無題。
昨日、私の婚約者が死んだ。
顔は薄布に覆われていつも隠されており、公爵令嬢とはいえ、顔を見せない女など、不気味で王子には相応しくない。そう言われていた彼女だった。
でも僕はたとえ顔は見たことはなくても、声、行動、雰囲気に惚れ、彼女にすべてを尽くすつもりであった。
そう彼女のことを思っていると、訃報が届いた時のことを思い出してしまった。
ーーー
平和、そういうに相応しい日だった。
晴れと言っても、熱すぎるわけでもなく、涼しくてさわやかな風がとても気持ちのいい日のことだった。
「お昼過ぎごろにアリスが来るんだ、早く仕事を終わらせよう」
そう言って、活を入れ、父である国王から後継ぎとしての勉強を兼ねた書類仕事をやっているときだった。
「王子!!大変ですっ!!」
「なんだ、ノックくらいしろ。それに大声を上げるでない、それで何があった」
焦った様子で入ってきた近衛騎士であるロジックに指摘し、何があったのかを問う。
「それがっ!!その…」
「なんだ」
言いよどむロジック、その声は少し震えており、眼から少し、涙が出てきていた。
「公爵令嬢、アリス様が…」
浮かんでいた涙があふれだす、その様子を見て自然と不安が溢れる。
「…アリス様が、何者かに襲われ、亡くなられました」
「……」
理解できなかった。
あのアリスが?婚約者の?間違いではなくて?
様々な思考が入り乱れる。
さすがの情報量に脳は動いていないようだった。
伝い終え、咽び泣くロジック。
彼は元々孤児であり、アリスに拾われ、近衛騎士となった男だ、アリスには恩義がある。
そんなロジックが、例えともに鍛えあい、訓練でともに夜を過ごすこともあり、冗談を言い合うような仲にはなった彼が恩義あるアリスが死んだという訃報を、冗談でもいうとは思えず、現実を知る。
書類が濡れる、自分の顔を触ると涙が流れていたことに気づく。
次の瞬間、17という大人であるにもかかわらず、子供のように泣いていた。
何か言いたくて声を出しているのか、泣き声なのか、自分でもよくわからなかった。
この今、自分に渦巻いているドス黒い感情をさらけ出したくてたまらなくなり、その感情が動力源となり、僕はその事件の調査に取り掛かった。
落ちていたものなどから、どこの賊か洗い出し、雇われてやったのか、どこにやるように言われたのかを拷問して聞いた。
あの時の自分は自分ではなかっただろう。実際、賊の数人はバラバラになっていたり、薬でおかしくなっていたりと鬼畜の所業を受けていた。
数人殺ってから賊の頭首が観念したように、話始めた。
犯人はオトギリ公爵だと分かった。
彼らはすぐさま王家に連行され、即日打ち首となった。
彼らの言い分によるの娘であるレイナの我儘、らしい。対してレイナは親にお金がないから王族にお金をもらうために結婚してほしい、と言われたなど責任の押し付け合いをしており、実に醜かった。
翌日、アリスの葬式があった。
アリスは花でいっぱいになった棺桶に入っていた。
彼女の前に立つ、棺桶は開けられており、一枚の白い布によって顔を覆いかぶされていた。
正直戸惑った
最後に彼女の顔を見てみたい、という思いと
頑なに見せなかったのに、見てもいいのかという今までのアリスの行動に対する思い
遠くからゆっくりと足音が聞こえる、もし、だれか来たら、この棺桶を閉められたら、もう、彼女の顔を知ることは二度とできなくなってしまう。
そう思って、ゆっくりと布を取る。
軽く頬に触れる。
手袋をつけていても感じる冷たさに、アリスの死。が明確になる。
ゆっくりと瞼を開く。
紅い目をしたそれがそこにはあった。
それをみて思う。
赤眼はこの国では蔑視される眼、それを隠したかったのだろう、と
足元が近づいてきたのを察して布を戻す。
「おや、王子、来ていたのですか」
そう言って神官の一人がやってきた。
「あぁ、せめて先に手を合わせたいと思ってね。」
「そうでしたか」
そう話していると大きく一度鐘が鳴った。
「おや、もう九時ですか。そうだ、もしよければ王子、この蓋を閉めるのを手伝ってくれませんか?」
「あぁ、もちろん」
そう言って棺桶の蓋を閉める。
いくつかの有力貴族、庶民ではあるもののアリスが贔屓にしていた商会の代表、国王である父などを迎え、無事に葬式を終えた。
葬式を終えるとアリスの父が来た。
