義侠
人を殺す。人を救う。街を壊す。街を救う。
テロリストと言う者もいる。
救世主だと言う者もいる。
そのどちらでもあり、どちらでもない。
その集団のメンバーに思考の一貫性は無く、主義も主張も共通点は無い。
貧者富豪に、老若男女、人間亜人の種族に、達人、サイボーグ、サイキッカーすらも問わずに集まった百八人の武人集団。彼等がたった一つ抱える思想。行動原理。それこそが――
――武の研鑽。
それだけの共通点を持ち、時には仲間内でも殺し合う者達。それこそが魔剣連合だ。
「……」
噂に聞いたことはあるが、初めて見たな。目的地に向かうトラックの荷台にて、向かい側に座る男を狛彦がそんなことを思いながら見ていると――
「なァ、おい、なァって」
何故か件の魔剣連合の男、八頭蛇刃が話かけてきた。
「あ?」
ンだよテメェー。あまり仲良くなりたい相手でもないので、がるるー、と狛彦。
「お? 返事した? 返事したよな? よっし! 話そうぜ、達人!」
そんな狛彦の態度が気に入ったのか、テンションを上げる八頭蛇刃。
そのままひょい、と立ち上がると、ドン、と音を立てて狛彦の隣に座ってきた。「……」。結果として横にズレることになったお嬢様の怒りが何故か狛彦に向けられているのだから非常に理不尽だ。
「ン? あぁ? 何だ? 恋人同士かお前ら? はは。睨むな睨むなお嬢ちゃん。お前、武芸者じゃなくて戦闘者だろ? 俺とは趣味が合わん。遊んで欲しけりゃもうちょっと可愛げのある性格になれって」
な! と背中をばしばし叩かれる狛彦。「……」。肯定すると後が怖いのでお口はチャックだ。
「その点、お前は良い。良いぞ、坊主。その年齢で良くそこまで仕上がってる! 俺ァ、感動した! 剣使う達人連中の……あー……何てったっけ? 一刀如意、だっけ? もう行ったことあんだろ、お前?」
「……さぁな」
「ン? 機嫌悪いのか? 何でだ?」
「……隣が女子からおっさんに変わって凹まねぇ奴は居ねぇよ」
「はは。言うじゃねぇか。良いぞ。気に入った。……ンん? っか、お前のテックコート、良いな。硬くて柔らかい。どこの? あ? レベルぅ? そらお前、可変サイボーグ連中が大好きなメーカーだろ? 達人のお前が何で着てるんだ? ――あ、待て。理由は言うなよ。当てるから。よっし、当てるぞ――恋人、お嬢ちゃんからのプレゼントだからだろ? あ、違う? 違うの? ほんとに? えー……?」
骨と呼ばれるパーツを埋め込むことで体型に合わせた伸縮ではなく、拡張を可能とした服をメインに扱うメーカー『レベル』。
その特性から八頭蛇刃が言う様に可変式のサイボーグに人気のメーカーだ。狛彦がソコの服を好んで着ているのは、当然、切り札の為だが――
「デザインが気に入ってるんだよ」
馬鹿正直に言う気も無いので、かっけーだろ? ともう一つの理由を言いつつ、見せびらかしておいた。
「あ、何か直ぐ終わりそう……」
車から降りるなり、ミリの言った言葉に視線を上にあげてみれば、白い旗が見えた。
降参。電脳時代でもその旗が意味する所は変わらない。
旧時代の街の名残。コンクリートが朽ち果て、鉄骨が剥き出しになった廃ビルに旗が立っていた。
そしてその廃ビルの前に二メートルほどの大きさの機械人形が一機。
人型――そう言いたいが少し違う。骨格が違う。四足獣と人間の中間だ。獣人。狛彦とは違う種類のソレを模した人型の獣が居た。
長い耳。白いボディと、赤い目。ウサギを模しているのだろう。
『ウサギさんと二〇三八号は降伏をする』
ウサギがそう言うとその背後で金髪の女の子が隠れるのが見えた。「……」。身体に異常はない。溶けていない。爛れていない。弱ってもいない。耐性があるらしい。それは良いが……
子供が下層ですらなく、外に居ると言う事実がどうにも引っ掛かった。
『奪った物は返すし、ウサギさん達は可能な限りの賠償をしようと思う』
ウサギさんと自称するウサギの言葉に嘘は無い様でその周りには差し出す為の物資があった。食料と水。生きる為に必要な物資だ。奪ったであろうトラックの荷台が開いている。そこには薄い毛布が一枚。寝床なのだろう。
そして廃墟には一人と一機しかいない。
それだけだ。
それだけしかない。
それなのにニノマエ警備から五人、外様の請負人三人に魔剣連合?
