積層都市ミナヅキ・表
随分と遠回りをしたが、無事にバスはミナヅキのバスターミナルに辿り着いた。
今はターミナルの空気の入れ替え中だ。
人体と電脳の融合により人類が種の世代を進めるのに合わせて、その人類が吐き出す汚染物質に侵された世界もまた、一つ世代を進めたのだろう。最早、ただの人類は吸い込む空気にすら自らの手を入れなければいけなくなっていた。
狛彦と鈴音は抗体を持っているので、平気だが、他の人はそうは行かない。
だから運行中のバスの展望室は見晴らしが良いにもかかわらず、普段は人が少ない。ガラス一枚と壁一枚。そこに強度の差は大してなかったとしても『見える』よりも『見えない』の方がまだ不安が少ないらしい。
だが、流石に二週間以上に渡るバス旅はストレスだったのだろう。
空気入れ替え中の展望室には珍しく多くの人が集まっていた。
「……」
「……」
狛彦と鈴音もそんな人々に紛れる様にしてロビーにいた。
壁際。折り畳みの椅子を並べて。二人揃ってぼんやりと外を眺めている様にみえるが――
「……つまり、臭ければ誰でも良いってことでしょう?」
「……違ぇですよ?」
その実、未だご機嫌がよろしいお嬢様のご機嫌取りの真っ最中である。
普段ならお嬢様のご機嫌は直ぐに悪くなるが、割と直ぐに直る。
狛彦を踏むか、蹴るかすれば加虐趣味の気がある鈴音嬢はそれなりに満足するのだ。
「……」
とてもせいかくがわるい。
が。今回は不機嫌になった理由が理由だからか、身体的な接触をしてこないので、地味に長引いていた。
狛彦も、狛彦が狛彦になっていたのは事実なので、あまり強気に出れない。
――どうしたもんかね?
狛彦にとって一番身近な同年代の異性、義妹とは違い過ぎて答えが出ない。
間が持たなくて辛いので、逃げる様に狛彦は、ぷす、と豆乳にストローを挿す。紅茶味だ。じぅー、と音を立てて吸う。美味しい。美味しいが、何の解決にもならない。
ぷぁ、と口を離して軽く横に振ってみた。音が鳴り、鈴音がパックを見る。「……」。少し行儀が悪かったかもしれない。
つまり現在進行形で攻撃表示のすずねちんからまたお小言が来てしまうかもしれない。「……」。とても嫌だ。狛彦が獣人形態だったのなら耳が、ぺしょ、となっていただろう。
だが、人のカタチを取ってはいても狛彦の中に“狼”が入っていることには変わりない。
「そう言えば……貴方、最近よく飲んでますね。紅茶味」
だから狛彦の鋭敏な聴覚は鈴音の声音が孕んだ怒り以外の感情を感じ取った。
何故だか少しご機嫌が本来の意味で『よろしく』なっていた。「?」。何だろう? ちょっと良く分からない。ちょっと良く分からないが、チャンスだ。
「あー……そう言えば……そう、かも?」
だが、残念。『言われてみればそんな気もする』程度の認識だったので、狛彦は特に話を広げられない。
「ふぅん?」
だが何故かお嬢様は楽しそうだ。
「そう言えば私が前に貰ったのも紅茶でしたね?」
「……」そうだっけ? 出てきそうになった正直な言葉をごっくんして「ウン、ソウダネ」と狛彦。そんな回答がお気に召したのか、ずず、と鈴音が椅子を引き摺って近寄る。
「ねぇ、とりまる。ひとくち下さい」
「……新しいのあるけど?」
「いえ。ひとくちで良いんです」
だからそれを寄越せ、とお嬢様。「……」。仕方がないので、無言で手渡す。一口飲んで――
「ありがとうございます。残りは全部飲んで良いですよ」
直ぐに返される。そして案の上と言うべきか、何なのかストローには噛み痕。「……」。基本的によろしい育ちに相応しい振る舞いをするお嬢様であるが、どう言う訳かストローだけは噛む癖が付いているらしい。
