67.元人形の唐栗
昨日の出来事があった今日。
本格的に始まった学園生活は初日から教室に不穏な空気が流れていた。特に後ろにいる2名からはバリバリと電撃が流れているように見えた。
明らかにあの後王城で喧嘩をしたのだろう。
例え大人びており年齢相応に見えなかったカルミアとイキシアだが今の光景を見ていればああ、15歳の少年だと思える。
「―…で、あるから」
今は魔法学の授業をしている。
既にゲーム知識とガーベラ先生の手腕により知っている事だったので正直聞いていない。頭の中では私自身のことで精一杯だが不和が生じてしまった今は目先の解決が今後に大きく影響するだろう。
主人公であるカスミにとって攻略対象者達間の罅割れ打撃が大きい…カスミとの信頼関係を築く前に起きてしまった不和の解決に頭を捻る。
…ああ、頭が痛い。
元々4人しかいないこの教室では身長の低い女性陣が前の席、そして後ろに王子2人が座っている。私の後ろにカルミア、カスミの後ろにイキシアという席順になっていた。
なのでカルミアの不機嫌真っ黒覇気を一身に受ける為、この授業はとても息苦しいのだ。やめて頂きたい。
「―…それでは実際に生活魔法を実施してみましょう」
教師に言葉で私は何属性の魔法を出そうか迷う。
昔、騎士団魔法士団極秘視察以来、カルミアは私が積極的に4属性を公表することは快く思っていない。まあ、2属性持ちで優秀なのにその上の4属性持ちがいることが気に入らないのだろう。
「せい、かつ魔法…」
!!
小さく呟く声が聞こえた。
隣にいる私でも僅かに聞こえた程の声量であれば後ろには聞こえていないだろう。
「では、実施をお願いします」
カルミアは風属性で起こした小さな風は私の髪が靡いた。
イキシアは水鉄砲ほどの水量を教室の天井に目掛けて2発放った。カルミアは風属性、イキシアは水属性に応じた生活魔法を放った。
隣にいるカスミは顔を俯かせて心なしか震えている様に見えた。
「カスミ様…如何なさいましたか?体調が優れないのですか?」
「い、いえッ!だい、大丈夫です…」
目線だけを私にチラリと向けたがすぐに下に向いてしまった。
自身の両手を重ね合わせしきりに動かす姿を見て理解した、魔法力を割と最近に自覚したカスミはそもそも魔法力の感覚が掴めていないのだと。
確かに魔法力を理解していない幼い時に魔法力保持の自覚をし年齢と共に感覚を掴んでいくものだ、私もゲームの知識とガーベラから魔法学の知識を教わってから属性を自覚した上でこっそりと練習していたのだから。
…光属性は他属性とは違い気付きにくい。私も闇属性しか持っていなければ感覚を掴めなかったと思う。
カスミの両手に私の手でそっと触れた。
ビクッと肩を上下に痙攣したカスミは驚いた拍子に顔を上げた。
「焦らなくていいわ、魔法は消えないものよ。ゆっくり感覚を掴んでいきましょう?」
私がそう言うと開いていた口がギュッと噛み締めたままこくりと僅かに頷いてくれた。
密かにホッと胸を撫で下ろした、拒絶されてしまったらどうしようと不安に思っていたから…。
「私が見本を見せるわ。といっても魔法力は目に見えるものではないから結局はカスミ様の感覚になってしまうのだけれど」
カスミの手に重ねていないもう片手で小さい炎を出した。
「いいですか?この火は微弱な魔法力なのでこれ程の大きさですが放出量を増やせば―…」
ボオオォオオォ…!!