過剰どころではない。つまり――
「ミリ」
「……ごめん。わたしも物資としか聞いてない」
「――あぁ、そう」
実に有り難い。名前を呼ぶだけで狛彦の聞きたいことを答えてくれた。
つまりそう言うことだ。
食料を取り戻しに来たわけではない。水を取り戻しに来たわけでもない。
こっちの狙いは――
「物資ですよね? さっさと運び込んでしまいましょう、ジル」
誰も動かない中、言うだけ言って、お嬢様が木箱に手を掛ける。水が詰まった三十キロ近い箱だが、そこは達人。細い腕でも苦も無く木箱を持ち上げる。
「? 何をしてるんですか? 貴方達も早く運びなさい」
私一人に運ばせる気ですか? 殺しますよ? とお嬢様。
「あ~」
どう言ったもんかな? 生身の時の名残か、頭を掻きながら四本腕。
「お嬢ちゃ――」
「ベルです。私は私よりも弱い人にその呼び方はして欲しくありません」
「――」
「どうしました?」
「……………………………………………………ベル」
雑魚扱いされた四本腕の重い声を受けて、酷く、軽く、何でもない調子で「はい」と鈴音。
「我々の本命はソレじゃない。本命はそこのソレだ。その為にアンタ等を呼んだんだ。悪いがさっさと取り押さえて――」
「私は物資としか聞いて居ませんので」
だから知るか、と力強く。
「……」
思わず狛彦の口元が緩む。お嬢様、超つえー。超つえーし、超かっけー。
「わたしも物資としか聞いてないので!」
そういうことなので! と力強く言ってミリが木箱に手を掛ける。
「……お前はどうだ、えーと……ジル・ガルニエ?」
四本腕からの問い掛けに「は、」と吐く様に笑う。
「……わりぃね。これでも現代っ子なんでAIにも人権を認める主義なんだよ。んで、人を『物』呼びする趣味も持ってねぇ」
だから俺も荷物だけ運ぶ、と狛彦。
「苦情を入れさせて貰うぞ」
「……だ、そうだぜ、ミリ?」
「こっちも依頼に嘘噛ませたことでクレームを入れさせて貰うからお気になさらずー」
「……だ、そうだ」
戦力として雇ったはずの請負人三人はマニュアル世代なので応用が効かず、物資しか運ばない無能と化してしまった。
「……ちっ、ガキ共が」
「はは。俺がいて良かったな、フォー?」
不幸中の幸いとでも言うべきだろうか? それでも今回は仕事に支障が無かった。
闘争の予感に嗤ってこその魔剣連合。
天巧星の号を与えられた電脳達人は背の太刀の柄に手を掛けながら愉悦を隠さずに一歩を踏んで見せた。
ぺき、と劣化したアスファルトが踏み砕かれる。「……」。良くないな。狛彦はそう思った。あのウサギがどれほど強いかは分からない。これだけの刺客を用意したのだから相当な物なのかもしれない。それでも――女の子を庇いながらでは秒で終わる。しかも場合によっては最悪の形で、だ。
『待て』
それはウサギにも分かっていたらしい。
自分の身体にしがみつく女の子を剥がし、一歩前にでる。
そうしてから手の平を上に向け、甲を地面に付ける。降伏。戦いません。抵抗しません。
『ウサギさんは降伏をする。だから二〇三八号には手を出さないで欲しい』
どうか、とウサギが頭を下げた。
「……」
どうする? とでも言いたげに八頭蛇刃。四本腕が頷くと、酷くつまらなさそうに太刀を抜き放つ。
――蛇。
――まさしく蛇だった。
蛇腹剣。そう呼ばれる剣が生き物の様にウサギに巻き付いた。
「ウサギさんっ!」
女の子が泣きそうな声でそう呼びかけるが、それで終わり。
最大の脅威と思われていた機械人形は女の子の為に自らを差し出した。
「……ウチで引き取れるかボスに聞いてみる。無理でもわたしが何とかする」
「……」
横に並んだミリの言葉に何も返せない。
正しい、間違っている。正義、悪。
言葉はあるが、言葉で割り切れない。
生きる為に奪うことを悪と言い切れる程、狛彦は真っ直ぐに育っていない。それでもこの場では奪った側であるウサギと女の子がどうしたって悪だ。
ハッピーエンドには遠くとも、ウサギが守りたかった最低限は守り切った。
