52.元人形は放り投げた
とうとうこの日がきた。
いつかは来るとは思っていたことであり悪い事でもない。ただ…
「あの、師匠?アスター?」
個人特訓へ向かおうとした時に師匠が現れた。
チャインカフスの丘の1件でお互いを認識しているしどんな人なのかも知っている筈。それなのに今は両者の雰囲気が良くない、むしろ険悪。
「あの…?」
無言のまま睨み合っている。
片や無表情で私を抱え、片や歯を剥きだして怒りで紫の瞳を滲ませていた。
休息を機にアスターに個人特訓を付き合わせていたが、師匠がここに来たという事は特訓再開をしに来たと見てもよいだろう。なぜだろうか、別に悪い事をした訳じゃないが心臓がきゅっとして体中から血の気が引いていく。
「行くぞ」
「なっ…!?」
ビュウオゥ…と風切り音と共に私は眼を瞑る。
…久しぶりの師匠との特訓は生きた心地がしなかった。
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「お嬢!アイツとの特訓は辞めましょう!!危険です」
翌日、案の定アスターには厳しめに問い詰められていた。
「でも師匠にはすごくお世話になっているわ。それに師匠のおかげで今の私がいるのだから危険ではないわよ」
鬼畜だけど。
でも実際、個人特訓になってから私自身のレベルはあまり上がっていない。死に物狂いで逃げ回ってきたおかげでレベルは上がっていたのだし騎士団や魔法士団のおかげで今の戦法を身につけられている。
といっても今のレベルは33。ディアス以降は1しか上がっていない、ゲームではまだ中盤入ったかな、ぐらいだ…当初の目的は一応達成出来たが。
「お嬢は強くなる必要ありません!もし危険な目に合うとすればその時はオレが護ります!」
”護ります”
紫の瞳を揺らすその奥は確かな強い意志を感じられた。
ぐっと手は拳を作って握りしめて頬を少し赤らめながらも意思を宿した瞳は真っ直ぐと私に向けられていた。
ドクンっと1度心臓が大きく波打った。小さく、そして早くなっていく鼓動にくすぐったさを感じた…すごく嬉しかった。
顔に全身の血液が集中したように少しずつ熱を帯びた。
…ただ、今はまだ聖女の覚醒をしていない主人公と出会っていないから私に向けてくれているのだろう。
「ありがとうアスター、でも貴方はもうすぐで学園に入学するのだから。それにアスターも時が来れば私の従者でなくなる日が来るでしょう?」
「お嬢…ッ!それは…!!」
…あれ?
「アスター、約束は必ず果たすわ」
ふと、ある考えが脳裏に過った。
攻略対象者は学園で主人公と出会う、魔王復活と同時に主人公を支える為に強くなっていき復活した魔王を打倒して世界を救う、これがセカシュウのRPGストーリーだ。
私も学園で主人公と出会うことになる。勿論のことだがゲームの通りに闇属性魔法を使って苛めよう、なんて微塵に思わない。むしろ聖女教育をする気満々だ、が…
カルミアと婚約関係のままじゃ私はいつか主人公にバレるのでは?
しかも…私は学園だけじゃなくその後も主人公よりレベルを上げ続けなくてはいずれにしろバレて殺されてしまうのでは?
顔から血の気が一気に引いていく。
冷静になった頭で考えれば考えてしまうと嫌な考えが浮かんでくる。
…主人公のレベルカンストを目指すどころではないわ。
それどころかゲームが開始されれば歴代の聖女より優秀な主人公はどんどん攻略対象者達と強くなっていく、レベルカンストなんてされたら私の闇属性は気付かれる。
むしろ!私がレベルカンストしなければっっ!!万一、気付かれれば…攻略対象者達だけじゃない。
あの師匠も私の敵となってしまうのだから。
ゲームでも主人公を護る為に自らの命を投げたほど主人公を大切にしていた…私は師匠よりも強くならなければ!!生きられない!
「ま、待ってください!!お嬢ッオレは…!」
コンコン
「フランネです、コデマリ様がお見えになりました」
アスターが何かを言いかけていたがコデマリの到着で遮られてしまった。
アスターには「後でね」と残してコデマリの出迎えと向かった。
とても重大なことに気付いてしまった私の心は熱い火を灯していた!
今は!目先の事の解決が先決よ!!
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「もういいですわ!!本日は帰りますっ」
……目先の解決が1番苦労する事かもしれない。
未だ改善の兆しがないままだ。
「ディアス」
「…なに?」
ニュッと私の影から顔を半分だけ出してくる。
「ディアスはどこでも行くことができるのかしら」
「影があるなら…なに?もしかして面倒事でも押し付けようとしてる?」
頭を抱えたくなるがタイサン様からの命令であれば必ず全うしなければならない…。
だから…
「ディアス、ヴィスカリア家の様子を探ってきて」
満面の笑みでディアスに向けた。
決して八方塞がりだから投げたわけじゃない。