小さな火は忽ち火炎放射並みの火力へと変化した。
「―…このように強まりますわ」
危ないのですぐに火は消した。
目をぱちぱちさせて驚いている様子に今までも間近で生活魔法を見たことがなかったのだろうな、と思う。
…どこからか溜息が漏れているが気付かないふりをした。
「言葉にすると難しいのですが…そうですわね、口から息を吐くような感覚を手に置き換えてイメージを思い浮べてみるのはどうかしら?」
…わかりにくいかしら。
ただ目に見えない魔法力の放出は己自身で掴むしかないし言葉で説明するには困難だ。
「手から…息を吐く…」
カスミがそうつぶやいた瞬間、私は眼を瞑った。
閃光の輝きで視界が真っ白に埋め尽くされ身体的反射で瞑ったものの何が起こったのか理解出来なかった。
瞼が透けて見えるほどの輝きが次第に失われていき恐る恐る目を開けた。
「……手が光った…?あの時と同じ…ように」
「ほう。カスミさんは聖属性だったのですね、素晴らしい魔法力でございますね」
教師の言葉にやっと理解が追い付いた。
あの光は紛れもなくカスミの光属性の生活魔法だった、そして教師やカルミア達の様子を見ると私だけが眩しく感じていたみたいだ。これは私が闇属性を持っているからだろうと考える。
そして同時にやはりカスミは歴代を超える”聖女”の素質が立証された。
カスミが自身が魔法力の素晴らしさに自覚してくれればきっとゲームの主人公と同じ様に素晴らしい聖女になる。
ゲームでも主人公は最初こそカスミのようにとても内気な女の子だったがシレネ戦後に聖女としての役目を自覚をしていた。
…だけどもそのシレネ戦が何よりも避けたい事だわ。さて…どうしたものか。
「ひゃっ!?」
考え倦ねる私は腰に巻かれるような感覚にビクッ!と大きく肩が上下する。
情けない声が出てしまった…。
「…シレネ、とても素晴らしい魔法力だね」
私の腰に手をまわしたカルミアはにこやかな顔をしていた。
ぐいっと引き寄せられカルミアに抱き着くような形で密着する。
「カ、カルミア様ッ!?」
そのまま離さずむしろ力が強まって離れることが出来ない。
間近で見るカルミアはいくら険悪な相手だろうとその端正な顔立ちが近くにくれば心臓が速くなってしまう。
カルミアの身体に密着している箇所から熱を帯びて手先から熱くなる。
「…いくらシレネでも魔法力は自粛しようか。公爵令嬢が分相応な振る舞いをしない等、断じてあり得ない事実だから、ねぇ?」
その瞬間、ピキリと身体が冷却されたように固まった。
…やり過ぎたかしら。
ちらりと目線だけをカルミアの顔に向ければ真っ黒な覇気を漂わせながらにこやかな顔をしていた。
ああ、どうしよう。
カルミアには口喧嘩で勝てる気がしなくなってきた。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
「まあ!!それは素晴らしいですわ、カスミ様」
昼食時間。
授業が一通り終わりお昼の休息時間となった、アスターがコルチカ作のお弁当を持って教室に迎えに来てくれた。コルチカから愛嬢弁当です!、とよく分からない事を言っていたなと思い出す。たださすがはコルチカでとても贅沢な美味しさで頬が落ちそうだ。
「い、いえ!!シレネ様のおかげ、です」
「そんな謙遜なさらずに胸を張ってください。私はただ見本を披露しただけですわ」
実際、あの見本を眺めただけですぐに感覚を掴んだカスミはすごい。
何度か試してからだと思っていたのに彼女は1発で成功させてしまったのだから。
…あの3人はどうしたものか。
女性陣とアスターは和気あいあいと今日の魔法学について話していたがどうも幼馴染3人は無言の争いをしていた。
その様子にカスミの方が気まずそうにしており昨日の件に責任を感じているようだった。はぁと大きく溜息をつきたい所だが場所が場所だけにぐっと抑えて飲み込んだ。
「お嬢、追い払いましょうか」
淡々とした口調でアスターは冷静に問いかけてきた。
追い出したいのは山々だが昼食中の今は周りに人がいるのだしどこかの令嬢、令息が多い中でその様なことをすればどうなるのか充分に予想がつく。
アスターには大丈夫よ、と止めておいた。
「カルミア様、イキシア様、アキレア」
私が3人に声を掛ければ目線が私に集中した。
「程々になさってください。この場にはたくさん御方がいらっしゃるのですから…このような状況は王家の不和を噂されても仕方がございませんわ。それにカスミ様へ負担を掛けるようなことはお辞めください!私達の方が言い合いしてる場合ではございません」
傍から見れば王子達に叱責するなどもっての外だ。
ただここで言わなければカスミはずっと気負ってしまうと考えればこの程度の叱責は問題ないしもっと酷い嫌味を言っても咎められなかったので大丈夫。
「…確かにそうっすよね。すいませんでした」
「シレネの言う通りだな。俺もすまなかった」
シュンと頭を下げて落ち込むアキレアとイキシアが子犬に見えて母性本能が擽られる。
素直な2人は案外あっさりと私とカスミに謝罪をしてくれたのだが役1名ほどは謝罪の言葉や反省する様子もなく平然としていた。
「カルミアもすまない、あんな怒鳴って…」
「…別に僕は気にしていない」
…全く素直じゃない。
ここ最近は幾分か素直になったと思っていたがどうやらまだらしい。
「カルミア様?王族の振る舞いとは思えませんわよ?」
「……すまない。イキシア、アキレア」
苦々しい顔を浮かべながらも小さく謝罪をする。
そんな姿にイキシア達が許さない、何てことはある筈がなくいつも通りの雰囲気に戻ると私は気付かれないように小さくそして深い溜息をついた。
タイサン様に7歳の時に大宣言した手前、聖女教育はコデマリ以上に手を掛けなければならない。
つくづく私の人生は気苦労の人生だと悲観した。




