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88.溺愛王子の後悔



「―…以上が事の顛末です」


王城に戻り、早速父の執務室へと直行した。

スグリ公爵夫人とカスミの接触した旨を父上に報告をすれば、父上は眉間に深く皺を寄せ普段では考えられない険しい表情をする。鼻で大きく息を吐くと「そうか」と重く呟いた。


カスミが聖女だという事は、僕達以外の貴族には周知されていない筈だ。

だが、スグリ公爵夫人の浅はかな行動は、決定的な情報が漏れているという事。或いは―…



「…父上、僕に教えてくれませんか?シレネに何があったのですかッ!」



最初から知っていた、とか。



「ッ7歳のあの時!!父上とシレネは何を話したのですかッ!?」


感情が抑えきることが出来ない、浅はかな事は僕も同じだ…。

諂う貴族連中に嫌気が差して目を背け続け、まるで全てを理解していた気でいた。実際は何も理解していないというのに。



「カルミア。すまんが話すことは出来ない」

「…何故ですか?」


ゆっくりと瞼は閉じられていく父上の様子に身体が緊張する。


「お前はザクロに似ている」


そう言い放つ言葉に息が詰まる。

今までは父上の考えや言葉は大概は理解出来たと自負していたが、それは大きな勘違いであったと突き付けられた気がした。

そして何よりも…ザクロと似ている、それは僕にとってこの上ない屈辱だ。


開かれた父上の目は真っ直ぐと僕を捉えた。


どういう意味ですか。

僕とどこが似ているのですか。

父上は僕をそのように見ていたのですか。


…内側ではそう思うのに、

言葉にして発する事が出来ない。



「…そうですか。僕はまだ信用に足らないという事ですか」


やっとの思いで出せた言葉は、心情とは関係のない言葉だった。


「そうじゃない」


父上は哀愁に満ちた小さな笑みを零した。

その表情を見れば、少し冷静さを取り戻すことが出来た。だからといって父上からの屈辱的な発言は腑に落ちないが。


「…報告は以上ですので、これで失礼します」


父上の言葉を待たずして、僕は部屋から退室をした。



♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢



「カルミア」


自室へ向かう途中で、柔らかな声に呼び止められた。

振り向けば母上が手招きをしており、その部屋は母上が普段から過ごすことが多いサロンだった。手招きされるまま入室をすれば、母上は近くの侍女に茶の用意を頼んでいた。

「…説教ですか?」


大人げないと思いながらも、久しぶりにサロンに招かれた事が不服に感じた。


…僕やイキシアをサロンに招く時は説教をする時。

この頃はめっきりとなくなっていたが。説教を受ける様な事を僕はしていない、全く持って身に覚えがない。


「すーぐ不貞腐れちゃう所は変わらないわね!」


ッッ!?


「…ッ母上!!」


ニコニコと嬉しそうに笑う姿にそれ以上は何も言えない。

母上の考えは未知だ、突拍子もない行動や発言をする母上には一切の油断が出来ない。


「…カルミアはこの国の王になったら何をしたいのかしら?」


聞き覚えのある母上の問いかけに僕は答えた。


「…民を護りたいと思います」

「そうね、さすがカルミアだわ!!」


両手をパチンと音を立てて、笑顔で高揚する母上に疑問を抱く。

その様な事を聞く為だけに呼び止めたのだろうか?、と。



「あらゆる危険から民の笑顔を護り、国の平穏を保つ。これが王の役目でしょう?…王が判断を違えればそれは同時に国の危機を招く事になるわ」



…やはり、母上は抜け目がない。

父上と僕の間でどういう会話を繰り広げていたのか、まるでその場にいたように把握している母上の洞察力は尊敬する。


「…タイサンとザクロ大公の関係は、少し前のカルミアとイキシアにとてもよく似ているわ」


は?


優雅な笑みを向ける母上は、普段と変わらない。

日常会話をする様な振る舞いをしているが、その内容は日常会話とは程遠い。母上が今から僕に話そうとしているのは父上とザクロ野郎の王位継承権争いの話だ。

これまでは聞かされたこともなければ、他の貴族からも聞いたことがなかったし僕自身も其れほど興味はなかった。


「イズダオラ王国の王位継承の順位はよく理解しているわね?」

「…はい、勿論です」


イズダオラ王国の王位継承は王の直系長子が継承権第1位となる。

つまり例え僕とイキシアが双子であろうと僕が重大な過ちを犯さない限りは、優先順位が変わることはない…のだが、僕の昔の行いはそれなりに反感を買っていた。

今思い返せば、溜息をつきたくなるほど恥ずべき行為だ。もっと上手い事立ち回ればよかった、と思う。


「ならタイサンに王位継承したのは、ザクロ大公が後ろ盾をしたから、とだけ言えば理解出来るかしら?」


ドクンッ

心臓が大きく鼓動した。


先代国王は僕が生まれる前には既に亡くなっていおり肖像画でしか見た事がなかった。もし、何事もなければザクロが王位を継承されていた。

だが、実際に継承されたのは、父上の方だ。

僕がイキシアが国王に相応しいと思うと同様に、ザクロも父上が国王に相応しいと思ったのだろうか。

あのザクロがまさか、そんな考えを持っていたとでも?


言葉とは裏腹に母上の柔らかい表情は変わらない。

コンコンと扉を叩かれる音に母上は「どうぞー」と明るい声色だった。侍女が茶を用意してくれてカップに注がれると淹れたての香りに少し心が和らいだ。

侍女が退室するのを見届ければ、母上に視線を戻す。


「…幼い時はイキシアに王位継承されるべきだと考えていました、今でもイキシアは王の器があると思っております…只、あの頃とは状況が変わりました」

「カルミア…」



―『前の私は…父上の人形でしたので』

―『聖教会の神官、サフランはカスミが覚醒した属性が何なのかを理解している』


「…僕とザクロ大公は”全く”似ていません」


用意された茶を口に含む。


「そうね…可愛いシレネちゃんがいるものね!」

「…はい」


護りたい。


なのに、僕には力がない。

唯一あるのは、王子の権力だけ…。



「…ぁ…よ…せい」

「?…ごめんなさい、よく聞こえなかったわ。今何て言ったのかしら」


「…いえ、何も言っていません」


どうやら無意識に声に出してしまったらしい。

口を手で覆い、母上から目線を逸らした。


過去の行いは、今となっては心残りとなっていた。

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