――そのはずだった。
「やれ」
と言う四本腕の言葉にニノマエ警備の一人が女の子に向かい、手を掴む。「いたっ!」と悲鳴が上がる。
『約束が違う!』
「オレは何も言っていない。取引を呑んだ覚えもない。そっちが勘違いしただけだ」
ウサギの言葉に四本腕がそう返す。
部下がそれを聞きながら女の子を持ち上げようとして――その腕が爆ぜた。
剥き出しになる配線。圧し折られる基礎フレーム。痛覚カットにより痛みは脳に届かなかったものの、腕一本分の重さが無くなったことにより全身機械体が倒れた。
その隙を突く様に女の子が駆け出し、それを追う様に残りの全身機械体が動き、それから庇う様に鈴音が女の子の前に出る。
「何の真似だ――」
一気に変わった戦況。それを確認する様に四本腕が周囲を見渡しながら――
「――ジル?」
最後に狛彦に目を止めて問いかける。
「通らねぇ。あぁ、通らねぇだろうがよ、それは」
――鏡月式手裏剣術、第弐式・飛天之砕。
ホロー構造の棒手裏剣に勁を込めることで為される達人独自の投擲技法。
その残心を取りながら狛彦は言う。
「呑んだだろうが、テメェは」
「さっきも言ったが……一言も承諾するとは言っていない」
「そんならそのウサギを放せ。血を流して勝ち取れや」
「これでも管理職でね。スムーズな業務の遂行はオレの仕事だ」
「そうかぃ。それは立派だ。だが派遣社員が納得してねぇ、放せ」
「……話にならんな」
頭を掻く仕草をしながら呆れた様に四本腕。
「金が無いなら――」
「死んだ方が良い?」
「……そうだ。お前も知っての通りそれが世界のルールだ」
「だからって無関係のガキを攫うなや」
「無関係ではないさ。兵器の回収。これも回収対象だ」
「もう一回言う。……ガキだぜ?」
「弱くて、強さを雇う金も無い。それだけだ。――年齢は関係ない」
「あぁ、そうかよ」
ちっ、と鯉口を切る。争いの気配に、四本腕が、全身機械体達が身構え、八頭蛇刃が「へぇ?」と愉悦を音に滲ませた。
一触即発。その空気の中――
「やといます!」
女の子が駆け出し、狛彦にそう言った。
「おかね、ないけど、これで、これをあげるから、ウサギさんをたすけて!」
手には、おにぎりが一つ。
たった一つ。
それを捧げて彼女は言う。助けて、と。自分ではなく、ウサギを助けて、と。
「は、はははっ、ははははははっ!」
それを見て八頭蛇刃は爆笑し「もう良いな?」と四本腕がその手を払った。
「あ!」
女の子の悲しそうな声が落ちる。おにぎりが落ちる。――そして四本腕の足がそれらを蹂躙する。
「これで報酬とやらも無くなった」
おにぎりを踏みつけながら四本腕。
「……」
涙が落ちた。一つ落ちた。それは絶望の涙だった。だから――
「おい、阿保――足退けろや」
狛彦は一歩、前に出た。
「あ?」
「足退けろッつてンだよ、ド阿呆が」
斬線が奔る。
ザリッ、と悲鳴にも似た音が鳴って為すは斬鉄。結果は斬首。一刀一刃一振りで狛彦が四本腕の首を跳ね飛ばした。
噴き出る白い人工血液に塗れながら吹き飛び、逆さまに落ちる機械の頭。理解が出来ないと言いたげに狛彦を見つめていたそのカメラアイから、ふっ、と光が消えた。
そのまま狛彦は四本腕の体を蹴り飛ばし、踏み潰されたおにぎりの、無事だった部分を手に取り口に入れる。
「……」
砂の味。砂の食感。がりがりざりざりと噛んで、嚥下。親指で口元を乱雑に拭って――
「――嬢ちゃん。依頼は『お前とウサギを助ける』で良いな?」
「……たすけて、くれるの?」
「応。任せとけ」
犬歯を剥き出しに。
それでも笑いながら、ぽん、と女の子の頭を撫でた狛彦の腹の中には怒りがあった。
それこそが剣鬼である狛彦が人道を歩める道理。
それこそが義と徳、人道を歩む者に宿る仁義。
それこそが世界ではなく、狛彦が定めた己のルール。
弱きの為に外道に怒るその生き様を――
「その依頼、賜った」
――人は義侠と呼んだ。




