80.内気少女は2年目
学園入学をしてから2年目に突入しようとしていた。
学園生活が変わることは、変わることなく皆さんと過ごしていたが、毒入りお菓子の件があってからはコデマリ様を中心に更に行動を共にすることになっていた。
「カスミ様、お忘れ物はございませんか?」
「はい!アスターさん!」
それは、学園が終了してから教会に帰る時も。
年下の平民相手にもアスターさんはとても丁寧に接してくれて、いつも何も言わずにわたしの鞄を持ってくれる。こんなわたしを”女性”として扱ってくれて恐れ多いのだけど…
『女性が隣にいるのに失礼極まりない行為をさせないでください』
そう言われて何も言えなくなってしまった。
シレネ様の従者をしているアスターさんは、姿勢から歩く動作、指先1つまでも研磨されて正直、同じ平民には見えない。
それに加えて、妖艶さを感じてしまう容姿に女性へ丁寧に接してくれると…隣に歩くだけで心臓が破裂しそうになる…ッ!
「はぁ…本当はわたくしも送迎をしたいのに」
ぷくぅと頬を膨らますコデマリ様の可愛い仕草に思わず笑ってしまう。
そう、朝の登校時はアキレアさん、帰りはアスターさんと一緒にいる事になっていた。学園で暮らしている上に伯爵令嬢のコデマリ様、公爵令嬢のシレネ様、そしてこの国の王子カルミア様とイキシア様達は必然的に送迎する事は不可能だった。
なので、アキレアさんとアスターさんが交代でわたしの送迎をしてくれる事になった。
学園終わりにアキレアさんはお父様と稽古があるので、朝に迎えに来てくれてアスターさんは逆に、朝はシレネ様のお世話が色々とあるらしい…”お世話”を強めに言っていたのでもしかしたら寝相が悪いのかも。
最初こそ、シレネ様に送迎の事を提案された時は恐縮すぎて断っていたけれど実体験とコデマリ様のお話を聞いていた事もあり、従う事にした。
「…じゃあ、シレネ。僕達も行こうか」
「そうですわね、皆様お先に失礼します」
シレネ様は優雅にお辞儀をしてカルミア様にエスコートを受ける。立ち去る2人の後ろ姿に感嘆してしまう。
煌びやかな王子の隣に優雅な公爵家令嬢…とてもお似合いでまるで本の中に出てくる王子とお姫様だ。あ、実際にそうだった…。
「それでは、オレ達も出発しましょうか」
その妖艶な笑みに顔の熱が急上昇してしまった…。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
「…もうすぐで2年生となりますね。辛い事はないですか?」
色々あった学園生活。
わたしの人生はこの学園で大きく変わった。
入学当初から始まった王子達との出会い、魔物討伐依頼を受けてレベル上げ、鞭を習い、毒入りのお菓子。
そして聖女教育で本来は直接関われない雲の上の方々と接点を持った。
今もこうやって送迎してくれるアキレアさんは王子とは昔馴染みで、アスターさんは公爵家令嬢の従者だ。
…今じゃ、とても楽しい。
こうやって関われた事で分かった事がたくさんあった。
「はい…むしろ今はとても楽しいです」
イキシア様は、誰に対してもとても優しくて親身に話を聞いてくれるお兄さんみたいな方。
カルミア様は、怖いと感じる事も多々あるけど、でもどれも的確だ。
コデマリ様は、貴族令嬢らしくない部分もあってお姉さんみたいな方。
アキレアさんは、逞しく剣を持ってとても強くて、真っ直ぐな心を持っている。
アスターさんは、誰にも公平に接し、何事も卒なく熟してしまう。
そしてシレネ様は―…
―『シレネ公爵令嬢には十分注意しなさい』
「…アスターさんはどうしてシレネ様の従者になったのですか?」
わたしの質問に目を丸くして驚くアスターさんにしてはいけない質問だった、と思う。
複雑そうな顔に変わり何かを考え出す姿に「ごめんなさい!」とつい謝ってしまうが、アスターさんは手を左右に振った。
「いえ、そうではありません。オレは…実はお嬢の正式な従者ではないのですよ」
……え?
どういうこと、と聞きたくなるがとても悲し気に笑うアスターさんにそれ以上は踏み込んでほしくない、という意思表示に感じた。
前にカルミア様が言っていた『そこに送られればよかった』という言葉。
シレネ様がよく分からない。
「…アスターさんは他になりたいものがあるのですか?」
もしかしたら、別の何かなりたいだけなのかもしれない。
そんな簡単な事ではない、という事は分かっているけど…サフラン神官様が思うシレネ様とわたしがこれまでに見てきたシレネ様は、どちらが本当なのでしょうか?
「オレがなりたいものなんて…1つしかありません」
憂いを帯びた目の奥にある瞳には強い意志が感じられた。
大きな気掛かりを残した1年は終了し、2年目に入ろうとしていた。




