1.とある男子高校生の秘密
異世界転生か俺強かざまあが必要とのことです。
全部内包した短編となっています。
俺の名前は鈴木あきら。十七歳の高校二年生だ。
十七年間一貫して慎ましく生きてきた俺には、誰にも言えない秘密がある。
俺には、前世の記憶があるのだ。
チューニ病じゃないぞ。コーニ病でもない。そんな風に思われそうだから誰にも言えない。いやそもそも、言わないで過ごしたい。
いきなりだが、俺は前世では魔王と呼ばれていた。
長ったらしい名前を誰も呼んでくれずに、魔王と呼ばれていた。
他にそう呼ばれる奴はいなかったから、俺が、ザ・魔王だ。
前世では、この世界とはまた違う理の働く世界で勇名と悪名を轟かせたのだ。
そうであろうと願ったわけでもなく、望んだわけでもなかったが。
前世には世界中に魔力があふれていた。生物だけではなく、あらゆるものに質量があるのと同じように魔力があった。要はそれを思うように行使できるかどうか。
前世での俺は生まれながらに絶大な魔力を行使できた。
俺の特別なところは、自分の持つ魔力だけではなくて、周囲の魔力を集め吸収してその力を行使できたところだ。
生まれながらに、だ。
だから、自分ではそのことを特別だとは思っていなかったし、そうだという事を説明しようとも思わなかった。
やがて成長して物心がつく頃には、ごく自然に魔法を行使するようになった。
前世には魔法というものがあり、それを行使する者たちがいたが、微々たる力を行使できるだけの者を含めても、全体の半数には満たなかった。
そういった中で俺は知識の蓄積と共に行使できる魔法が増え、いつからか抜きん出る存在となっていた。そのうち誰も行使できないような大規模な魔法を操り、その代償に周囲の魔力を枯渇させることがあった。
それでも自分だけは平気なのだ。
瘴気でも吐いていると思われたのか、敬う者もいたが、畏怖し忌避する者の方が多かった。あからさまな嫌がらせ、誹謗中傷が増えていき、俺はそれでも付き合ってくれる者達と徒党を組むようになった。
そしていつしか俺は、魔王と呼ばれるようになっていた。拳王じゃないぞ。
世間から遠ざかろうと人里離れた廃城を取得し、そこに住むようになってからは少しばかり穏やかな日々を過ごしたが、そこに今度は勇者とか名乗る輩が乗り込んできた。
わざわざ訪ねてきて、俺を慕う者たちに危害を加えた。
許せないと思った。
俺は怒りに任せて、勇者と名乗る輩を懲らしめた。
殴り込んで来たにしてはあまり強くなかったので、ふと手を緩めてみると、ヤツはなんと自分を道連れに、俺の魂を異世界へと吹き飛ばしやがったのだ。あれだけのダメージを抱えた上で残りの魔力をすべて注いで、俺の魂を世界からはじき出した。
勇者ってのは、自爆テロ犯の事を言うのだろう。
そして、俺の魂はこの世界に生れたばかりの命に吸い寄せられた。
輪廻転生ってやつなのかとも思ったが、イレギュラーな存在の俺は前世の記憶を持ちながら生まれてきた。
転生前にゲームマスターとか神とかいう奴に出会った記憶はない。だから特別な能力とかスキルとか、そんなのを貰った覚えもない。
今はもう高校生にまでなったから色々と知ってるが、「ステータスオープン」と言っても何も出てこないのは確認済みだ。前世もゲーム世界じゃなかったからそんな物はなかったし、現世もどうやら数値化できる世界ではないらしい。
前世の記憶が邪魔をするほどに異なる現世の世界ではないが、一つだけ決定的な違いがあった。この世界では、あらゆる存在にまとわりつく魔力が、極めて少なかった。半分とか十分の一とかじゃなくて、恐らく百分の一とか、それ以下だ。
前世での俺は、魔力に窮することなどなかった。
それが現世では、周囲から無尽蔵に集められる筈の魔力が極めて微量。周囲の魔力を吸収する力は同じでも、集まる魔力も当然ながら微量で、いつまで経ってもなかなか貯まらない。そう、つまり俺は魔王としての記憶がありながら、魔法はほとんど使えない。
最高だ。
どのみちこの世界では、魔法を使える者などいないだろう。
だから自分が魔法を使えずとも、それを憂う必要などないのだ。
せっかくだから俺はこの世界で、静かにそして慎ましく生きようと思う。
嫌悪感や敵愾心を向けられることのない、穏やかな生活。そういう人生を全うしたい。
だから魔力が貯まっても使おうとは思っていない。むしろ表に出ないように気を付けている。
前世では往々にしてそうだったが、強い魔力を帯びた者は、それだけで周囲の者にも影響を及ぼすものだ。具体的な例として言えば、一つは魅了の効果だ。カリスマというやつがその一形態だが、特に異性同士の間では思慕の念を引き起こす。
イケメンでもないのに妙にモテる奴とかはその類だ。なぜか妙に人気のある女子とか、そういう輩は魔力を帯びている。小悪魔的、って言葉は言い得て妙だと思う。
前世での俺は魔王だったが、周囲から魔力を吸収して大きな力を振るったのであって、自身の生み出す魔力はそれほどでもなかったと思う。それでもハーレムを築けるくらいには異性人気も甲斐性もあったが、なんならあのクソ勇者の方が、魔力量は上だったんじゃないか。
数値で比較したわけじゃないけど。奴はものすごく人気があった。
魔力を持たない人達からも、絶大な人気を集めていた。そこに居るだけで周りがキャーキャーと……、なんかだんだん腹が立ってきた。
とにかく、俺はこの世界では人畜無害な一市民として暮らしてみたいんだ。
だから高校は今時珍しい男子校を選んだ。俺が転生した地域には、まだ男子校と女子高が併存していたのだ。他に当然ながら共学高もあったが、俺は男子校を選んだ。敢えて選んだのだ。それ以外の理由などはないのだよ、断じて。
その学校は、地域では歴史ある進学校のひとつとして理解されていたが、スポーツの成績も目立つところがなく、地味な高校生活を送るにはもってこいだ。
そうして始まった高校生活は目論見通りに順調で、そしてこの春、俺は二年生になった。地味な学校生活を送るためには留年などもってのほかなわけだが、総じて成績は中くらい、運動神経も十人並みの帰宅部だ。
完璧。
ただし、前世からそうだったが、魂が同じだからなのか現世の体も大きくはないが頑丈だった。前世では魔力による身体強化もあったが、現生では例のごとく強化も僅かと思うから、生来のものだ。すこぶる健康で、少しだけ花粉アレルギーがある以外には病気などもしたことがないから、学校で保健室のお世話になることもなかった。
魔力は無意識のうちに身体のあらゆる面を強化するが、質素堅実を座右の銘とする俺はそれで大活躍しようなどとは思わず、凡庸を貫き通すことに注力した。
なんせ二度目の人生だ、力の抜き方はわりと心得ている。身体検査や体力測定だって、ちゃんと十七歳の平均値を意識して成績は作りこんだ。ただ、このままいけば皆勤賞を貰ってしまうかもしれない。そこはどうするか、悩むところだ。
ともあれ、俺の穏やかな人生は十八年目に差し掛かった。
この物語はフィクションです。
実在の人物や男子高校やキャンプ場や観光地とは一切関係ありません。