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剣客ウルフ  作者: ポチ吉
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一枚絵

 勝ち目が無い――わけでは無かった。

 だが余裕も無い以上、コマヒコは最初から全力で行くことにした。

 靴を脱ぎ、靴下も脱ぐ。そんなコマヒコに、彼を知る何人かの表情が引き攣るのが見えた。

 それを無視して、強く、強く、地面を両足で踏んで、両手で叩く。四肢に返ってくる衝撃が、足を通り、腹を通り、喉に絡む。グル、と絡む。

 喉に絡んだ衝撃は、獣の唸りへと形を変えていた。


「……おめ、そで」


 呆気に取られた様なトロールの言葉が、その場にいた全ての人物の感情を表していた。

 数瞬前までコマヒコの立っている場所に、今は人型があった。

 そう。それは人の形をしていた。二足二腕で、二足歩行。シルエットだけで見れば間違いなく人のモノだった。だがそれ以外は――

 尖った耳が空を指し、身体を覆うのは黒と白の混じった体毛。鋭く並ぶ犬歯と、手足の先の爪は何れも鋭い。狼。そう呼ばれる生物がそこには居た。

 否。そうではない。人の形をしている以上、狼ではない。それでも……人でも無い。

 人狼(ウェア・ウルフ)

 少しだけコマヒコよりも大きくて、コマヒコと同じ白黒の体毛と琥珀色の瞳を持って居て、コマヒコよりも、人間よりも遥かに強いソレが立っていた。

 変異――ではない。

 変異は不可逆の変化だ。何人かのストリートチルドレンが知っていた様に、コマヒコがこの姿を取るのは初めてのことではない。そもそも人狼と言う亜人は確認されていない。

 どうしてこう言うことが出来るのか?

 それはコマヒコにも分からない。物心ついた時から出来たことだ。

 こうだからチームに入ることが出来なかった。

 こうだから下層でも子供一人で生きて行けた。

 これこそがコマヒコの持つ強さだった。

 とっ、と軽い音が路地裏に響く。

 音を置き去りにする様にして跳ねたコマヒコの姿が消えて、現れて、消える。


「――!」


 右。と、目で追ったトロールだったが、衝撃は左から来た。

 身体能力頼みのフェイント。

 早く、速く、それでも疾くは無い、本当に武を納めたモノから見たら不様とも言える一撃。

 それでも確かにトロールの意識の外側から放った不意の一撃で以って女の子達を奪ったコマヒコは、そのまま一足、大きく間合いを取る様に後ろに跳ねた。

 年に不相応な、獣の身体能力。

 それを認識出来た者はこの場には居なかった。

 トロールも、その仲間も、気配を殺して攻防を見守る路地裏の住人も、誰一人、只一人、認識することは出来なかった。

 それでもコマヒコは打ち抜かれる。

 ――砕きの拳。

 コマヒコの着地に合わせる様にして放たれたソレが横っ腹に叩き込まれ、コマヒコを吹き飛ばす。

 相も変わらずトロールの目に知性は無かった、理性は無かった。

 それでも骨に、肉に、血に覚えさせた“武”が彼に反応することを、打つことを、構えることを許していた。


「――、――」


 反射で繰り出したからこそ、混じるモノが無く、本来のモノに近いキレで打ったのだろう。

 只の一撃で骨が折れた。内臓が傷ついた。人狼の毛皮と分厚い皮膚。それらを容易く透してみせる遥か高みからの一撃。それを見せられたコマヒコは血を吐きながらトロールを見ていた。

