※.クレマチス家の使用人
お嬢様を就寝への案内を終えた後、フランネ、ガーベラと別れある人の部屋へと向かう。
わたし、ルリは奥様がまだシレネお嬢様を身ごもられているときに、クレマチス公爵家の侍女として迎えられることになった。
旦那様、奥様はとても優しくほかの使用人たちも丁寧に仕事内容を教えてくれ、とても充実した毎日を送っていた。
それは、奥様がシレネお嬢様をご出産された後も、
あの日までは。
コンコン
「夜分遅くに申し訳ございません、ルリでございます」
「どうぞ」
許可を得て扉を開ける。
「来ると思っていたよ、ルリ」
「申し訳ございせん、タツナミさん。ご相談したいことがありまして」
「構わないよ、それでシレネ様は、君たちになんとお願いをしたのかな?」
さすがは、タツナミさん。
長く公爵家に努め、勘の鋭さに長けていてとても尊敬しているお方だ。
「はい、実は魔法を知りたいと申されまして……」
ふむ、と少し考える仕草をする。
わたしも言葉を続けてフランネの提案した通り、本での教育であればと許可をした旨を伝えた。
タツナミさんも「それは、素晴らしいことだね」と返してくれた。
「ですが、もし此の事が旦那様へ万一にも知られてしまえば、お咎めを受けるのはわたし達ではなく、きっとお嬢様です」
ぐっと身体に力が入る。
他の者たちが旦那様へ密告することはあり得ないことはわかっている、だが旦那様が秘密裏にお嬢様を監視していることもわかっているっっ!!
お嬢様があのようになったのは全て、旦那様と奥様が何かをしたことが要因なのは明確だ。
あれだけ愛情を注ぎ、優しかった公爵夫妻はお嬢様1人残して出産されたばかりの妹君と共に王都のほうへ引っ越されてしまった。
「ルリ、そう気負うことはない。シレネお嬢様が折角ご快復されたというのに、制限ばかりの生活では本末転倒だ。誤魔化す手段等いくらでもある」
にこり、いつもの様にやさしい笑みを浮かべているがその目は全く笑っていない。
むしろ今この場にいない者へと怒りを向けている。
タツナミさんがあの時に旦那様へ進言しなければ、きっとお嬢様はもっとこの屋敷で一人孤独に過ごされていたのであろう。
そう考えるだけで心が苦しくなる。
「はい、旦那様と奥様にもお嬢様へ手出しさせません、絶対にっ」
「そうだ、いい機会ですから魔法学だけじゃなく他の分野の本をご用意してあげるのはどうでしょう。例えば、帝王学、など」
「帝王学、ですか!?」
「もちろん、最初は難しいと思いますので、この国の歴史や地理をはじめとして淑女マナーやダンスなども教えてさしあげましょう。シレネ様は幼少時から大変優秀の御方です。魔法だけでなく、素晴らしい頭脳をお持ちですから。シレネ様にとって利になることは間違いないでしょう?」
「それは、仰る通りですがまだ6歳です。はやすぎるのでは?」
「いえ、わたくしにはそうは思えない。むしろ今から始めるべきなのではないかと。例年通りであれば来年もカルミア第一王子殿下とイキシア第二王子殿下の誕生会に招待されるでしょう。知識は必ずシレネ様の助けになりますよ」
タツナミさんの勘の鋭さにはいつも驚かされていた。
いつでも先のことを見越して、わたし達にアドバイスをしてくれる、そして必ずそのアドバイスは的確で何度も助けられた。
だからこそわたしはタツナミさんをとても尊敬しており、何かあれば相談に乗ってもらっていた。
ただ、正直にいえば時々怖くなる、この人の怒りを買うことがあればとんでもないことになるのでないのかと。
「タツナミさんがそう仰るのであれば間違いないでしょう」
「嬉しいことを仰ってくれますね、ですが、ルリ、きっとあなたもそう思ったのではないのかい?いつも驚かさているんだよ、君の勘は鋭いからね」
まさか、自分が同じことを思っていた相手から言われ、目をパチパチさせて驚いた。
「タツナミさん程ではありませんっ!」
思わず子供のように口を尖らせて言ってしまった。
そのことに気付くと恥ずかしさから頬を赤らめて、俯いてしまった。
タツナミはそんなルリの可愛らしい姿に、クスっと笑う。
「失礼。ですが、ルリはわたくしのことを買いかぶりすぎだよ。長く庭師をしているとね、色んな人を見かけるんだ。そうするとだんだん見えてきてしまうんだよ、人間性というものが」
少し複雑そうな顔をするタツナミに、ルリ自身も少し共感することがあった。
侍女として、10年目に突入する自分もこれまでに多くの客人の対応することで気が付いた。取り繕った笑みの中に怒りや憎しみを隠している者もいた。
嘘で固められている貴族社会にもし自分がどこかの貴族令嬢だったら嫌になっていただろう。
だからこそ、あんなにも天真爛漫で可愛らしかったシレネ様をたった1日であのように変えてしまった貴族社会が許すことが出来ない。
そして、昔の面影を残した今のシレネ様を再び、あの嘘で塗り固められた貴族社会へと送らなければならないことがとても悔しい。
恥ずかしさで赤らめていた顔は、今は怒りで体温が上がった。
奥歯を噛みしめ手は拳を作り握りしめる。
「すまない、余計なことを言ってしまったね」
申し訳なさそうなタツナミの声に、ハッと意識が戻る。
しまった、気を使わせてしまった!
自分を落ち着かせるようにふぅと一息つく。
短気な性格を何が何でも直さないと。いつか、お嬢様にも勘付かれてしまうわね。
「いえ、わたしが考えすぎてしまいました。タツナミさん、夜分遅くに失礼しました。明日、早速お嬢様への本をフランネと買ってこようと思います」
「うん、よろしく頼むね」
つい、お嬢様にどのような本がいいかしら、と考えてしまうと笑みが漏れてしまう。
タツナミの部屋から出るとにやついてしまった顔に気付く。
これでは…ガーベラにも気付かれてしまうわね、気を付けないと。
お嬢様、貴方様の笑顔を護れるようわたしは全力でサポートさせて頂きますっ!
もう、あのようなお姿にはさせません!!