拳打自在
そう見えるのではなく、正真正銘で空を踏む。
それは幼い頃に狛彦が見た虎一の剣、“時を超える剣”同様に有り得ざる事象である。
それでも狛彦はその理外の剣を見ていた。見ていた。知っていた。それ故に少しだけ狛彦は外れ易い。
無量無辺の剣の道。
それでも道標があるとないとでは進み方に違いが出る。
故にどれ程有り得ない事象であったとしても、狛彦の世界に於いて、ソレは有り得ない事象ではない。
知っているのだ。外を。
知っているのだ。深淵を。
知っているのだ。剣の道、その先に居た男のことを。
故に狛彦は空を踏む。
たったの一歩。
それでも正真正銘で一歩を。
確、と空を踏んだ狛彦は間合いを一気に喰らい横薙ぎの一刃で以ってアインスの首を切り飛ばした。
白濁した人工血液が、ポンプに押し出される。
首を切り飛ばした。冗談の様に血が噴き出している。
致命傷だ。間違いなく。――人体であれば。
「あ」
一秒にも満たない間の後、狛彦の口からどこか間の抜けた“音”が漏れた。
狛彦が気付いて、アインスが『狛彦が気付いた』ことに気が付いた。
何故気が付いたのか? そう言われたのならば、狛彦は『ただの勘』としか答えようがない。それでも敢えて言うのならば、狛彦が既に首を切り飛ばして死なない相手との戦闘経験があったからだろう。
八頭蛇刃。
機械の身体に電子の魂を入れた正真正銘で作り物の男。
彼とやり合った経験があったから即座に気が付けた。気が付けたが、そこまでだ。
狛彦は一歩を踏んだ。
だが未だ二歩目は踏めない。対して――
「――」
発声器官を失ったが故の無音、無呼吸。首を失っただけのアインスが飛行に不適切な“人型”を何故選んだのかが分かる一手を魅せる。
脚部のスラスターを吹かして、くるん、とアインスがその場で回る。速度を乗せるのは踵。為すは円運動。叩き込むは衝撃。
これぞ“空”にて最強とされるサイボーグが“空”にて戦う為に編み出した武。
――銀星流が一手、偃月。
「――か――ァ――!」
肺の中身を強制的に絞り尽くされる。視界が一気に加速し、空が遠くなる。
それでも咄嗟、鞘を入れた。入れたので直撃はしていない。いないが鋼の重さと、その重さを飛ばせるだけの推力からなる衝撃が叩きこまれた。
それでも地面に叩きつけられるような無様は晒さない。
――否。
晒せない。
何故ならここは――未だ死地だ。
「――――」
故に、常の呼吸すら儘ならぬ状況でありながら、それでも錬氣呼法を為す。
傷んだ肺を酷使し、無理矢理にでも氣を練り上げる。喉奥から競り上がる喀血を飲み込むこともせず、血を吐きながらも酸素を取り込んだ狛彦に迫るのは――
――銀星流が絶技、流星拳。
腕部スラスターから炎が尾を引きながら重力を使ったシンプルな一撃。
狛彦の脳天を狙い放たれたソレが地面を砕く。
逸らして見せた。
狛彦はその一撃を逸らして見せた。抜き放った倭刀。その背に拳を乗せて軌道を変えて逸らして見せた。
「――」
「――」
狛彦は錬氣により、アインスは発声器官を失ったが故の無音。
必殺を潰した達人と、必殺を潰された電脳達人。その一人と一機の間に僅かな静寂。
そして、砕かれた地面、コンクリートの破片が、パラパラと、落ちて――。
――次手。
「――――――――――――」
大きく円を描く最中、手首が回され甲が外を抜き間合いが延ばされる。裏手刀。それに弾かれた狛彦が、ゆっくり、長く、細く息を吐き出す。
睨む様に見据える先には赤が浮かぶ。人型戦闘機が。空戦サイボーグ用武術、銀星流を使う電脳達人が浮かぶ。
北派であれば速度と軌道を生かした直線的な動きを取り、南派であれば回転を多用する傾向にあると言う違いはあるが、空戦武術である銀星流は何れも先ずは達人や大半の超能力者には凡そ不可能な『浮かぶ』と言う挙動から始まる。
――良くねぇな。
首と足一本を切り飛ばしたにも関わらず、何一つ変わっていない様に浮かぶ赤い機体を見ながら、狛彦は心中で浮かべた言葉の代わりに。傷付いた肺から上がって来た血を吐き捨てた。
一見航空力学をガン無視しているような人型戦闘機だが、一応は考えられている。首と足を切り飛ばしたのならバランスが崩れ、飛行能力が落ちる。
そうなれば銀星流と言えど、使える技は減り、使える技も雑味が混じる。
……勢いに乗ってのチャージと組み合わせた技の多い北派であれば、だが。
南派は違う。
南派は良く独楽に例えられる。
地面に接地せず浮かび、回る独楽だ。
遠く離れ、アウトレンジからの強襲をしてこずにその場で浮かんでいる様をみる限り、アインスの流派は南派。アレだとあまりバランスを崩した意味がない。飛ばないのだ。本当に浮かんでいるだけなのだ。そしてバランスが崩れ、円が汚くなった結果、拳が読み難くなってしまっていた。
そして――首。
こっちを斬ったのが足以上に良くない。
人型戦闘機は高速戦闘に対応する為、全身にセンサーがある。
だが人型を取っており、使っている脳が人のモノであるので、余程の拘りが無ければ目、カメラは頭部にある。アインスもそうだったのだろう。
斬り飛ばした結果、動きが良くなっていた。
「……『開かなかった』、か」
「――」
狛彦の静かな問いかけ。それを向けられたアインスには既に発声器官が無いので、無言が返ってくる。それでもその無音の返事を受けた狛彦は「……そうか」と僅かな憐憫を声に滲ませた。
達人は鍛錬の果てに至れるかもしれない人種だ。
それでも大した鍛錬をしていないのに稀に開いてしまう者がいる。そしてそれとは逆に、必死に鍛錬をして尚、開かなかった者もいる。
目の前の赤。アインスはソレだ。
鍛錬をした。来る日も来る日も鍛錬をして、何年も何年も積み上げて――それでも達人に至れなかった者。それがアインスだ。
「……」
恐らく――と言う仮定でしか語れないが、氣を用いない生身の武の練度であれば狛彦の二段は上。
それでも、そこまで積んでも達人としての才が無く、電脳化をして電脳達人と成ったモノ。
「……今、生身だったら『開いた』んじゃねぇの?」
それが、今。首を斬り飛ばされ、目を失ったことで『進んだ』。
氣は使えない。
それ故、本来の意味とは異なる。
恐らくは残ったセンサー、集音マイクと高感度センサーによる音と風に集中した結果なのだろう。
意の法境に至らずとも、その二つだけに集中して、積み上げた経験から『読む』。
それは剣を使う者ならば一刀如意と呼ばれる領域であり。
拳を使う者ならば拳打自在と呼ばれる領域だった。
戦闘シーンを書きたがるけど、いざ書き出すとコレジャナーィ!!と書き直しが多くなる。
そんなめんどくさい奴がいるらしいですよ?




