47.元人形は疲弊
「時間だ」
この人の突飛な行動にいつかは目玉を落とすのではないかと思う。
「行くぞ」
目玉が落ちていないかを確認してベッドから出るのだった。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
「コデマリ様?少々注意に等閑が目立ちますわ。折角王子を惹き寄せる清純で清楚で可憐で愛らしい容姿をお持ちですからより一層、魅力を引き立てましょう」
いい加減にしろ外見だけの馬鹿。
を遠回しに言わなければこの我儘傲慢高飛車令嬢は、甲高い声で怒りだす。
「あら?それはシレネ様の実力不足ではなくて?」
…カルミアには嫌味が通じてた分マシだったかもしれない。
タイサン様のご命令通りにあれから私はコデマリの先生をしている、表向きは”友人”として。
…正直私にはわからない。
なぜ!!ここまでして彼女を婚約者にするのかが全くもってわからない!しかも面倒ごとを私に押し付けやがって…っ!
実はヴィスカリア家はイズダオラ王国の貴族ではない、他国の伯爵家だ。王子の誕生会に出席をしていない程交流があるわけではなさそうな関係で何故、ヴィスカリア家が婚約者として浮上したのかわからない。
ゲームではコデマリの過去はあまり多く語られていない『昔は少々元気が良くて』と苦笑いしているだけだった。元気が良すぎて…というのはこれの事だったのだろうか?
一体何がどうしたら”これ”が完璧令嬢になるのか知りたい。
コンコン
「フランネでございます」
私がどうぞ、と促せばフランネはティーセットを持って入室してきた。
コポコポといい香りを立てながら淹れてくれた紅茶を出してくれて先程までの苛々がどこかに飛んで行く。フランネが来なければもう少しで私はコデマリに怒りを爆発させていたかもしれない。
「淹れ直しなさい。今わたくしはこの気分じゃありませんわ」
…は?
「申し訳ございません、コデマリ様。差し付けなければ今のご気分をお聞かせいただけますか?」
嫌な顔1つせずに穏やかに微笑むフランネはさすがだなと思う。
コデマリの言動1つ1つで苛々してしまう私は情けない、ましてや中身は合わせて31歳になる大人なのだから。11歳の子供に対してなんとも大人げない感情を抱いてしまっている。
「それがアンタの仕事でしょ!?」
キーンと耳鳴りする甲高い声に耳を塞ぎたくなるのを我慢する。
妹君であるエリカはあれだけ淑女マナーをしっかりしているというのに何故コデマリはこうも我儘なのだろうか…。謝罪をしようとするフランネを手で止めた。
「コデマリ様、今の発言は見過ごし出来ません。フランネはクレマチス家の侍女、彼女への冒涜はクレマチス公爵家への冒涜と見做しますわ。私に仕える侍女でありコデマリ様の侍女でございません」
「わたくしは伯爵家の子女ですわ!!客人をもてなすのは侍女の仕事でしょう!?」
部屋の外にまで響いているのではないかと思う程大声で怒鳴るコデマリに小さく溜息が出る。
頭がズキズキとするがフランネへの言動は許しがたいものだ。
「でしたら…伯爵家令嬢にそぐわない言動はお辞めください」
例の如くわなわなと怒りで震え「帰るわっ!!」といって荒々しく部屋を出る。
その行動にまた溜息が漏れるが帰ることは止めない、反省の兆しが見えなさそうで一体どうすればいいのかとフランネの淹れてくれた紅茶を口に含みながら考え倦ねる。
「お、お嬢様、大変申し訳ございません」
「必要のない謝罪は受け付けないわ、フランネ」
フフッと口元に手を添えて笑う。
もしフランネがこの事を重く捉えていたらと少し気掛かりであるがフランネはいつもの穏やかな微笑みを返してくれて胸を撫で下ろす。
コンコン
「アスターです」
どうぞ、と促せばアスターは苦笑いを浮かべながら入室してきた。
「お嬢、またコデマリ様を突き帰しました?」
かえすの意味が違う気がするが間違ってはいない。
笑って誤魔化そうと思ったが既に察しているのだろう、はいはいと苦笑いは変わらないままだ。仕方がない我が屋敷の可愛い天使侍女にあのようなことを言うなんて。
「お嬢様、わたしはとても嬉しゅうございます。お嬢様にお仕え出来て本当によかったです」
ああ、天使だ…癒しだわ。
フランネが侍女仕事へ戻りアスターは引き続き私にお菓子を持ってきてくれた。コルチカ作甘いお菓子は削られた精神に染みる。
「今日は休んだらどうです?」
2人になったことで少し砕けた口調になるアスターにそうね、と返す。
コデマリの教育を始めてから何かと精神がゴリゴリ削られてしまい特訓で鬱憤を発散させていたのだが、ここ最近は正直、特訓に行くよりも休みたいと思うようになってしまった。
今はその日の精神次第では特訓を休むことがある、アスターからは休止をと言われるがそれは出来ない。
「アスターの言う通り、今日はゆっくり寝るとするわ…」
4日に1度のペースで我が家に訪れるようになったコデマリもグーロ伯爵伝えで”王命”で私の元へ通えと言われている為、どんなに怒りで帰したとしてもまた4日後には来るだろう。
「タルト、もう1つ持ってこようか?」
「…お願い」
了解、と出ていくアスターを尻目に頭を抱えた。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
夜は寝間着に着替えてベッドへと潜り込む。
ふわふわでほのかにいい香りに包まれて睡眠へと誘われていく…。
「時間だ」
!!!???
久しぶりに聞く声に理解する前に反射で起き上がった。
「行くぞ」
抑揚のない口調、短い言葉、お美しい顔立ち、突飛的登場に瞼が徐々に開かれていく。
もう開けないてところまで上がると今度は目玉が飛び出ていく、ことはないがそれぐらい驚いた。驚きすぎて言葉が出なかった。
「スカーフ」
??
スカ―、フ?
ハッ!!黒のスカーフっ!師匠からの贈り物!
目玉が落ちてないことを確認した私はベッドから飛ぶように出て大切に保管をしていた黒のスカーフを引っ張り出した、師匠にそれを見せると今度は自身の頭を指さした。
つけろ、てことだと判断した私はどこぞの職人のように頭に巻いた。
「白いから隠せ」
…なるほど!!そういう事か。
私の髪は白い、真っ白だ。それは例え真っ暗な夜であってもそれなりに見えてしまう、だから師匠は隠せと言ったのだ。つまり今から私が行くのはウバガヨイの森でなく人がいる場所だ。
いつかは来るこの日の為に私にスカーフを贈ってくれたと思い感動で涙が出そうになる、さすがです師匠。一生ついていきます。
髪を覆い尽くせるように軽く髪を縛りスカーフ再度巻き直した。
それが終われば師匠はひょいと私を抱える、成長したというのに前と変わらず簡単に抱えた。
久しぶりに味わう突風に眼を瞑った。あ、睡眠…。
 




