暗転.元人形は9年目を迎えた
「はぁ…」
溜息が大きく漏れだす。
「お嬢…?どうかされました」
私の髪を救い上げて整えてくれる。
今日は屋敷の者全員が多忙に追われる日であり、アスターもその1人だ。
「アスター…学園はどう?」
2つ年上のアスターは既に学園へと通っている。
クレマチス公爵家の従者である彼はタイサン様の打診で平民枠ではなく貴族枠として入学をした。専属予定の侍女や従者の場合は我がクレマチス家に限らず高位貴族の場合は基本は許可が下りる。
主になる令嬢又は令息と年齢が近しい者が専属条件の1つだが、もう1つは主へ”信心”を持つ事が条件となるので貴族枠として入学させる事も珍しくはない。
本来であれば学園卒業後に成人として国から認められる為、各世帯では卒業を機に”専属”侍女や従者の選定を行うことが通例だ。
献身教育を開始されるのもこの頃からだが、アスターに場合は異例で我が屋敷の知識豊富なガーベラ先生の教育によりタイサン様からも正式認定の承認が下りている。
アスターは私への信心というよりは命がけの契約を迫ったからだけど…。
そういえばディアスにも脅迫まがいな契約を無意識とはいえ迫ったことを考えればやはり”悪”としての素質は充分に持っているのかもしれない。
「学園ですか、特段何もないですね。クレマチス公爵家ていう肩書従者なんで声掛けられはしますが今のとこは怪しい考えを持つ令嬢や令息は見受けられないです」
アスターは目を鋭くし眉間が僅かに皺が寄る。
従者として主である私の危険を既に探ってくれているのだろう、ただ学園の雰囲気だけを聞きたかった私は居た堪れない気持ちになる。
「ありがとう…アスター気苦労掛けたわね」
「お嬢、大丈夫です。オレが傍に仕えますから…どんな相手でも必ずお嬢の傍で守ります。だから今日は楽しみましょう」
掬い上げた私の髪を流すようにアスターの手から離れる。
細い絹糸のような髪が1本また1本とレースのカーテンにようにふわりと舞い、私の肩へ戻ってくる。アスタ―のニッと笑う顔を見れば先程まで学園への気掛かりは消えた。
正直なところゲームと現実ではアスターの生活は私によって大きく変えてしまっている。
通うことがなかった学園へ通学をしており、逆に捉えればゲームではシレネ戦不参加のアスターは現実世界では敵対する可能性もある。
だが、ルリの手腕によりアスターは少なからず従者として献身的行動に従事している。そんな彼が主である私に直接手を掛けてくる等は考えられにくい。
「今日はお嬢の15歳の誕生会なんですから」
『聖女が覚醒された』
タイサン様から突然、イズダオラ王国内へ宣布された。
セカシュウの物語は主人公が入学をするところから開始される、シレネ戦は学園の卒業パーティーの日に起った。つまりは、私が18歳の時にゲームは開始されるのだ。
…大丈夫、私はこの時の為に強くなったのだから。
師匠による鬼畜特訓のおかげでインフェルの跡地で鍛えている私は既にレベルは52に達している。やはりある程度レベルが高くなると昔よりかは簡単にレベルは上がらない。
今思い返せばレベル1から20に達するまでの早さはゲームと同じだったと思う。辛かったけど。
「そうね、今日は私が楽しまなくてはいけないわ」
3年後、私は処罰か処刑か。
…よく考えればレベル52のチュートリアルボスはあり得ないわね。
コンコン
「フランネです。お嬢様、皆さまがご到着されました」
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
「…やあ、誕生日おめでとう」
「シレネ、15歳の誕生日おめでとう」
「カルミア様、イキシア様ありがとうございます」
私の15歳の誕生会。
身内のみのひっそり誕生会は既にひっそりではなくなっていた。我が屋敷にとっては一大イベントと化しコルチカは料理で大忙しでアスターは補助に回る、フランネとガーベラは屋敷の飾りつけ、ルリとタツナミは私への贈り物の授受。
そして私は豪華な来賓対応へと追われた。
「シレネ様、おめでとうございます!」
「アキレア!今年もありがとう」
9歳の誕生日から我が屋敷の訪問は絶えなかったアキレアも誕生会には必ず出席してくれていた。
「シレネー!」
「シレネちゃんッ!」
「タイサン様、ヴィオラ様…今年もたくさんの贈り物を頂戴しありがとうございます」
公爵令嬢の屋敷にこの2人はダメでしょ、と思いながらもお祝いしてくれることは嬉しい。たださすがに国の頂点となる方が来れば護衛の騎士達も多い…。師匠もどこかにいるはずだ、レベルが上がっても未だに隠れ上手な師匠を見つけ出すことは出来ていない。
そして今年からは初出席をしてくれる2人の令嬢がいる。
「シレネ様、ご無沙汰しております!」
「シレネ様が誕生されたこと心からお祝い申し上げます」
「…ご遠方からありがとうございます。エリカ様、コデマリ様」
「わたしもご参加の許可頂いてありがとうございます!お姉さま少々堅苦しすぎでは?」
ヴィスカリア家姉妹も今年から参加してくれる。
身内ひっそり誕生会は8歳誕生会を機に着々と人数が増えてしまい今では豪華すぎる来賓に一大イベントへと変貌した。
3年後にここにいる方たちが私にとって敵になるかもしれないと思うと少し寂しく感じた。
「はあぁ…シレネ様ぁあ…麗しすぎるッッ!!」
ぞわり、と悪寒が走った。
「コバン団長…今年もありがとうございます」
国王と国王妃の加え王子2名が外出するとなれば護衛も強固にしなければならない。
王家魔法士団長であるコバン団長も護衛役として私の誕生会に出席する形となったのだがアキレア曰く、グロリオ団長を押し退けて積極的に参列しているのだそう。
いくら国内の外出とはいえ王城警護を兼任している王家騎士の団長2名が欠ける事はその分警護が弱まるので団長の護衛任務はどちらかになる。
当初はグロリオ団長とコバン団長は交代制で私の誕生会への護衛を担う予定だったが毎回コバン団長は脅迫まがいなことをしてグロリオ団長からもぎ取ってるそうで…。
「やはりシレネ様はとても愛らしい…!」
普段は冷静沈着らしいコバン団長だが、出会った時からこの鼻息が荒くほんのり赤い頬をした変人姿しか見ておらずむしろ冷静なところを見てみたい。
「コバンさん、シレネ様引いてるんで」
「ああーっアキ、待て。まだシレネ様とお話をおおぉぉ」
はいはい、と言いながらコバン団長を窘めてくれるアキレアはさすがだ。
「コバンはシレネへの熱烈は変わらないな」
「そうですわね、とても有り難いことですわ…」
苦笑するイキシアに苦々しく答えてしまう。
慰めるかのように頭にポンッと手を置かれるとついイキシアを見上げてしまう。身長のせいで妹扱いされるようになり少し悔しい。
「…イキシア、王族が異性に対して気軽に身体的接触をするのは好ましくないよ」
「身体的接触…て。シレネとは長年の付き合いなのだからこの程度は問題ないだろ」
「わかるぞイキシア、その気持ちは俺にはわかる」
「わたくしもわかるわ、シレネちゃんの魅力がわかるわ」
「…母上、父上。彼方へ行っててください」
この親子はとても仲が良いなと眺めているとルリの掛け声が上がる。
「大変長らくお待たせ致しました。お食事の準備が整いましたのでご案内致します」
一通りの挨拶が済んだ頃、私の誕生会は開幕される。




