最強
結局の所、達人と超能力者とサイボーグ、どれが一番強いのか?
これに対する回答は様々だ。
それでも傾向はある。
達人と超能力者。この二つの名前が多く上がる。
神経回路の作り直しのリハビリの辛さは体験しないと分からないからだろう。
金さえあれば簡単に成れる様に見える上に、突出した実力を持つ者が少ないことからサイボーグはあまり“最強”に上げられることは無い。――現状の科学力では、だが。
人の技術である以上、性能は日進月歩で上がり続けている。
いつの日か並び、そして追い越す日がくるだろう。
それが達人であり、超能力者であり、サイボーグでもある最強の生物、“人”の強さなのだから――
だが、現状において既にサイボーグが“最強”とされる戦場がある。
軽功を極めた者にとっては重力など何の意味もない。
多種にて多様な超能力者に掛かれば左程珍しくは無い。
それでも身体を用意するだけで良いサイボーグがどうしたって数が多くなる戦場。
空である。
「――」
達人独自の錬氣呼法。絞る様にして練り上げたソレが細く、長く、狛彦の口から吐き出される。
合わせる様に研ぎ澄まされる集中力。ソレで見据える先には――人型。
縦横無尽に傍若無人。
翼で風を切り、両手には高周波ブレード。チェーンガンではない。
「――、――」
――遊ばれてんな。
それを自覚する。
サイボーグが空にて最強とされるのは飛ぶのが他の二つよりも容易だからだ。飛び、距離を取り、利器が、拳が、或いは能力が届かない場所から一方的に攻撃できるからだ。
だがその両手に握られたのは高周波ブレード。
剣。
距離を詰めなければならないモノ。
達人なんていつでも殺せると言う考えからの選択だろう。
それを証明する様に、轟音を引き摺って先程まで立っていた空間が爆ぜる。
剣すら使わぬ鋼の身体と速度を使った体当たり。ただのそれですら生身の狛彦の身体を真っ二つにするには十分だ。
「……」
否応なしに狛彦の心臓が跳ねる。
身体の横を通った死の恐怖に? まさか。あんなものは速くて硬いだけだ。後の剣である烏丸流刀鞘術を修めた狛彦にしてみれば分かり易過ぎる。ましてや狛彦の剣は既に一刀如意。“剣”をして既に“意”の領域。
如何に音を超えようとそれが“意”より遅い以上、目を閉じていても躱せる。
跳ねさせたのは内に宿る獣性によるものか、剣客として研いできた生き方によるものか。はたまたその両方か。
何れにしても、恐怖からは程遠いものによるものだ。
だから狛彦は一手を打った。
鏡月式手裏剣術が壱式・飛天。
腕の振りは殆どなく、ただ下がる拍子に裾から棒手裏剣が零れた様な動作の少なさ。それでも遅さで速さを御する達人の武術は適格に棒手裏剣を打ち出す。
「うお!?」
驚愕は、人型から。
氣を込められた棒手裏剣が三つ同時に人型戦闘機――アインスの進路上に現れる。音を超える速さの中、電脳空間にて加速させていた意識ですらも『不意を突かれる』一手。これこそが意の法境にて在る者の一手。これこそが達人が脆弱な肉袋でありながら鋼であるサイボーグと戦える理由。
なら――
それなら――
そこまでしないと勝てないサイボーグに対応出来ないはずがない。
両手のブレードにて防ぐは能わず、かと言って躱すのは不可能。先の奇襲を見るに未熟な少女の方とは異なり、装甲で受けて逸らすのも不可。
どうしようもない。
手も足も出ない。
手も足も出ないが――頭部に備え付けられていたバルカンから弾が出て棒手裏剣を撃ち落とす。アインスが全く関与しないプログラムによる自動迎撃。自動で首の角度を、向きを調整して、必殺の一手を容易く撃ち落として――
「!?」
今度の驚愕は声すらなかった。
――どこにっ!?