 攻撃をしたからだろう。

 トロールは構えていた。

 ゆら、と景色が泳いで見える様な柔らかい構えだった。

 柔らかく、しなやかな構えだった。

 身体が変わり、脳が退化し、そうなって尚、忘れることが出来なかった、剥がれることが無かった、それ程に身体に染みついた“何か”がトロールにその構えを許していた。

 コマヒコは虎一に拾われた日のことを思い出した。

 死ぬ。そう思った。

 そしてあの時とは違い、それをコマヒコは受け入れた。

 あの拳になら殺されても良い。そう思えた。積み上げたモノが見えた。磨かれたモノが見えた。虎一の剣と同じモノがそこには見えた。

 だから、そう言うモノに殺されるなら別に良いか、と思えた。


「……に、げ、」


 でも。それでも……だから立った。

 だって、だからこそ、その業で――“いのち”を、逃げる相手の“いのち”を雑に奪って欲しく無かった。

 血を吐く様にして言葉を発してから女の子を庇う様に一歩前に。

 コマヒコの異形の身体がパキパキと鳴る。それは折れた骨が繋がり、傷を癒す音だ。

 その魔法の様な特性を以って尚、眼前の“武”を相手取るには不足が過ぎた。

 だからコマヒコは両手を広げた。

 背中に居るであろう女の子を守る為に、トロールに女の子を殺させない為に両手を広げた。

 決死。

 幼い狼はそこに至る。

 そして――


そこ(・・)に行くのは、お前には未だ早い」


 そんなコマヒコの頭を大きな手が、ぽん、と叩く様に撫でた。

 何時の間にいたのだろう? そこには虎一が居た。虎一は苦笑いを浮かべながら、それでも褒める様に人狼と化したコマヒコの頭を撫でる。


「随分と変わったが、それは戻るのか?」

「――」


 氷の様に冷たい声。それでも少しの暖かさが滲むそれにコマヒコが小さく頷くと、虎一は「そうか」と言って歩き出した。

 一歩。ロングコートの裾が合わせる様に揺れる。


「――さて。心意六道拳(しんいろくどうけん)が拳士、音無(おとなし)殿とお見受けする」


 二歩。踏む。

 (しん)、と静かな踏み込みは風を起こし、路地裏の濁った空気を吹き飛ばす。

 静謐が、路地裏に生まれた。

 虎一が構える。

 拝む様に眼前に刀を掲げて、右手は柄を、左手は鞘を握る。

 そこにはやはり、積み上げられたモノが見えて、磨かれたモノが見えた。


「――」


 ちり。と、焦げた様な音をコマヒコは聞いた気がした。

 (ぼぅ)、と世界を映すだけだったトロールの瞳。理も知も無かったその瞳の奥で火花が一度、爆ぜる様に散る。


「如何にも」


 目に宿った理性は言葉を造って口から出る頃には体中に回っていたのだろう。トロールの口から覇気とした言葉が漏れ、今度は意識をして構えを造ってみせた。

 一瞬、世界が歪んで見えた様な気がした。

 柔らかな構え。拳は造らず、右手と右足を前に、左手と左足を後ろに。形だけはコマヒコに向けていたモノと同じだ。

 それでも。それでも、“心”が入ればこうまで変わる。

 変異により肉体は作り変えられた。そうなって尚、氣は心に宿る以上、ソレは彼から失われることは無かった。


心意六道拳(しんいろくどうけん)、人呼んで音無(おとなし)天霧肇(あまぎりはじめ)である。そのほうは?」


 灯った理性の火が手に宿る。そうして造られる揺らぎの拳。それを前に拝む様に刀を構える虎一が応じる。


烏丸流刀鞘術(からすまりゅうとうしょうじゅつ)、石徹白虎一。人呼んで落刃白虎(らくじんびゃっこ)

「――己を斬るのが仕事か、殺し屋(コヨーテ)?」

「察しの通りだ。貴様の師よりそれを頼まれた――」

「そうか。……先生は?」

「ご無事だ。ただ、もう既に墜ちた弟子を止めることは敵わん」


 だから俺が受けた、と虎一が言えば。

 そうか。そうか、そうか。と、トロール……天霧が返して言葉が消えた。


 ――誰かが言った。


 (わざ)を極めた達人(アデプト)同士の立ち合いは、時に一枚の名画を思わせる。

 発す氣にて音が死に、風が死に、世界が死ぬ。

 それでも揺らぎ続ける時の弦には確かに生命の鼓動が響く。

 奪うのだ。奪われるのだ。殺すのだ。殺されるのだ。

 圧倒的なまでの生命力がそこにはある。無いはずが、無い。

 動くことは無く、それでも溢れんばかりの『動』が描かれている。

 故に出来上がる名画、と言うわけだ。

 そして、今――


「参られぃ、落刃――!」

「――(つかまつ)る」


 絵が、奔る。








 刀と、拳。そこには利器による差が確かに存在する。

 だが、その差を埋めるにはトロールへの変異と言うのは少しばかり過剰だ。

 故に天霧と虎一の対峙に利器による有利不利は存在しない。

 先手は天霧。槍の様に鋭く、右の崩拳が音を切り裂き放たれる。

 勁穴で練り上げた氣を血に乗せ、拳に乗せ、放つソレは装甲を重ねた軍用サイボーグすらも貫いて見せるであろう絶技だった。

 達人(アデプト)

 この電脳時代に電脳の利を捨て、血の滲む様な鍛錬の果てに勁穴を開き、勁脈を開通させ、そうして漸く至ることが出来る――かもしれない(・・・・・・)。その領域。そんな人間の進化形態の一つが魅せる拳の疾さと重さは伊達ではない。

