ドブネズミ
狛彦には三人の父親が居る。
一人目は遺伝子上の父親。
ジーンインプラントの実験体である狛彦だが、流石に今の科学力でも完全なゼロから人間を造ることは出来ないので、卵子と精子を使って素体を造っているので、狛彦にも精子の提供者が存在する。
この“父親”は一番どうでも良い。
恨む――どころか興味がない。本気でどうでも良い。
二人目は石徹白虎一。
剣の師でもあり、狛彦の人生に一番影響を与えた“父親”である。
当たり前の様に石徹白狛彦と名乗るのだと思っていたので、上での戸籍登録に『烏丸』と言う苗字を付けられた時はそれなり程度には複雑な感情を持ったものだ。
そして最後。三人目が烏丸誠司。
現在の戸籍上の父親。義父。
一言で言えば、眼鏡を掛けた優男。
烏丸家に婿養子として入った彼には、その見た目からの印象通りに武の心得は一切無く、一応道場に名を連ねてはいるが、剣才もないので普通に一般の門下生程度の腕前しかない。
それでも下層暮らしで碌に学校に行っていなかった狛彦がギリギリとは言え中等部を卒業出来たのは彼の手腕によるところが大きく、偶の休みなどにボードゲームの相手をしてくれるので狛彦にとっては唯一の“父親”らしい“父親”である。
そんな誠司が年に一度だけ、狛彦でもちょっとどうかと思うレベルの殺気を放つ時期がある。
春だ。
人が生きていける空気を循環させている積層都市であっても“それ”を完全に除去することは出来なかったらしい。
……いや。正確には出来るのだが、そもそも“吸える空気”が貴重なのでその程度は我慢しろ、と言うことになってしまったらしい。
実子である千鶴には遺伝しなかった。
狛彦は血が繋がっていないし、生物としては強者な部類なので平気だ。
烏丸家にて誠司だけを苦しめる相手。それは――
「花粉症の薬、ですか?」
え? そんなモノで命を狙われるてるんですか? と思わず、鈴音。
場所は変わって寮の一室。
やはりセーフハウスとして使っているのか、定期的に掃除がされており、埃っぽさは無し。
布団もクリーニング先から持って来たままの圧縮状態で幾つかストックされており、冷蔵庫は流石に空だったが、保存食と水もしっかりと用意されていた。
そんな部屋のベッドのスプリングの調子を確かめながらのお嬢様からの質問。「狙われる理由、薬って言ってましたけど、何の薬なんですか?」に答えた所、嘘でしょう? と言う目で見られた。非常に心外だ。
「……花粉症の『完治薬』な?」
「完治ならもっといいじゃないですか?」
と、ベッドに転がりながら、心底不思議そうに鈴音。
「……」
何と言うか、お嬢様はやはり育ちがよろしい。
悪意に鈍すぎる。
別にこのまま健やかに育ってくれても良いのだが――
「完治ってのが寧ろ最悪なんだよ」
狛彦は溜息を吐き出して、少し請負人の目線を覚えて貰うことにした。
「? 何でですか?」
「すずねちんに質問です。花粉症が完全に治ると要らなくなるモノがあります。なーんだ?」
「……花粉症で苦しむ人の涙、とかですか?」
「……そんな詩的なモノではない」
「そんなこと言われても……あ。マスクとかですか?」
「あぁ、うん。マスクは他にも需要があるから要らなくならねぇけど、確かに売り上げは下がるな」
「……あぁ。そう言う」
少し強調してやれば、察しは成績程悪くないお嬢様は直ぐに気が付く。「それなら――」と軽く顎に手を当てて――
「取り敢えず他の花粉症の薬は必要なくなりますね」
「そです。あと、何か花粉症専門のクリニックとかもあるらしいんで――」
「それもですね。……え? つまり薬を造ってるとことか、お医者さんが狙ってるんですか?」
「……」
よくできました。その言葉の代わりに親指を立ててみる。
「……そんな人達がそんなことをするんですか?」
