69.内気少女は臆する
私は学園に来て2つ程気付いたことがある。
ザシュッ!
「ハアァッ!」
ズシュッ!
1つ目はどうやら私が個人情報を唱えれば私自身だけではなく、他人の情報を見ることが可能だという事だ。
ただ、どうやら見れる対象はゲームの主要キャラのみに限定されているようだった。
実際に師匠と特訓後に毎回レベル確認をしていたのだが師匠のレベルは見ることは出来なかった、よく考えればアスターと特訓している時に何故気付かなかったのだろう。
「アキレア様!伏せてくださいませッ」
ヒュン…ドスッッ!!
そしてもう1つ気付いたことは…アスターがゲームよりもレベルが強くなっていると同様に知らぬうちにアキレアとコデマリもレベルがゲームよりも強い事だ。
アキレアとコデマリは学園で仲間に加わるのだが開始レベルは5。
今の2人のレベルはコデマリが7、アキレアはなんと15だ。
…あれ?おかしいな。
「す、すごいです…コデマリ様もアキレア様も」
「まあ…アキレアに関しては父が騎士団長だからね。最近は稽古を受けているようだしこの辺で修行もしてるんじゃないかな」
イキシアの言葉に納得がいく。
確かにゲームではグロリオ団長は殉死していたが現実世界では健在しており屈強騎士達を率いて訓練している。
例の犯人はディアスだった魔物襲撃事件で変わったアキレアはタツナミに稽古を受け、身体の基礎作りを熟し今ではグロリオ団長の稽古を受けているのであればレベルが高いのは納得する。
『いまボクで失礼なこと考えていなかったー?』
『私の心情を覗かないでくださる?』
そう、もう1つ気付いたというよりも変化があった。
使い魔のディアスとは呼ばなくても脳内?で会話が出来るようになっていたのだ。ある日突然に頭の中で声がして驚嘆したがディアスから『使い魔の能力を見縊り過ぎじゃない?』と言われてとても腹が立った。
ただこのおかげで私は人目を気にせずにディアスに色々頼めると思えば好都合だ。
『ねぇやっぱり何か企んでいるよね。もう面倒ごとはやめてよね、まだ休暇期間残ってるんだから』
…文句が激しいけども。
「は、初めて魔物を見ました…」
ここはジファストの森。
学園の授業の一環で実際に魔物と戦闘する言わば校外学習だ。
マージカラ学園は総合学術機関であり魔法学を目指す者、騎士を目指す者だけじゃなく医学、薬学、錬金学等其々が目指したい者が多くいる。
それに合わせて様々な分野を扱い基本となる学術を学ぶ場所である。
魔物、というのが如何ほど危険な存在なのかを知る為にも平民、貴族関係なくこの校外学習は実施される。
そしてゲームのシナリオ通りカスミにとっては始まりの森であり私を除けば今この場にいる人達は全員パーティーメンバーだ。
アスター以外のカルミア、イキシア、アキレア、コデマリはこの時に仲間に加わったのだ。
ただ、ゲームでは『恐ろしい…です』等と会話シーンでは怖がっていたがいざ戦闘画面になればえい!という掛け声と一緒にバンバン敵を攻撃していたのに対し現実では後ろに下がっている。
…さて、どうしようか。
現に目の前ではアキレアとコデマリがゴブリンとスライムの死骸の山を形成中だ。
弓使いのコデマリは百発百中で脳天にズドン、と容赦なく命中しアキレアは火を剣に付与させてゴブリンを一掃している。
どうやら現実ではゲームの様に”業火炎斬り”等と物理攻撃には技名はないみたいだ。正直ゲームでは技名を叫びながら攻撃していたのでそういうものだと思った。
コデマリは風属性保持者でよく見れば風の生活魔法で矢の矛先を操作しており威力が増していた、元々魔法と物理のバランスタイプだった彼女は見た目に反して容赦のない攻撃をするのでプレイヤーからは『怒らせたら1番やばい』と恐れられていた。
ただ攻撃特化の彼女は防御面が弱い上にHPが高くなかったので残念ながらパーティーには入れていなかった。
ズドドドンッ!
「…ゴブリンを3体射貫く令嬢…」
ぼそり、とカルミアの呟きは明らかに引いていた。
私も引いていたし現実で見ると確かに怒らせると1番やばい、どこで射貫かれるのか分からない。
「コデマリ…いつから弓を練習してたんだ?」
「いやですわ、イキシア様。11歳のころからですわ!ご存じでしょう?」
「いや知らないよ。何故令嬢のコデマリが弓を?」
「決まってるではありませんか!あの御方の隣で共に戦うためですわ」
両手を口元に当てて恥ずかしそうに頬を染め上げる姿は恋する令嬢だ。
『よかったわね、ディアス』
『………は?』
ただ、コデマリとイキシアが婚約関係ではない理由がこれだった、と理解出来た。
確かにゲームでもコデマリはイキシア又はカルミアと恋仲、というよりも気の許せる友人、という方がしっくりくる。
…だからシレネに対してはとても敵対心を持たれてたのだけども。
ボオアアァァアア…
「うわ、まずいっ!イキシアー!!」
奥で発生した火事にイキシアは慌てて水属性の魔法で消火にかかる。
「ばっ!!気をつけなよ」
「…すまない」
…情熱が過激すぎて燃えたのかしら。
火属性持ちのアキレアは物理攻撃と防御に特化していた。呪文は不得意なので魔法攻撃と防御は他キャラと比べると乏しいがその代わり物理攻撃は高火力だ。
アキレアは物理攻撃に火を付与する技を使っており特に”獅子・円陣爆破”という技はとてもお気に入りだった…。
お気に入りキャラだったのでパーティーに必ず入れていたが、ゲーム終盤では闇属性が多く出現すると魔法はあまり効かなくなるに対しアキレアは物理特化なので序盤から終盤まで大いに活躍をしてくれた。
「…シレネは大人しくしててよ?」
まるで獰猛な魔物を鎮める様に私に言う。レディに対してとても失礼だ。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
何故、この方たちは平気なの?
