奏介
柔らかい風と、日差しが差し込む場所だった。
小川のせせらぎと、小鳥の囀りが流れ込む場所だった。
積層都市ミナヅキ、第四層。
この都市における上位の者の為に作られた学園の中庭だった。
放課後になり、人気の少なくなったそのベンチに学園の生徒と思われる二つの人影があった。
一つは少女。
ウエーブの掛かった豊かな金髪の彼女は、すぅ、とゆっくりとした呼吸だけをして眠る様に目を閉じてベンチに座っていた。
学園の白い制服の襟元のピンバッチから判断するに高等部の一年生。身長は女子としては高い方だろう。発育も、また。瞳を閉じている今はその二つの要素が強く強調され、『美しい』と言う形容が似合ってしまう彼女だが、閉じている目を開けばその碧い瞳と良く笑う性格からとても『可愛い』人だと言うことをその場にいたもう一つの影――恐らくは少年と思われる人影は知っていた。
恐らく。そう称したのには理由がある。
見た目は少年だ。骨格も男性のモノだ。だが、その立ち振る舞い。
立ち方、歩き方、呼吸の一つを取ってみてもどこか――いや、どうしても女性を連想させる少年だった。
それは少年――山吹奏介が納めた武術によるモノに起因していた。
護法戦舞踊。
要人の傍で発展してきた舞であり武であることから多くが護衛屋として活躍する者が多い流派だが――その双方を極めねばならぬ習得難度の高さ。そして何よりも習い始める為に容姿の審査があることから非常に担い手の少ない流派だった。
そんな流派なので、ただでさえ数が少ない達人の中でも更に数が少なく、その希少性から上層部からはある種の特権として例え半端者であっても雇い、その周辺を俗に言うちゃんとした護衛屋で固めると言う使い方をされていた。
では、奏介はどうなのだろう?
周囲に奏介以外の人影はない。つまりは少女の護衛に付いているのは奏介一人。
ならば見栄の為に奏介一人を雇い、他に手が回らなかったのか?
それは無い。
ベンチの上で目を閉じている少女の名は桜庭リオン。
世界の支配者である企業連合に名を連ねる桜庭製薬の一人娘にして、第三研究室の室長だ。
経営者一族。更に若くして五つしかない研究室のトップと言う有能な研究員。
そんなリオンなので、幾ら希少性の高い護法戦舞踊と言えど、一人雇っただけで息切れする程弱くない。
護衛が奏介一人である理由は二つ。
一つは奏介が単純に強いから。リオンよりも二つ上の十八。未だ十代でありながら、習得難易度の高い護法戦舞踊の免許であると言うこと。
そしてもう一つは――
「リオン様」
そっ、と声をかける。眠っているようでその実、時間圧縮された電脳空間で数々の業務をこなしているリオンに。「んぅ」と唸り声。形の良い眉が軽くゆがむ。
「――」
その表情に思わず奏介の口元が軽く持ち上がる。
この少女の傍に自分以外が居ることが許せなかったから奏介はただ一人の護衛であることを望んだ。
ここではない別の街。
それでも変わらないごみ溜めの様な下層から拾い上げてくれた少女。
奏介は彼女を守ることが自分の産まれて来た意味の全てだと信じている。
「ほら、起きて下さい。これ以上の電脳加速はお身体に触りますよ」
言いながら伸ばした手が止まる。「……」。恋愛感情はない。それでもリオンに触るのを奏介は躊躇してしまう。
――どうしたものか?
形の良い顎に手を当てて、ふむ、と考える奏介。「まぁ、いつもの手段で良いか」。そう結論付けてポケットから端末型の電脳を取り出す。モーニングコール。寝ている訳ではないし、空の色が白ではなく茜だが――まぁ良いさ。リオンのお気に入りの曲。その中からあまり煩くなく、ゆっくりと覚醒できそうな曲を選ぶ。そうして流そうとした所――
「――」
先にリオンから音が鳴った。ご自分でアラームをセットしていたのだろうか? そう思い。即座に否定。達人であるが故に電脳が埋め込めない奏介と異なり、リオンは電脳化されている。アラームをセットするにしても『外』に音を漏らす必要はない。
その証拠に音楽はリオンのポケットから聞こえて来ていた。
そこにあるモノを奏介は知っている。
幼い頃。奏介を救ってくれた時からずっと大切に使っている端末型の電脳。
これまで一度も鳴ることなく、それでも一日も欠かさず充電され、大事に磨かれていたその電脳端末から、着信を知らせる様にリオンの一番好きな曲が流れて――
「狛彦くん!」
リオンが、起きた。
「……」
その顔に、その声に、奏介の心が締め付けられる。
だってリオンは見たことのない表情で――
だってリオンの声は聞いたことのない程に弾んでいて――
本当に嬉しそうだったから。
パスタをぶちまけたり、仕事が忙しくて更新できなかった。
でも落ち着いたから更新再開。
世に平穏のあらんことを……(◎_◎)
はい! と言う訳で「おおかみこどもの狛彦」~「剣鬼別離」の間の出来事を書いた「剣客ウルフ・カブ」からリオンちゃん登場です!!
……ちゃうねん。
有難いことに休止中とかでも偶にカクヨムのギフトを頂くことがある。
申し訳ないのでそう言う方に向けたモノを書こうと思って五千字くらい書いた。
で。後は本編更新しながらやれば良いやと思ったんですが……
大事なことを忘れてたよ。
俺が、遅筆だってことをよォ……
そんな訳でリオンちゃんは五千字の中とポチ吉の脳内にだけ存在していた狛彦の幼馴染です。
言うなればビアンカ。




