じぃ
大勢の人の群れから離されて。
無駄に金の掛かった廊下を歩いて行けば。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
うやうやしく頭を下げるダークスーツの老爺が待っていた。首の裏に電脳は無い。掌を見る。お嬢様と同じ、それでもお嬢様以上に手相が無い。擦り切れたのだろう。間違いなく円水拳の拳士。そして間違いなく達人だ。
そしてその背後にも三人の女性。一人がメイドで後はスーツ。一見、世話係と護衛の様に見えるが――メイドの体重が不自然に重い。重心は奇麗なので、サイボーグではなく、多分暗器使い。――って言うか、アレが本命だ。多分、爺さんよりも強い。
そして勿論、全員が電脳無く、達人。
――鍛錬の果てに至れるかもしれない人種。
それが達人だ。
そんなだから達人の数はサイボーグと比べるとどうしても少ない。
それに護衛屋をやらせるなら連携の関係上、どちらかと言うとサイボーグの方が良い。電脳を介した一つの群れと言うのは結構優秀なのだ。
多分、お嬢様の実家、円水拳本家である関係で態々達人で揃えているのだろうが――
「――無駄な所に金掛かってんなー」
「? どうしました、とりまる?」
当然の様にそんな従者の皆様に荷物を持たせるお嬢様に「何でもねぇですよ」と返すが――
元スラムキッズとして、狛彦は「は、」と吐き捨てる様な乾いた笑いを我慢できなかった。
お嬢様には悪いが、お嬢様の実家は――シンプルに、あたまがわるい。
外聞やら何やらがあるんだろうが、性能も悪けりゃ、コストパフォーマンスもクソである。ちょっと仲良く出来そうにねぇな。そんな嫌悪感を抱いて「?」と軽く小首を傾げる。そこまで嫌うこともないのでは? 素直にそんなことを思う。思って。直ぐに、あぁ、と理解する。
――訂正。やっぱり爺さんがこの場で一番強い。
抑えるでもなく、隠すでもなく、溶かされた殺気。
一度、経験していたから気が付けた。
以前一度だけ仕事で遭った冷たい仕事を生業とする一流の殺し屋と同じ匂い。
薄く、透明な殺気が狛彦に向いていた。
「ほ。気付きますか。いやはや――お若いのに、ご立派です」
にやり、と悪い顔で笑う老爺。
「……どーも」
と、狛彦が返してさっきとは種類の違う「は、」と言う引き気味の笑いを零す。当たり前だ。今のを正確に翻訳すると「しゅごいでちゅねー」だ。大人と幼児。それ程の力の差が狛彦と老爺の間には有る。褒められてもなんも嬉しくねぇよ。それが狛彦の素直な感想。
「……」
老爺から一定の距離を取ったまま、お嬢様の無駄な大荷物と一緒に持って来られていた倭刀を手に取る。二週間ぶりに手にする馴染んだ感触。それで少しだけ落ち着きを取り戻して、深呼吸。
回りを見る余裕が出来た。
だから未だ鯉口は切らない。
それでも準戦闘態勢だ。
「!」
そこまで狛彦がやれば、実家に帰った安心感から緩んでいたお嬢様も流石に気が付く。老爺の溶けた殺気を捉え、庇う様に狛彦の前に出る。
「じぃ、どう言うつもりですか?」
「お館様のご命令です」
「無視すれば良いでしょう?」
「無茶を言わないで下さい、お嬢様」
「無茶でも何でもないでしょう? じぃならお父様の言うことなんて――」
「僭越ながら、じぃもお嬢様のことは孫の様に思っております故」
――どうか、ご容赦を。
老爺が頭を下げる。視線が外れる。一呼吸。一流の達人なら、狛彦なら十分な錬氣の間。それが造られる。造られた。だから狛彦は行かない。明らかな“釣り”。斬りかかっても何も良いことは無い。
「――」
それでも、一呼吸。
白煙が口角から昇る錬氣を為し、爪先を毛足の長い絨毯に沈めれば――
「ッ!」
スーツが一人、釣れた。
前に鈴音がアサルトギアにやって見せた絶技、穿心氷槍と似た足の運び方。円水拳の要でもある円の足運びが絨毯の長い毛足を千切り、舞わせる。
十代後半。その年齢を鑑みれば、あまりに見事な、流れる水を思わせる足運び。
それでもお嬢様の動きに慣れている狛彦からしてみれば、岩の多い川を流れる水の様に見えてしまう無様な足運び。
回された力が腰を通り、肩を通過し、掌打として撃ち出される。
並み程度のサイボーグであれば内部の機構を破壊して見せるであろう浸透勁。
それでも見切ってしまえばただの手押し。
半歩下がり、押されるに合わせて後ろに跳んで衝撃を完全に消す。内腑を潰すはずだった勁は空中に霧散し、撃ち出された掌打も、ただ狛彦の胸を押すだけ。
それでもそれなりの勢いがあったので、狛彦は飛んだ勢いそのままに、吹き飛ばされて廊下を転がり倒れた。
