあげるのが面倒なので、BB弾を撃ち出すエアガンにした。
絶対そっちの方がカッコイイって。
規定弾数をあらかじめセットしたマガジンを用意しておいて、弾切れまで連続で撃ってもらうので客回転も良い。銃がリアルな外観のエアガンだと、高校生男子も結構やりたがる。的に当てて手に入るのは他愛のない駄菓子でも、そんなことは問題ではないのだ。
提供する側からしても、食べ物を作ったりするより、余程楽だし。三方良しのナントカ商人みたいだ。
バンザーイ、と斉唱するだけの集団が通り過ぎて行ったりと、結構盛り上がった学園祭の中で、今年特に盛況なのは美術部だった。美術部では、一般の参加者の中から謝礼付きでモデルになってもらい、美術部員が僅かな制限時間内に似顔絵を描く。そしてそれをまたその場にいる人に投票に参加してもらって得票を競う、という似顔絵コンテストを開催していた。
描く方に飛び入り参加する人もいたり、みんな競って美男美女に描いたりで、大いに盛り上がったが、その仕込みには自他共に認める我が校一の美女、フジサワ先生が関わっていた。我が校一といっても男子校なんだから、そりゃまあ自他共に認めるよな。
イベントの一番目にフジサワ先生がモデルとして登場し、白衣のまま眼鏡を掛けて足を組むと、似顔絵のはずなのに全身を描く奴もいて、この時に描き手の参加を有志が仕込んで盛り上げた。
魔力など使わなくてもフジサワ先生は目立が、校則の緩いこの学校の生徒たちは割と品行が良い。同じ市内の女子高から交流名目で生徒会役員たちが訪れたりしていたが、その子達もフジサワ先生に唆されてモデルに駆り出されていた。
「大事なお客様に、あんまり無茶振りするなよ」
「お祭りなんだから、ちょっとぐらい良いじゃない。男子と女子が別々に学んでいるなんて素敵」
「素敵かどうかは人それぞれだな」
「興味深い、って言ってんのよ。アンタいちいち舅みたいにうるさいわね」
「うっ……」
俺は、二の句が継げなくなって、そのままとぼとぼと教室を出て、一人になりたくなってトイレに向かった。たしかに、俺の方が魂的に年上だから、つい偉そうに言ってしまっていたような気がする。
若者にお説教するおっさんか~。
とてつもない敗北感に苛まれてしまった。
§
学園祭は成功裏に終わり、振替の休日を利用して俺たちはまた特訓のためにキャンプ場へと来ていた。今回は乙女の滝とかいう観光スポットのさらに上流に位置する古道沿いだ。遠い昔には山越えの街道があり、温泉宿も存在していたと言うが、いまはもう単なる登山道だ。
「ねー、まだ凹んでるの? 私もほんのちょっとだけ言い過ぎたのは悪かったからさ、元気だしてよ」
「ああ、うん」
今日はフジサワ先生からの提案で、本来のエリーの姿に戻って魔力制御の訓練をしたい、との事だった。この世界で魔王の転生である俺を特定するために変装した姿がフジサワ先生だが、この世界で過ごす間はフジサワ先生のままの方が何かと都合がよい。
というか勇者エリーの髪色はプラチナブロンドで、黒髪ばかりのこの国では遠くからでも目立ちすぎる。そして、俺にとってその姿は嫌な思い出と共にある。
「素に戻って気が緩んでるぞ!」
びしっつと俺は尻を叩いてやった。いつもより強めだ。
エリーは尻をさするが文句は言わず、まじめな顔でしばらく続けて、予定通りの休憩となった。
休憩時にはもちろん、お湯を沸かす。
「ねえ、アンタ今は魔力を結構蓄えたと思うんだけど、それでも私にはほとんど感じられないわね」
「ん? ああ、魔力制御には自信がある。それがどうかしたか?」
「えーっと、魔力を溜め込んで、実は何か企んでたりするの?」
随分と単刀直入に聞いてきたな~。もしそうなら、素直に話したりはしないだろうに。
「実はな……」
にやり。
「転生した今でも、俺の魔力許容量というか貯留量? がどれほどか、自分も知らないんだよね。だから、この際どれほどなのか、一杯になるまで貯めてみようかと思って」
「で、そんなに貯めて何に使うの?」
「今のところ考えてないな~。この前うまく行ったからさ、日照りが続いたときにでも雨を降らすとか?」
「なに農耕の神様みたいなこと言ってんの。もっと魔王らしい使い道は?」
お湯が沸いたので、マグカップにドリッパーをセットする。
「だから、俺は平穏に暮らしたいんだって言ってんだろ」
エリーは素のままでマグカップを両手で支え、俺が注ぐのを眺めてる。
「んー、アンタさあ、転生した時に本来の鈴木あきらの魂と、融合したんじゃないのかな」
「そーかもな」
薄々そんな気はしてる。確かめようはないが。
「ちゃんと強いくせに、アンタがあんまり普通の人みたいだからさ、調子狂うのよね」
今の俺は普通の人生サイコーって思ってる。そう思うのは、本来の鈴木あきら成分が俺と一体化しているからではないか。
「俺が死ぬまでちゃんと監視してくれよ。そんで、エリーが俺の伝記を書くってのはどうだ?」
「嫌」
それはもう、心の底から嫌そうに、プラチナブロンドの少女は吐き捨てた。
「ところで、鈴木あきらは野外活動同好会の会長って事になったからヨロシク」
「え? そんな申し込みはしてないけど?」
思わずコーヒーをこぼしそうになる。しかも会長ってなんだよ、大変そうじゃないか。
「フジサワ先生もなにか部活動を受け持ってもらいます、って言われちゃってさ、でっち上げた」
てへぺろ。
「をい!」
同好会メンバーは鈴木あきら一人だけで、メンバー募集はこれからって事になっている、だそうだ。
「鈴木あきらは保健室に来た事のない唯一の二年生です、って言ったらすんなり通ったわ」
「ふーん、俺って結構信頼されているのかな、はははは」
「鈴木あきらは女子には興味がない、って思われているんじゃないかしら」
「をい!」
明らかに誤解だが、平穏を保つには異議を唱えないほうが良いのか。男子校にあって、女子には興味がないってのは、むしろ危険人物じゃないだろうか。だからこそフジサワ先生をあてがった? 学校としても渡りに船ってか。同好会活動という枷をはめて、動向を把握しようとしている、ってのは勘繰りすぎか。
「もしかして、来年の学園祭には、何かしらやらなくちゃいけないのか?」
「そういえばそうね~」
「……どうしてこうなった」
俺はコーヒーを飲み干して、十七年ぶりくらいに酒が飲みたくなったが、今更なんにも調達できない山奥の夜は、静かに更けていくのみだった。
江戸時代の古道って、よくこんなところを行き交っていたなって驚くことがあります。
昔の人の健脚っぷり凄いです。