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86.チャンインカフスの丘



「やあッ!」


ヒュンッ!と鞭の振るう音は日に日に増していくのを感じる。

最初こそは木を傷付ける事さえ叶わなかったが、今ではジファストの森よりも凶暴な魔物が生息しているチャインカフスの丘でもわたしの攻撃は通る様になっていた。

わたし自身の成長は、確かに感じていた。


目に分かる個人情報(パーソナリス)では、チャインカフスの丘の依頼を熟すようになってからレベルが上がり、18になっていた。


「カスミ様!!素晴らしいですわ!」


コデマリ様は両手を重ね合わせて、笑顔で燥いでいる。

完璧なご令嬢の気が抜けた一面は、私の目から見てもとても可愛らしい、無邪気な一面で頬は綻んでしまう。


「ッ!さ、すがッッ…ですね!!!」


炎を纏い剣を振るうアキレアさんは、ガルグイユという魔物を何匹も地に落としている…倒しながら褒めてくれなくてもいいのに。

…最初はジファストの森と同じでここも怖かった。


それでも!!

今のわたしは、魔物を恐れずに立ち向かえてるッ!!


確かな事実は自信に変わっていく。

まだ、アキレアさんのように1人では、ここの魔物を倒すことは叶わないけど、皆さんと協力していけば苦戦する事もなく倒せる。

…ほとんどはアキレアさんとアスターさんのおかげでもあるけど。



「カスミ様、魔物がいる場で油断は大敵ですよ?」



グィギャア”アァァと後ろから雄叫びが上がり、慌てて振り返る!



ドサッと音を立てて地に落ちるガルグイユの喉には、ナイフが1本突き刺さっており、痙攣を起こしながら藻掻いている。

気付かなかった…きっとわたしを狙っていたのでしょう。アスターさんが気付いてくれなければ…そこまで考えればぞわり、と悪寒が走った。

「ありがとうございます、アスターさん」


「いえ」と微笑むアスターさんは、とてもすごい。

短剣とナイフを器用に扱い、状況を見極めて使い分けていた。その上、魔法力が優秀で…どこからどう見ても抜け目のない。

それなのにアスターさんは、シレネ様の正式の従者じゃないと言った…それだけ公爵家の従者は厳しいの?国王様にも認められているのに?


「…何故、シレネ様はアスターさんを従者にしないのでしょうか…」



無意識下で、口走ってしまった。


気付いた時には既に遅く、アスターさんの耳にも届いてしまったようで目を見開いて、わたしの方へ顔を向けた。


「…戦闘続きでお疲れでしょう。丁度いい頃合ですから休息をしましょうか」


そう言うとアスターさんは、近くにいたコデマリ様に声を掛けて一言伝えると、わたしの肩に手を添えて別の場所へと促した。



♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢




「この辺りは魔物の気配がしませんので、ここで少々休息しましょうか」


ハンカチを取り出し地面に敷くと、手で”どうぞ”と誘導してくれる。

当然のように行う身のこなしに照れてしまう…貴族の世界ではそういうものなのでしょうか。平民のわたしには慣れない。

恐る恐る腰を降ろすと、隣に腰を降ろすアスターさんに不思議ととても緊張した。


「カスミ様はお嬢が怖いですか?」


…え?

顔を向ければ、複雑に笑みを浮かべていた。


とても直球な質問に言葉が出ない、アスターさんの主人でもあるシレネ様へ”怖い”なんて冒涜した様にも聞こえてしまう…ただ、正直に言えば怖い、というよりは”不気味”という方がしっくりくる。

言い淀むわたしに察したのか、アスターさんはゆっくりと言葉を続けた。


「…この場所でお嬢と出会ったのです」


懐かしそうに語り始める話は、全てが決して明るい話ではない、そう考えるのには十分だった。



「10歳の時にオレは、住処を奪われ、仲間を失いました…元はオレ、貧困層出身の野盗だったのですよ。日常を突然奪われ、逃げて逃げて逃げた先に辿り着いたのがこの場所で…ここでも魔物に追われました。そして殺される!…そう、思った時にお嬢は颯爽とオレの前に現れました」



住処を奪われた?魔物に襲われた?貧困層出身?

止めどめなく浮かんでくる疑問は、頭の中でグルグルと回る。ただ、その中でも記憶にあるのは…8年前に街中に広まった”野盗一掃”の知らせ。

辻褄が合うその事件に、顔中から血の気がサアァ…と引いていく。


もし、そうなのであれば…野盗は騎士の手によって”全員”一掃された…。


アスターさんの言う”仲間”というのは…それなのに、


「お嬢はオレの命の恩人なのですよ」



語るアスターさんの顔は悲しみに染まる所か、少し誇らしげに語っていた。


…なんで?

誰が聞いても辛いと思う話なのに、話の内容とアスターさんの表情はまるで違う。


「…わたしは、正直にお話すれば、シレネ様がよく分からないです」


気品溢れ、細かな動作は指先まで錬磨されていて人柄も見目もご令嬢なのに、ご令嬢とは思えない技量を持っている。魔物を見ても表情を微塵にも変えない。



「それはオレも同じです。お嬢の考えている事はわかりません…ですが、1つ言えるのはお嬢は誰よりも人間らしく、欲に忠実て事ですね。そして、その欲の為に努力してる方です。だからこそお嬢の傍で支えたいと思ってます」


強い瞳の奥に見える意思は、アスターさんがどれ程シレネ様を慕っているのかが分かってしまう。

…それなのに正式な従者じゃないの?

考えれば考える程、分からなくなる。話を聞けば胸が締め付けられ、ズキリと痛む。


「カスミ様」


アスターさんの声でハッと意識が戻ってきた。



「これ以上は、オレとお嬢の事なので立ち入らないでください」



はっきりと告げられたその一言に、瞼が限界まで開かれた。



そして…1つだけ分かった。



アスターさんが妖艶な雰囲気を纏いながら笑みを浮かべる時は、感情が抑えられない時、なのだと。

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