「失礼、王子。もしまだ娘に気があるのなら、是非ともうちに来ませんか?アリスの遺品を整理しようと思うのです。」
「遺品を…、是非やらせていただきます。」
「それはよかった。あの子も喜びますよ」
そう言って去って行った。
そして今日、
「着きましたよ」
という声に意識を戻し、立ち上がる。
「あぁ、それでは、先に戻ってもらっていてもいいからね」
そう言って馬車から降りる。
「ようこそ、娘の部屋は二階の一番左です。」
そう公爵が教えてくれたので、真っ先に向かおうとする、だけど疑問があったので問う。
「公爵夫人はいないのか?」
「……それが、娘の訃報により、元々悪かった体調を崩し、そのまま…」
そう言って手ぬぐいを取り出す。
「申し訳ない、こんなことを聞いてしまい。」
「いえ、大丈夫ですよ、もし持って帰りたいものなどがあったら持って帰ってくれてもかまいません。私は今から妻の葬式に行きますので」
「そうか、こんな時にきてしまい申し訳ない」
そう言って、公爵は去って行く。
屋敷に入り思う。
静かだな。と
メイドや執事はいないのだろうか、こんなこともあったし休暇を取っているのか、と予想する。
そんなことを考えていると、いつの間にかアリスの部屋の前に立っていた。
ドアノブに手をかける。
ガチャ、という音がして扉が開く。
綺麗な部屋だった。
整理整頓されており、汚れ一つ探すほうが難しいほどに清掃の行き届いた部屋だと思う。
寝具に目をやる。
「あれは…」
寝具の所に熊の人形が置いてある。
昔、僕が誕生日の時に渡したものなのではないだろうか。そう思ってみてみるが、流石に違った。
さすがに十年も昔にあげたものを今でも持っているはずがないか。
もう一度周りを見渡す。
机には一冊のノートがあることに気づいた。
ほかに物もないし、見てみるか。
そう思ってノートを開く、それは日記帳だった。
軽く目を通す。
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王国建立357年、お誕生日にニール王子からプレゼントをもらった。
とてもうれしかった。
王国建立360年、学校に通うことになりました。とても楽しみです。
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こういった簡単なものから、長文で書いてあるものもあった。
軽く見ていると
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王国建立366年、自画像を描きました。自分の青と緑の混ざったようで混ざり切れなかった翆碧眼の色はとても複雑で、色を塗るのがとても難しかったけど、何とか完成しました。でも、誰かに見せるのは恥ずかしいので、そのまま、アトリエ室にいておくことにしました。
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翆碧眼?確か彼女の目の色は紅だったはず
自分の知っている彼女の眼とは違う日記の内容に違和感を覚える。
アトリエ室…どこだろうか。
アリスの部屋を出、向かいの部屋に入る。
そこは日があたらないからか暗い部屋だった。
だが暗すぎるわけではない、周りもしっかりと見渡せるほどには明るかった。
「物置だろうか?」
そう、周りを見渡す。
散らばる物を見て、一層にそう思う。
部屋の中央に、布をかけられている何かがあった。
「まさか、ここがアトリエ室なのだろうか」
よく散らばったものを見てみると、それは筆や絵具、パレットなどがあった。
中央に近づき、布を取ってみる。
「これは…」
そこには一人の少女がいた。
「美しい…」
その一言が口から漏れた。
クリーム色の長い髪、ぷっくらと柔らかそうな口元、目元は穏やかで、不思議と心が落ち着いた。
そして次に眼を見た。
その眼は実に鮮やかで引き込まれるほどに美しかった。
そんな眼の色は翆碧眼、翆眼と碧眼が上手に混ざった色だった。
そして思う。
「死んだ女性は誰なんだ…?」
俺は王宮に戻って庶民服に着替える。
「翆碧眼だ、聞けば見つけれるかもしれない。」
そう平民に聞きに回ったり、情報屋を動かす。
そうして港町でそれに似た女性を見つけたという情報を得ることができた。
僕はすぐさま港町に向かう準備をした。
だけど、そこで