「その人達の年齢考えてみろよ。性善説に、性悪説。どっち採用しても良いけど、どっちにしろ染まってるし、学んでるだろ?」
人間ってそんなモンである。
下層は公的には存在しない区画だ。
人が住むことなど考慮されておらず、完全なデッドスペース。
だが土地が貴重なこの時代、ただのデッドスペースを造っておく余裕はない。
積層都市における下層とは上層、人が住む街の為に空気を浄化し、水を浄化するメンテナンス区画なのだ。
だからゴミが溜まる。
それは耐性が無ければ一吸いするだけで血を吐くような塵だったり、人体を変異させてしまう悪性のウィルスだったり――
「こいつは誰だ?」
「ツヴァイですね。こいつから起こしますか?」
「やめとけやめとけ。アインスから起こさねーとうるせぇ」
密輸に密入国の斡旋を生業とする運び屋だったりする。
リンダ。
人工外皮を使わず、剥き出しの金属ボディを持つ全身機械体は生身の時の癖なのか、火の点いていない煙草をくるくると回しながら部下にそう指示をだした。
酷い匂いのする場所だった。
浄水装置でもどうにもならない最後の排水。それが流れつく場所だった。
先程からリンダの身体の臭気センサーが反応しっぱなしだ。
“皮膚”と言う優秀な防護服を脱ぎ去ったリンダの様な全身機械体は細菌に極めて弱い。この身体を流れ、唯一生身時代から付き合いである脳に酸素を運ぶ白濁した人工血液がここの空気に触れればリンダは終わりだ。
「――だってのに、怖いねぇ」
思わずそう呟くリンダの視線の先には一抱え程の大きさのポリ袋に入ったクッションが五つあった。何れも今回の商品であり、先程までこの匂いの元であるヘドロの中に在ったモノだ。
部下の一人が“アインス”を見つけたのだろう。やや乱雑な手つきでポリ袋を引き裂き、中のクッションにナイフを突き立てる。「……」。商品の扱いとしては最悪だ。注意した方が良いかもしれない。だが面倒だな。何かそんな気分じゃねぇな。そんなことを考えるリンダを後目に作業は進み、クッション――緩衝材の中から静電気でクッションビーズ塗れになったバスケットボール大の金属球が一つ出て来た。
万が一に備えた潜水仕様の為、外気との接触が無い完全内部循環型の生命維持装置だ。
都市戦争の時ですら特殊部隊にしか与えられない高級品の中身は当然、維持される生命、つまりは脳だ。
「……」
しっかりと身体に入ってるオレですら下っ端使って水に触らねぇ様にしてるってのに――
「……怖いねぇ、本物の殺し屋って奴は」
本当に手段を選ばない。
それは侵入方法もだが、用意した“身体”もだ。
軍用の二足歩行戦車。
それも特A級のハッカーの手によりセーフティが解除され、市民相手にも銃口を向けて引き金が引ける仕様のモノ。それが四機。それだけでも十分に怖いだが――
「あ、こら! アインスはそっちじゃねぇ! その角が付いて赤い奴だ」
「あ! 失礼しました! ……何で赤くて角付いてるんですかね?」
コレ、映画で見たことあるけど、カスタムですよね? と部下。それにリンダが憮然と応じる。
「……オレが知るかよ。何でもアインスの拘りらしいぞ。『リーダーは赤くて角が付いてないと駄目だ!』ってな」
その拘りの為に、態々リスクを侵して機体を工場に持ち込む羽目になったのだ。
持ち込んだモノがモノだけに、本当なら改造を担当した奴を消して置きたかったのだが、時間が無くて使い捨てではないエンジニアしか用意できなかったので、消していない。
幾らか鼻薬を嗅がせてはいるが――そこから足が付いたとしても知らん。オレは悪くねぇ。
そう思いながら癖で煙草を口元に持っていく。
咥える為の口はそこにはなく、フィルターが形を変える。それにも気が付かず見つめるリンダの視線の先には、安全上の観点から警察機関や軍事企業ですら都市内部での保有が認められていない機体。
――人型戦闘機があった。
いい加減に戦闘シーンが書きたい(発作)




