積層都市ミナヅキ・裏②
抗争の勝者の姿を下層の星、天井に吊るされた無数のランプが照らす。
不意に吹いた風に髪を靡かせながら、虎花は気持ちよさそうに目を細めた。
怪我もなく、返り血の一つもない奇麗な姿。
とてもでは無いがサイバネヤクザの事務所を一つ潰した後には見えないが、それでも手に握った鉄鞘の倭刀からは拭った程度では消しきれない死臭、血の匂いがしていた。
確かに虎花が命を切り捨てた証拠だ。その証拠に「……」周囲を確認した虎花が、そ、と胸元を引っ張って夜風をソコに入れる。
「――ん」
熱を持った補助脳に風が当たり、思わず声が漏れ出た。
念動力を用いての達人の剣の再現。見ている分には刀が勝手に踊っている様に見えるが、その刀が動く要因は間違いなく虎花だ。
当然、消耗はする。だから――
「……使わされちゃいましたね」
誰にも聞かれない不満を一つ零して右手を開いて閉じる。
まとめ役と思われるボクサーの電脳達人。そのフィニッシュブローを止めた右手だ。
結果としては完勝だ。
それでも無様を晒した。その思いがどうしても胸に残る。使う気はなかった。使わずとも終わらせられる相手だった。身体を使うこと無く勝つはずだったのに――
「未熟、ですね」
それでも声は弾む。
意の法境。一刀如意に至って尚、武は心の如く無量無辺。未だ底は見えず。故に――
「――あはっ!」
未だ。未だ。未だ、未だ、未だ未だ未だ未だ未だ斬れると剣鬼は嗤った。
薄暗い空の下、僅かに差し込むランプの光の中でくるりと回る。
追うように髪が回り、スカートがふわりと浮かぶ。
それは幻想的な光景だった。
下層にあるはずの無い美しさ。
血の匂いが充満した中にあるはずの無いその姿を見て――
「……おねえちゃんが、たすけてくれたの?」
子供が一人、間違えてしまった。
三日前のことだ。
ミナヅキ下層のスラムで暮らしていたミナミはいつもの様に少しだけ奇麗な服を着て、男の人に声をかけた。もう何回もやっていることだ。だからミナミにも姉の何人かが言うそう言う人の見分けが付く様になっていた。
自信なさげに周囲を伺い、その癖少女をぎらついた目でみる男。
上で発散出来ない欲望を下で満たそうと、エレベーターで降りて来た人。
そう言うツアーもあるのに、金をケチったのか、余程後ろめたいのか、使わなかった人だ。
ミナミは見間違えなかった。
だから今回も上手くいった。
その男はミナミを暗がりに連れ込んで――
ミナミのチームの兄弟に頭を割られた。
男の頭は割れた。確かに割れた。ミナミに覆いかぶさろうとしていた男の血走った目が、くるん、と上に回って行って身体が落ちてくる。
頭から流れる血で服が汚れない様に気を付けながら兄弟にどかしてもらってから荷物を漁る。いつも通りに。それでごはんが食べられる。いつものこと。いつものことだったのに――
運悪く千仁会のチンピラにその場を見られた。
「――」
にぃー、とチンピラが笑って、チームの兄弟達は一斉に逃げ出した。暴力。下層で子供が生きていれば嫌でも嗅ぎなれるソレをされる前の匂いが、チンピラの欠けたはから鳴る、ひゅー、と言う間抜けな音に混じっていた。
勿論、ミナミも逃げ出した。
狭い路地だった。倒れた男も障害物になっていたので逃げられるはずだった。だが――
「あぅ!」
妹が、アヤカが転んだ。
見捨てれば良い。見捨てれば良かった。それは間違いなくミナミ達の世界の“ただしいこと”だ。
金が無いなら死んだ方が良い。
だからスラム孤児のミナミ達は全員漏れなく死んだ方が良いんだから――。
だけどミナミはアヤカに駆け寄った。
だからミナミ達は千仁会に捕まった。
だけどこうして騒ぎに乗じてどうにか抜け出して、逃げていたのに――
「ばかっ!」
ミナミが慌ててアヤカの口を塞ぐ。
「あら?」
だけど既に手遅れ。エルフがこちらを向く。「――」。ぞっとする程きれいなエルフだった。眠そうに見える垂れ目と笑みを造る口元が優し気な印象を与えてくる。薄い青の長い髪が少ない下層のランプの光を浴びて、輝いている。
――まるでおとぎ話のお姫様みたい。
アヤカが声をかけてしまったのも分かる。分かるが、それ以上に何で声をかけてしまったの? とも言いたくなる。おかしい。何かがおかしい。優しい笑顔。それを浮かべまま、アヤカに視線を合わせる様にしゃがむエルフ。奇麗なエルフ。お姫様みたいなエルフ。見て。見る程。――こわい。笑顔なのに、怖い。
「――えぇ、そう。そうね。大丈夫。怖い人はもういないよ」
声も優し気だ。それにつられる様にして、アヤカがそちらに向かおうとするのを咄嗟に抱きとめる。そんなミナミの態度に「んー?」とエルフは困った様な表情を浮かべた。
「あなた達だけ? 姉妹なの? 妹さん、可愛いね? お姉さんはしっかり者だね。えらいね。素敵だよ」
「……」
「困ったな。どうしよう。……そうだ! 大豆バー、チョコ味があるけど食べる?」
はい、と差し出される。「――」。警戒――よりも先に喉が鳴ってしまう。ごはん。攫われてから食べていない。「水も。ほら」と言うのと同時、緩んだミナミの手からアヤカがすり抜けて受け取ってしまう。
「美味しい? ほら、お姉さんにも分けてあげて。ね? そう。良い子だね」
撫でられ、嬉しそうに目を細めるアヤメ。そんな妹が手渡して来た大豆バーを齧る。チョコの味。人気があるから滅多に食べれない味。美味しい。
警戒が溶けて、空腹を急に思い出す。追加で差し出された大豆バーをそっと受け取り、食べる。口の中がぱさぱさになった。ペットボトルの蓋を開けて水を飲む。お腹が膨らんで少し落ち着いた。「……」。もしかして――
「おねえちゃん、アヤカたちをたすけにきてくれたの?」
そう。そうだ。もしかしたら兄弟が雇った請負人なのかもしれない。荷物は少ないのに、しっかりと食料を持ってきてくれているし。
「んー? そうだよ、って言ってあげたいんだけど――わたしはね、ここに殺しても良い人が居るって訊いて来ただけなの」
「ころして、いいひと?」
「そう。わたしは達人だからね。だから――あら?」
咄嗟にミナミはアヤカを抱き寄せる。胸に抱く様にして顔を掲げて、エルフを見る。
「どうしたの? もしかして怖かった? だったらごめ――」
「わたし、達は?」
ミナミの言葉にエルフの言葉が止まる。
「わたし達は、どうなんですか?」
聞いてはいけない。それでも聞かなければいけない。そのことを。
「わたし達は『殺して良い人』ですか?」
「――」
そのエルフの表情を見て、ミナミはやっとわかった。
何故自分はこんな奇麗な人の笑顔を見て『こわい』と思ってしまったのかを。
「そう。賢いね――」
エルフは笑っていなかった。
口は笑っていた。だけど目は垂れ目だからそう見えていただけ。笑顔だと勘違いしていただけ。だって――
「賢いし、偉いね。妹を庇って――素敵なお姉さんだ」
エルフは、この時初めて笑ったんだから。




