依頼
狛彦と鈴音の姿は再びターミナルのソファーに合った。
隣に座り、お互いに無言でたぷたぷと電脳端末を弄っている。
端と端。一見しっかりと離れている様だが、お嬢様はお行儀悪く肘置きを枕に寝転んでいるので、距離は結構近い。近いって言うか、靴を脱いだ足が狛彦の方にまで伸びて来ていた。
「……パンツ見えんぞー」
「えっちですね、とりまるは」
ショートパンツの隙間から、と狛彦が警告をするが、お嬢様は文句を言うだけでその態度を改める気は無いらしい。ぴこぴこと足の親指を動かすだけで、足を引っ込める気はなさそうだった。
「……」
――本当に見てやろうかな?
そんな雑念を一瞬抱くが、直ぐに追い出し、端末たぷたぷ。
幼馴染の名前があって思わず連絡してしまったが、狛彦の本命は極夜重工だ。企業連合に名を連ねる軍事企業とは比較的仲良くしている。
つい最近もちょっと派手目な産業スパイをやることで同業他社であるバレットレインの情報を抜くのに協力している。
扱う商品の関係上、上層以上に下層に顔が効くこともあり、荒事屋としてバイトをするので社員寮と偽造IDを用意して貰おうと思っていたのだが――
「駄目だぁー」
手ぇ回ってるぅー、と万歳一つ。
数回前までのメッセージ迄は感触が良かったのに、既にタイムアップ。
幼馴染との再会を優先した結果、返事が返ってこなくなってしまった。
「ウチですか?」
極夜とはあまり仲良くなかったと思いますけどね、と鈴音。
「そうだな。お前ん家、嫌われてんな」
だからさっきまではあっちもノリノリだったんだよ、と狛彦。
「? なら――」
「リオンちゃん……っーか……さっきのイケメンだな」
「何であの人が邪魔するんですか?」
「さぁ? お友達になりてぇんじゃねぇの?」
何か去り際に連絡先くれたし、と紙をぴらぴら。電脳IDと、下層のアパートと思われる住所。それとそこの鍵となるパスワードが書かれていた。非常にアナログな伝達手段だが、返って今の時代だとこの方が情報漏洩のリスクが少ないと言うのが中々に素敵だ。
「誘われちゃった☆」
ウィンクしてみたり。
そしてイケメン護衛屋は独占欲が強いのか、他の出入り口を塞いでいるらしい。こんなに積極的に求められたのは狛彦の人生で初めての出来事だ。なんも嬉しくねぇ。
「行くんですか?」
「まぁ、行く宛てもねぇですし、折角のお誘いですし?」
「ふぅん? ……パンツ見ますか、とりまる?」
「……少なくとも俺にはその気はねぇから性癖の矯正は必要ねぇよ」
だから足を上げるな。角度を付けるな。見える見える見え――
「冗談ですよ?」
「――」
あと少しだったので、狛彦はちょっと舌打ちした。
第三層。
下層の最上層はやはり表に近い分だけ少し品が良い。
上層の企業が上では出来ない様なことをする為に施設を造っていたりするからだろう。
劣化ウラン弾等の使用が禁止されているモノの製造に始まり、裏帳簿を扱う部署。ピンク色の接待に使う為に用意された施設もあるし――人体実験も行われている。
桜庭製薬。
製薬会社。
リオンが知っているかどうかは分からないが、当然の様に『ある』。
『人』に使う前に『人』と同じ身体構造をしたモノ相手に試す為の施設が『ある』。
「良かったですね、とりまる。使われてたの、かなり前みたいですよ?」
「……」
まぁ、僅かな救いも一応あった。
知っているか、知らないかは分からない。
それでも久しぶりの再会で、嬉しそうに「ね、狛彦くん。わたくし、研究室を一つ任されましたのよ!」と報告してくれた彼女はここを使っていない。それが確認できたので、持っていた荷物が少しだけ軽くなる。なったので、狛彦は研究員が泊まり込んでいたと思われる寮の扉にパスワードを打ち込んだ。
本来の用途には使われていないが、別の用途。今回の様な案件や、セーフハウスとしては使われているようで、防犯設備は生きていた。
扉の前のタイルの溝。そこが僅かに赤黒く染まっていた。狛彦の鼻は古くなった血の匂いと、火薬の匂い。こちらを狙う銃口を確認した。間違えれば――と言う奴なのだろう。
幸いにも銃口は黙ったまま、扉が開き――着信。
「ホモからですか?」
「ホモからですな」
登録してないIDだけど、と言いながら通話をオン。
『ホモではない』
まさかの第一声。どうやら防犯カメラとかその辺も生きてるらしい。こちらの会話は筒抜けだし、筆談とかも出来そうにない。
「でも独占欲強めに他の窓口、全部潰されたし――」
あたい。あんなに積極的に求められたの、初めてだよ……。
『仕事を頼みたい』
「……」
遊びの無い声で「茶番に付き合う気は無い」と奏介。連絡先を渡したのは使う為。つまり狛彦の純情は弄ばれたと言う訳だ。ショック。狛彦がJKなら泣いていた。
「……あーい。BBにご依頼、ありがとうございまーす。内容は? 荒事屋? 殺し屋?」
だが狛彦は請負人なので泣かなかった。
荷物を足元に落とし、壁に体重を預けながら思考を仕事用に切り替える。
『護衛屋だ』
「……向きじゃねぇぜ?」
『安心してくれ。お嬢様の警護は自分がやる。貴様に頼みたいのは――』
「オフェンス?」
『あぁ。そっちなら向きだろう?』
つまりは大元。リオンの命を狙う相手を潰してくれ、と言う依頼とな訳だ。
「……俺は平和主義者なんだがね?」
――お嬢様は兎も角。
『ほぅ? あぁ、だが、それは――少し、説得力が無いな。魔剣連合が第三十六席、天巧星殿?』
「……よくご存じで」
『お噂はかねがね、と言う奴さ黙刃木偶』
「何? ファンなん? サイン居る?」
『要らん。――それで、返事は?』
「受けるよ。少なくとも俺は。リオンちゃんが狙われてんだろ?」
と狛彦が言えば「私も良いですよ」と、お嬢様。
「鈴音ちんも良いらしい。……けど、最後に確認させてくれ」
『何だ?』
「相手は? あと狙われてる理由は?」
『相手は不明だ。多すぎる。そして狙われてる理由は――お嬢様が開発した新薬だ』
そろそろ更新が安定しだす……かもかももかかも?




