8.いざ、王城へ
―………前世の記憶が舞い降りてきてから、早1年の月日が流れた。
6歳だった私は、7歳になった。誕生日は屋敷内でひっそりと行われ、両親からはおめでとう等の祝いも何もなかった。
ただ、そのかわり皆が盛大に祝ってくれてとても楽しい誕生日を迎えることが出来た。
7歳………ルリから誕生日を迎える少し前に毎年、双子王子の誕生会に私は招待されており、その時だけは両親と共に王城へ赴くのだと聞かされた。
それは今年も例外でなく、父上からの通達があった。
「………やはり、今年もありましたか」
いつも元気なガーベラからは信じられないほど暗く呟くような声だった。
ガーベラだけじゃない、コルチカも普段の明るさは微塵にも感じないほど暗かった。
フランネにいつもの穏やかさはなく、その表情は不安で顔を曇らせている。
かくいう私も不安はあった、いくら今は子供とはいえ、将来私を殺しに来る人たちと対面することになるし、ゲームのシナリオ通りなら私は、双子王子のどちらかと婚約を結ぶことになる。
「皆さんがそのような暗い顔をしていたらシレネ様もご不安に感じてしまうよ?旦那様からは可愛らしい素敵なドレスを頂いたのですから、ね」
陰湿な空気が漂っていたが、タツナミの明るい口調に、侍女たちは小さな笑みを浮かべ頷いた。
「お嬢様、誕生会は今日から3日後に開かれます。例年通り旦那様と奥様がこの屋敷に迎えにきますので、当日は早朝から準備に取り掛かります」
「………わかったわ」
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
「お、お嬢様!本当によろしいのですか!?」
誕生会当日の朝、ルリの言った通り早い時間から準備に取り掛かった。
7歳の子供でもまさかコルセットを巻くなんて思いもしなかったわ…
数々の漫画であったコルセットに苦しむ姿を見てきたがまさにそのままの通り!
ぐええぇぇと、とんでもない声を上げてしまったが、怒られはしなかった。
可愛らしいドレスを身に纏い、ご令嬢らしい姿になっていく自分に感動した。
私の肌は白くて、決して血色がいいとは思えない顔色は、化粧によって化けた。
人形のような顔に生気が満ち溢れていて、少し前のシレネのことを思うと感慨深いものがあった。
そして、最後にストレートの髪をまとめ上げ、可愛らしいお花の髪飾りを付ければ完成、というところで私は止めた。
「ええ、髪はこのままでいいわ」
だって、髪形をきれいに保つことなんて出来ないわ………。
前世では、髪の毛は邪魔だと無頓着だったのに綺麗に仕上げられた上に。
髪飾りまで付けたらくすぐったくて取り外す自信がある………
それに私はこのサラサラの髪が気に入ってる。
まとめ上げちゃったらこの素晴らしい髪質がわからないじゃないっ!
「ガーベラ、お嬢様の希望だしそうしましょ?ね?」
「……はぁい」
「ごめんね、ガーベラ。綺麗に仕立て上げようとしてくれてたのに」
「いえいえ!お嬢様はいつでも綺麗で可愛くて美しいですから!」
「!……ふふっ。ありがとう、ガーベラ」
淑女マナーで習った通り、口元に手を添えて笑った。
フランネに教わったマナーや動作は今や当たり前のように染みついた。
少し前まで強く意識しなければ出来なかった優雅な動作は、自然に出来るようになった。
シレネが、まさに”公爵令嬢”に相応しい立ち振る舞い方を身に着けていた。
コンコン
「ルリでございます。旦那様と奥様が到着されました」
「今、行きます」
扉を出ると、ルリだけじゃなくタツナミとコルチカもいた。
「これはこれは。とてもお美しいです、シレネ様」
「おお~…!いつもは可愛いですけど、今のお嬢様はすっごく綺麗です!!」
「あ、ありがとっ!タツナミ、コルチカ」
カアアァァっと顔が一気に熱を帯びて熱くなる。
いつも可愛いとかきれいと褒めてくれるけども、それは子供に対しての口調だった、けれども今はまるで”女性”を誉める言い方に気恥ずかしくなってしまった。
「………お嬢様、それでは参りましょう」
ルリが歩き出し、私もそれについていく。
フランネ、ガーベラ、タツナミ、コルチカも後ろについてきてくれて少し嬉しい。
「それでは、お嬢様。今からわたしが笑顔のまま何を思っているか、当ててください」
こんな時にでもいつものように出題してくるルリに少し驚いたが、今や日常の一つになっているそれにシレネも他の者たちにも慣れていた。
「んー…ガーベラが寝坊でもした?」
「正解です。それではこれは」
「コルチカがまた変なことを言ってイラついた」
「正解です。では、次」
「んん?あ、フランネの紅茶が美味しかった」
「正解です、では、最後に」
「んん~…タツナミに、怒られた?とか?」
「………正解です」
おお!!初めての全問正解!!後ろの約2名は、落ち込んでいるけど。
「お嬢様、それではお気をつけて」
玄関の扉を開けて、初めて私は屋敷の外から出る。
「「「「「行ってらっしゃいませ、お嬢様」」」」」
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
「ルリ、わたくしがルリに怒ったことなどあったかな?」
「タツナミさん………」
お嬢様を見送った後、全員が少しの間はその場に留まった。
其々の持ち場へと散り始め、わたしもいつもの仕事を始めようとした。
そんな時にタツナミさんに呼び止められた。
「…タツナミさんが怒ったところは見たことありません。怖いんです、お嬢様のあの笑顔がまたなくなってお帰りになるのではないかとっ!」
本当は、最後にわたしが思っていたのは、
シレネ様を見送らなければならない哀しさだった。
「大丈夫だよ、ルリ。その為に君は頑張ってきたのだから、それにシレネ様もルリの気持ちを充分理解してくれてるよ」
「………はい」
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
馬車ってこんな感じなんだー…
少し揺れる馬車の中で私は呑気なことを考えていた。
一応、目の前には今世の両親がいるが、1年ぶりに会う私に対して「今回も大人しく笑っておけ」と言ってきた。
母上に関しては最初から私はいないような振る舞いをしてきてむかついたから、無視することにした。
………こんなにも可愛くて美しい娘を見て何も思わないのか!
なんて、言いたくもあるが心に止めておいた。
屋敷の中の世界しか見てこなかったけど、外はこんな感じだったのか。
前世の日本とは全く違う風景に、外国にでもきたような感覚だった。
馬車が通っている道は真っ直ぐ平坦になっているが、目を横に向ければ、階段や坂がありそれに沿って家が建っている。その光景は前世でネットの写真でみたヨーロッパの街並みと似てる。
確か、ファンタジーの世界観は、ヨーロッパの街並みを参考にするのは鉄板だったよね~………セカシュウでは、お城か、学園内か、森か、ダンジョンのフィールドだったから知らなかった。
本当、素敵な世界だな~。
なんて、呑気なことを考えているといつの間にか町並みから外れ、木々の中を通り抜けた先に大きなお城が見えた。
遠くからでも充分に見えていたが近くまでくるとその大きさと建物から不思議と威厳を肌で感じた。
とうとう……きたのね、イズダオラ王国の王城へ。