かくして勇気ある少女の一撃により、烏丸狛彦は敗れ去った。
何とか一命は取り留めたモノの、内腑を潰された狛彦はこれ以上戦えるはずもなく、這う這うの体でミナヅキを後にし――
「……」
「……足踏むなや」
ようとしたらお嬢様に足を踏まれた。ブーツだし、鈴音は軽いので大したダメージは無いが、微妙に嫌な気分になるので止めて欲しい。
「何ですか? あの茶番?」
「怪我したくねぇもん、俺」
あの爺さん相手とか嫌だよ、と狛彦が言うのは、場所が変わって――と言うか、戻ってターミナル。
足元のやたらふかふかしていた絨毯は清潔ではあるものの、ごく普通のマットに。壁に飾られていた素晴らしい絵画も、ミナヅキの小学校の生徒達の手による何か良く分からんモノに変わる一般人向けの区画。
そこで狛彦が大人しく別の都市に移る便を待って座っていたら、荷物を持ったお嬢様が追い付いてきまさかの初手、足踏みである。
「ほら、とりまる。戻ってじぃをぶちのめして街に入りますよ」
そして二手目はまさかの犯行予告だ。
二人掛かりで、更に私が居ればじぃの手は緩んで隙が出来ますから、そこを突きましょう! と、鈴音。どうやら敬老精神とかそう言うのはないらしい。「……」。まぁ、あの爺さんに敬老精神は必要ないだろうが――
「嫌だよ」
そこまでして入りたくねぇよ、と狛彦。
クライシの都市の上層部を怒らせた結果、逃げて来たのだ。
ミナヅキの上層部――しかも今度は都市の持ち主である鈴音パパだか祖父ちゃんが狛彦のことを『可愛い娘に付いた悪い虫』とでも思っているのか、既にキレ気味なので、狛彦は態々ミナヅキに入る理由は無い。
あの爺さんもその辺が分かってたから茶番に乗ってくれたのだろう。
大人と幼児程の力の差があるのだ。
ちゃんと引けば、向きになって狛彦をぶちのめす理由は無い。
「? 私が許しませんよ、そんなの」
「……」
だが残念。
狛彦と爺さんの大人の会話による落としどころの提案は、お嬢様の「私が来て良いって言ったんだから良いんです」と言う一言で吹き飛びそうだ。
今までお友達が居なかったお嬢様はどうやら初めて出来た友達である狛彦を自分の都市に招待したいらしい。全く――
「……すずねちんは何時からそんな可愛くなったんですかね?」
「……」
「……言い返せないからって蹴んな」
やっぱりいつも通りに可愛くなかったわ。気のせいだったわ。脛だわ。ブーツの無いところだから普通に痛いわ。
「それにとりまるも本当は入りたいでしょ?」
「は。まさか――」
「じぃと、戦いたいでしょ?」
「……」
言葉に詰まる狛彦。その両頬を鈴音が摘まんで、にー、とする。
「自分よりも強い達人。それに出会って貴方の道、剣の道で避けるなんて、出来ないでしょ?」
――だって貴方の剣は、私が好きになった剣は『そう言う剣』ですものね?
赤い鈴音の目、血の色をした目が狛彦の目を見つめてくる。
アルビノ故、色素が無いその瞳はその分だけ良く見えるのだろうか? 例えば、そう。――狛彦すらもはっきりと理解できなかった苛立ちの正体とか。
「……」
「んふ。ねぇ、とりまる? ――言い返せないからって、黙らないで下さいよ」
「……口、引っ張られてるから喋れねぇだけですが?」
だから放せ、と言えば最後にぐにぐにと頬肉を堪能されてから「はい」と解放された。
そうしてちょっと赤くなった頬を左手でこすこすしながら狛彦は右手で端末を弄り出す。立ち上げったのは、機械音痴な狛彦の『らくらく電脳端末』にも付いている数少ない機能、電話帳だ。
「何してるんですか?」
「仕事とか、ちょっとした昔の伝手とかでこの街に知り合いの権力者いないか調べてる」
「あぁ、成程。なら私も少し探してみますね」
お嬢様も、たぷたぷし出した。
「……」
狛彦よりも手付きが不器用だった。
そんな鈴音を見て、ふと思う。
「……お前んち、アレを雇えるってすげぇな」
俺が今まで見た中でも一番強い人――虎一クラスだぞ、アレ。
世界は広いとは言え、広すぎるきがするなぁ、と狛彦が溜息を一つ。
「いえ。雇ってないですよ?」
「あ?」
電脳端末の操作に必死なので、顔も起こさずに鈴音が何でもない様に言う。
「じぃは私の叔祖父です」
「……」
つまりはこの街、積層都市ミナヅキの持ち主である水無月家の現当主の弟だと言うことで――
「……北派円水拳の家元じゃねぇか」
つまりはこの街の武のトップみたいなもんである。
虎花ちゃんは暫く裏稼業にせいを出しててね!!