 だが、それは――虎一も同じこと。

 半歩の歩み、半歩のずらし。それだけの移動で天霧の崩拳が虚空へと逸らされる。鉄鞘だ。拝む様に眼前に掲げられた鉄鞘が拳の軌跡を逸らしていた。

 ならば、と拳撃を重ねる天霧に対し、半歩、半歩、半歩とにじる様に歩いて虎一はそのすべてをいなして逸らす。

膠着状態だ。そう思ってすぐに、膠着状態? と天霧は内心で首を傾げた。

 じりじりと。世界を燃やす様にして虎一は前に進んでいた。剣は拳よりも遠い。如何に利器の有利不利は無いとは言っても、間合いは間合い。剣の間合いと、拳の間合いは違う。


 ――何故、奴は前に出る?


 そんな天霧の疑問に答えが返されるはずもなく、天霧の拳域けんいきと虎一の刃圏じんけんが徐々に重なり、連撃とそれをいなす鉄鞘の密度が上がって行く。

 拳打自在(けんだじざい)一刀如意(いっとうにょい)。互いが互いに踏み込んだその領域。攻撃の先に乗る意。或いは殺気。サイボーグやサイキッカーでは追い越すことが出来ないその意よりも先に放たれる拳と刃の打ち合いと斬り合いは、それでもゆっくりと終わりへと向かっていた。

 拳の間合いだ。

 文字通りに人外の膂力を誇る肉を持って居る。

 氣の通りもすこぶる良い。

 だから天秤は天霧に偏って――は居ない。

 身体能力の上下など達人アデプト同士の食い合いでは些細なことだ。それを誇りたければサイバネ化をすればいい。大切なのは、氣。そして氣の過多ではなく、その流れこそが勝負を分ける。

 ――そしてその間合いを望んだのは虎一だ。

 最後の一歩が踏まれる。

 逸らされていた拳がここに来て弾かれたことで天霧はそれを理解した。

 激しさを増す拳打を緩め、間合いを取る。その選択肢を選べなかった時点でそれは必定だったのだろう。

 虎一の冴える剣とは裏腹な、小川の様な氣の量を見て、剛拳勝負を挑んでしまった。

 ――何故、気が付かなかった?

 一世一代の勝負に油断を持ち込んだ己の心に、天霧が奥歯を噛み締める。

 未熟、と内心で侮った。練度が足りぬ、と思ってしまった。

 虎一の剣は――。

 その剣は――。


 ――こんなにも研ぎ澄まされているというのに。


 釣り合わぬ剣の練度と、氣の練度。強くなるか、弱くなるか、その違いはあれど、己の身体と重なる部分を見て、天霧は虎一の事情を察した。

 自身がトロールへと変異して狂った様に、眼前の剣士も何らかの変異によって剣に不純物を混ぜることになってしまったのだろう。


「――、」


 あぁ。と、天霧の呼気に濁りが混じる。

 もう少し早く正気を取り戻したかった。もう少し早く眼前の剣士に出会いたかった。そうして少しでも語りたかった。

 だが、叶わぬ願いは刹那の時に呑み込まれ――唐竹の一撃。

 未だ鉄鞘の中に刃を寝かせた虎一が放つ一撃を左腕で受け止める。


「――ふんっ!」


 練り上げた氣の量に任せた硬気功で以って天霧が防ぎ。


ッ!」


 虎一が裂帛に乗せてなした極限の身体操作からなる軽功術により剣に重さを乗せる。

 ギ。と世界が軋む。正面からの衝突。だが、刹那。その拮抗が崩れる。

 斬、と音が響いた。


「……御見事」


 呟きに合わせる様に、天霧の口から、腹から、臓腑と鮮血が溢れ出る。

 鉄鞘の一撃で動きを止めてから抜かれる刃による一手。後の後。烏山流刀鞘術が一手、斬花(ざんか)が放たれ――

 名の通り赤い、赤い、花を路地裏に咲かせた。


話は盛り上がって来たけどポチ吉の体調は急降下

多分結構な確率で明日病院行くと入院する


そんな感じなのでコメント返しは復活後にさせて下さい。

そして更新止まったら察して下さい


……まぁ、命には関わらないよ

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― 新着の感想 ―
[一言] まってる。
[一言] ゆっくり休んで、治してもらってきてください。早く元気になりますように。
[一言] いくらでも待つので、ゆっくり静養して下さい。お大事に!
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