「どこへ行くつもりだ?」
現国王である父が呼び止めてきた。
「アリスを迎えに行きます」
馬に乗りながらそう答える。
「ならん、飛んだ無駄足だ。お前は次期国王となるものなのだ、現実を受け入れなさい。」
優しく僕に説く。
でも「いいえ、アリスは決して亡くなってなどおりません。必ず生きています。その情報も得ました。」
「騙されているだけだ」
「いいえ、彼女の眼は実に珍しい、その眼を間違えるものがいるとは思えません」
「眼?ニール、彼女の素顔を知っているのか?」
「えぇ、彼女の自画像を見て知りましたよ。彼女は世も珍しい翆碧眼なのです。それに対し、亡くなったのは紅眼、違います。」
「そうか…だがダメだ。もう彼女は死んだことになっている。彼女の戻るところなどないぞ」
「それでもです。私は彼女を心から愛しています。身分によって愛をあきらめろとゆうのならば、私は身分を捨てる覚悟はできています。」
「そうか…わかった。儂はもう知らん、この後の用事を忘れて馬を走らせていたことなど、儂は見なかったことにしよう」
「ありがとうございます!!」
「早くいけ、儂はお前が彼女を探しに行くことなど知らんのだ」
馬を走らせる、目的地の港町まで。
数時間走らせて、ようやくつく、早さも、持久力も自慢の名馬は息を切らし、苦しそうにしていた。
「ありがとう」
そう言って馬を馬宿にて休ませる。
町民に聞いてみる。
だが情報は一向に得られない。
正直少し諦めかけた、その時、クリーム色の髪をした女性を見つけた。
「ちょっと待ってくれ」
呼びかけに気づいたのか、歩みを止め、後ろを振り返る。
「僕だ。わかるかい?君の婚約者のニールだ。」
「ニール様っ?!」
顔を声も雰囲気も同じ彼女が驚いた声を上げる。
「なぜこんなところに」
「君に…会いたかったから」
立ち話もなんだし、ということで彼女の泊まる部屋に連れられた。
「なぜ、私を追ってきたのですか。こんな醜い私を」
「醜い?」
「はい、私うっすらとしか見えないんです。だからか耳が良くて、周りの人が私になんて言っていたか知っています。」
「それは妬みだよ、僕は君を見にくいと思わないし、とても好きだ」
「好っ…それに私のことを亡き者にしようとするひとはたくさんいました。それは、実の父からも。」
「なに?!」
「父は母以外に恋人を作っていました。それで母が邪魔になって殺したんです。そして瞬間を目撃してしまいました。だけど、父は私を殺せませんでした。外の恋人と作った子を正式に公爵家にするまでは。」
「その娘に君の婚約者という立場を渡そうとしたんだ」
「そうです。そして昨日。私は精霊様に今日、殺されることを教えてもらいました。だから資金と身代わりを作りました。」
「精霊?身代わり?」
「はい、私の目は普通の人より悪いですが、代わりに精霊が見えるんです。それで土の精霊と火の精霊の力を借りて、身代わりを作りました。」
「あれは身代わりだったのか」
「はい、気づかなかったでしょう?」
「あぁ、少し違和感を感じる程度だった。なんせ君の顔を見たことがなかったからね」
「…あっ!なんで私の顔を見たことなかったのに私をアリスだと気づいたのですか」
「君の家に行ったんだ。それで君の日記と自画像を見てね」
「~~ッ……王子のバカぁ」
「まぁ、日記を見たのは悪かったと思っているよ、でも、おかげでまた君に会えた。後悔も反省もしないよ」
「もぅ…」
少し雑談した後、共に王宮に帰った。
翌日、アリスが生きていたことを公表した。
だけど家に帰れるはずはなく、王宮に泊める、いや住むことになった。もう婚約者などではなく、夫婦となったのだ。
そして、殺人罪でアリスの父であるグロウ公爵は身分剥奪、無期懲役で捕まえた。
「ねぇ、アリス。これつけてみて」
「なんですか?これ?」
「こうやってつけるんだ。」
「これは…世界が…鮮明に見えます!」
「作ってみたんだ。眼鏡って言ってね、研究者の使うルーペや顕微鏡をもとに作ってみたんだ。眼鏡つけてる姿もかわいいね」
「んもぅ…」
精霊が見える王妃と天才王子、彼らはこの国をさらに発展させ、世界で一番安全な国、と言われるほどになった。
そして、平和の秘訣は『愛』故だと後世に残した。
読んでいただき、ありがとうございます。
今週の土曜から毎日投稿とはいきませんが連載小説を投稿しようと思います。是非