カメラが軋み、マイクが周囲の音を拾う。僅かな痕跡を掴もうと意識は電脳の中のログを辿る。残っていた。映像に残滓が残っていた。いや、残っていたと言うのすら馬鹿らしい。秒を刻む機械の眼だ。それから逃れるなど人には不可能だ。だから狛彦の姿ははっきりと残っていた。
だが、アインスにはその姿が見えていなかった。
刹那を捉える眼を持っていたとしても、それを使うのは人間の脳だ。見えていたとしても、見えていない。
意識の間を縫う様にして狛彦が潜ったのは――下。
それを確認すると同時、頭部目掛けて下段からの二連一撃。
先ず、鉄鞘が突き刺さり、次にその状態から刀が抜かれ、密着状態から鞘が更に撃ち込まれる。
烏丸流刀鞘術が一手、虎梅。
叩きこまれた一撃の後に連ねられた衝撃がアインスの頭を貫いた。
――拙い。
その思考は双方から。
片や右の義眼を潰されたアインス。片や頭を潰しそこなった狛彦。
だがその後悔の度合いで言うならば狛彦が圧倒的に上だった。仕留める気だった。仕留めないと駄目だった。だって剣の道は無量無辺と謳っても、一刀如意に至ったと言っても――狛彦は飛べないのだ。
こちらを舐めて遊んでくれている内に仕留める。そのつもりだったのだ。
だがずらされた。
流石は隊長機。赤くて角が生えているのは伊達ではないらしい。狙いの眉間から僅かにずらされ、打ったのは右目。それえだけで中の脳を揺らすはずだった衝撃は金属繊維で編まれた首に食い尽くされ、取ったのは義眼と相手の油断だと言うのだから割に合わない。
「……」
頭上でホバリングをするアインスを見る。
もう遊んでくれる気は無いらしい。普通にチェーンガンを持っている。クソだ。「……さて」。どうするかね? と口の中だけで音を転がす。
仕留めるのは一気に難しくなった。
だが極論、狛彦の仕事はもう終わっている。
人型戦闘機を持ち込むのに、調達屋が幾ら払ったのかは分からない。その金額分は管理局も見て見ないふりをするだろうが――飛ばせた時点で仕事の上では狛彦の勝ちなのだ。
下層とは言え、飛んでしまえば流石に鼻薬が届かない場所にも情報が上がってしまう。つまり――
「……退くなら見逃すぜ?」
もう情報は諦めるよ、と半歩足を引いて身体を開きながら狛彦。
「わぁ。おじさん出来れば眼潰す前に言って欲しかったなぁ、それ」
退き際を提供する狛彦とは対照的に「舐めんなガキ」とアインス。
「うぇーただでやんの? ボランティアって奴? 」
「このままだとおじさん達の次の仕事に支障でちゃうんだよ。流石に流石にだから。眼の代金払うってんならちょっと考えるけど……」
「でもお高いんでしょう?」
「聞いて驚け。軍縮前の逸品で、今だと違法の逸品だ」
「マジにお高そうじゃねぇか……」
「でも一個買えばもう一個付いてくるぜ?」
「へぇ? どこに電話すりゃいいの?」
「個人情報だぜ? 教えるかよ」
「あぁ、そ」
会話はそこまで。
向けられた銃口が火を噴き、狛彦が跳ねる。速い。それでも生身にしては、だ。銃火から逃れられるだけの速さは狛彦には無い。だから狛彦は早々にガラスをけ破ってビルの一つに飛び込んだ。
恐らく上の企業が造ったモノなのだろう。出迎えたのは下層では珍しい整然と並んだ機械の群れだった。デカい。煩い。ちかちかと緑のランプが点いているのをみて、何となく『動いてんのかな?』と狛彦は思った。
そこに狛彦の後を追うように銃撃。手頃な一つの底面を切り飛ばして倒れやすい様にして引き倒す。コードが引き千切られ、銃火と狛彦の間に倒れる。
劣化ウラン弾を防げるはずもなく、一瞬で形を無くすサーバー。上層のとある企業で叫びが上がるが、生憎と下層で喧嘩をしている野良犬とカラスには関係ない。
階段を駆け上がった狛彦が、再度窓を蹴破り、外へ躍り出る。
数舜で一気に狛彦が駆け上がった階数は実に五。
軽功を得意とするが故に稼げた距離。
通常ならば一階を撃っていたアインスの頭上を取るには十分だ。
だが空。空にて既にサイボーグは最強。故に――
「よォ、お出かけかぃ、達人?」
声は頭上から。
「おぉさ、サイボーグ」
そんなことは分かっている。分かっていた。
煩いのだ。人型戦闘機は。煩いのだ。位置くらい分かる。届いていないことなど百も承知だ。故に――
「ちょっと散歩に、ね!」
「!?」
狛彦は一歩を踏む。虚空。何もない空間。何もない空間? 否。ある。あるのだ。ガラスが。狛彦が今蹴破ったガラスが今は“ある”。それを踏み、間合いを一歩詰め、アインスを刃圏に捉える。
一振り。
振りぬかれたバネ刀が咄嗟に退いたアインスの逃げ遅れた右足を切り飛ばして――
「――アンタもお出かけか、サイボーグ?」
更に、一歩。
今度こそ狛彦は空を踏んだ。
くしゃみが止まらなかった(今週の木金)
多分、熱はないけど風邪だと思う。土日家から出ないで休んだら治ったし。
花粉症ではない、と、思う。はず。絶対。多分。お願い。違って。