とてもやめて欲しい。
「……お嬢様のお口にはやはり合いませんでしたか?」
言いながら、ずこー、と残りを飲み干す。
「いえ。私、豆乳なら紅茶味が一番好きになりましたよ?」
「……そーですかぃ」
「えぇ。そーなんです」
だからまた今度もひとくち下さいね、とりまる? とお嬢様。
ふふ、と口元には柔らかい笑み。どうやら狛彦からカツアゲをして機嫌が直って来たらしい。
「……」
直んな。
入管の審査官にⅠⅮカードを提示したら、人の群れから離された。
「……」
請負人とは無関係の汚れていない方のカードをしっかりと提示したはずだが、色々と後ろ暗い所がある狛彦は少し、硬くなった。
そもそもこの奇麗なⅠDすらも数年前に作ったモノだ。
師匠が使っていた腕利きの調達屋の手によるモノではあるが、非合法なモノであることに変わりはない。
これまでは問題なかったからと言って、これからも安全とは言い切れなかった。
ここら辺が元がスラム孤児である狛彦の弱味だ。
一刀如意に至り、若くして奥義を見ることを許された烏丸流刀鞘術の麒麟児。落刃白虎の弟子。絶技持ち。人呼んで――黙刃木偶。つらつらと上げたこれだけでも分かる通り、人類どころか達人としても狛彦は間違いなく上澄みではある。
が、人の社会においては悲しいくらいに弱い。
権力者が“本気”に成れば狛彦を終わらせられる実力の達人を、サイボーグを、或いは超能力者を差し向けることが出来るだけの材料がある。
それ位に土台が脆いのだ。
手に馴染んだ倭刀は未だ返されていない。「――」。それでも錬氣呼法にて二週間以上に渡る車上生活の間に鈍った勁脈に氣血を流し、調息。吐き出した息がその熱さで白く曇り――
「落ち着きなさい、とりまる」
鈴音の一言で、止まる。
「気持ちは分かりますけど――私が居るんですよ?」
くす、と笑いながら振り返る動きに合わせて銀糸の様な髪が靡き、狛彦の視線が思わず奇麗なそれを追う。広がる銀色。それを追えば、視界は嫌でも広くなる。そうすれば足元の絨毯の毛足がやたらと長いことや壁に掛かった絵画にも目が行く。
――良いお値段がしそうだ。
そんなことを思えばその美術品よりも美しく、良いお値段のしそうなお嬢様にピントが合う。
狛彦に荷物を持たせて、手ぶら。
だがそれが当たり前だと言わんばかりの態度。
生まれながらの貴種である鈴音が――
「――あぁ、そう言う」
それで狛彦は肩の力を抜いた。
お嬢様の実家はこの街の持ち主だ。つまり、国が消えた企業社会においては王族の様なモノ。人の群れから離されたのは――
「連絡してたん?」
「してませんよ。でも乗員名簿は見てるでしょう?」
だから私を出迎えるのは当たり前でしょう? くり、とした赤い仔猫の瞳に一切の悪気はなく鈴音。尽くされて当たり前。特別扱いは当然。「……」。相変わらず狛彦にはちょっと良く分からない世界で生きていらっしゃった。
「……俺、お前のそう言うとこちょっと嫌い」
「……」
だから正直に言ったらケツに蹴りが来た。あまり痛くなかったので、お嬢様もあまり良くないことだとは思っているらしいことが分かった。
そう言う変な所で素直で純粋な所はちょっと良いと思う。
「……」
言うと調子に乗るから言わないけど。
狛彦を蹴ってれば大体ご機嫌
とてもせいかくがわるい
久しぶりの更新過ぎたせいで読み返してる人が結構いるっぽい
申し訳ねぇ&ありがてぇ
鱗滝さんと富岡さんが腹を切るので許して下さいm(_ _)m