「どうかされました?カスミ様」
何故か喜々な表情をしているコデマリ様は普段の穏やかなご令嬢とは別人のように思える。スライムやゴブリンは本の中で知ってはいたし絵を見たこともある。
こんな恐ろしい魔物が実在してるなんてと恐ろしく思っていた。
「とても…恐ろしいです」
教会では魔物に襲われた怪我が原因で身体に影響を及ぼしていた方も来ていた。
ここの森は学生のわたし達が立ち入れるほど危険はない森だとしても怪我をする方だっているはずなのに皆さんは平然として魔物に立ち向かっていた。
わたしはここの魔物よりも恐ろしい魔王へ立ち向かわなければならないの?
「ご安心ください、カスミ様。わたくしがお傍にいますから」
弓を放つコデマリ様は見目に反してとても凛々しくて思わず見惚れてしまった。
伯爵令嬢なのに弓を鍛錬し、か細い腕からは信じられない程強い矢を放ち魔物を打ち倒していた。きっととても努力を積み重ねられたのでしょう…首元は白い肌なのに対し露出された腕や足は小麦色に焼けており綺麗な手はよく見れば皮がむけている。
「わたくしだけではありません。シレネ様もついておりますわ」
穏やかな微笑みを見ればホッと安堵する。
…シレネ様には失礼だけれどもあの方は少し怖い、優しい方だというのはわかるのに何故か恐怖に駆られる。
魔法も勉学も優秀で見目麗しい御方で皆に慕われているのに…。
「コデマリ様、カスミ様?どうかされましたか?」
「シレネ様。カスミ様は魔物が恐ろしいみたいで…」
心配そうな顔を向けられて思わず俯いてしまう。
王族や貴族だからといってわたしとは3つしか歳は変わらない、ルコー姉よりも年下な方々なのに凛とした佇まいを感じる。
生きる世界も存在もわたしとは雲泥の差を痛感してしまう。
…なぜわたしが光属性を覚醒したのだろう。
「いい方法がございますわ」
今思い付いたのかシレネ様は人差し指を立てた。
「慣れるまで逃げ続ければ良いのです。逃げ回っているうちに魔物にも慣れますわ」
…逃げ続ける?
よく意味が分からないまま唖然としているとシレネ様は優しく微笑み「見本を見せますわ」と言って魔物の群れの中に向かって歩いていく。
「シレネ様、武器も持たずに危険ですわッ!」
「大丈夫です。コデマリ様は手を出さない様にお願いしますね」
「シレネ様ッ!!危ないです!」
思わず叫んでしまう。
5匹のゴブリンがシレネ様に襲い掛かろうとしていたからッ!
…え?
「魔物を見ずに…避けましたわ」
確かにシレネ様はわたし達の方へ身体ごと向けていた。
真後ろから突如シレネ様に襲い掛かったゴブリンを見てわたしは叫んでしまったのにシレネ様は笑みを崩すことなくまるで分っていたかのように避けた。
それどころか5匹のゴブリンが絶え間なくシレネ様に攻撃を仕掛けられているのに…その場からほとんど動かずに避けていた。
「おおッ!!シレネ様、自分も参考にします!!」
いつの間にか後ろにいたアキレア様は目を輝かせて眺めていた。
「助けないのですか!?」
ついアキレア様にそう言ってしまった。公爵令嬢がゴブリンに襲われている光景にコデマリ様以外焦るどころか冷静に眺めている。
カルミア様とイキシア様はどこか呆れている様子だった。
「んん?いや、シレネ様は強いんで。自分の先生っすから」
ドカッッバキッ…!!
殴打音が聞こえまさか、と思いシレネ様の方へ顔を向ければ…ゴブリンは倒れていた。
最後の1匹もシレネ様が蹴り上げてドサッと倒れて動かなくなった。
「…すごい」
気付けばそう呟いていた。
白い髪が舞うように広がる様はまるで花びらが舞ったように錯覚してしまう。
蹴り上げる、なんてとても物騒なのに何故かとても優雅に感じる…。汗1つかいていない白い肌にか細い身体からはゴブリンを気絶させる程の力があるとは到底思えない。
それでもわたしの目にはシレネ様の足の動きが全く見えず機敏な動きとしか認識出来なかった。
「カスミ様もこれを繰り返せばその内に慣れますわ。ご安心ください、私達がついておりますのでカスミ様には擦り傷1つ負わせません」
とてもお美しい見目なのにとても恐ろしい事を仰られていた。




