38.軟弱子息は情熱魂
「今日は!自分に稽古をしてくださいっ!」
いい加減諦めてほしい。
私は1度もアキレアに稽古をしたことがない、私がグロリオ団長にしてもらったようなことはしたことがないのだ。それなのに勝手に先生認定された私は何度も彼に頼まれている。
「嫌です」
私は自分の特訓で精一杯だ。
それにアスターの苦言を聞く限りどうやら私には教える才能はないみたい。この屋敷で剣の振るい方だの躱し方だの教えていたら芋づる方式で今までのことがバレて、それこそルリの恐ろしい叱責が私に飛ぶ。
「今日も可愛いお嬢様に頼み込んでんのか!諦めないな」
わははと呑気に笑うコルチカに腹が立つので「コルチカの恋愛と似てますわね」と返しておいた。
真っ赤にして慌てふためく姿に満足した私はコルチカお手製のケーキを頬張る、やはり美味しすぎて頬が落ちそうだ。
「んで教えてくれないんですか!?」
「嫌だからですわ」
シュンと今度は子犬のように落ち込んでしまうアキレアに少し母性が働いてしまいそうになる。
だが、ここは鬼にして私自身の身の為にも思い止まる、極悪侍女の威力はすさまじいのだ。
「タツナミに教えてもらっているのでしょう?それでは満足できないのですか?」
「自分は!超えたい人がいるんで」
顔をバッ!と上げてギラギラした目を向けられた。
落ち込んだかと思えば今度は燃え上がるアキレアの感情の起伏が激しい、2年前よりも私の大好きなアキレア・アマランサスに近づいたとはいえこれもまたちょっと違う。強い信念を持っているという点では同じだが…信念違いだ。
「アキレアくん、わたくしらもお嬢様に危ないことはさせたくないのでここはわたくしで我慢していただけないかな」
休息時間で食堂にきたタツナミは私が何を言われていたか、察したのかアキレアを窘めてくれた。
完全には納得していない様子で渋々「今日は納得します」と口を尖らせながら頷いた。実は似たようなやり取りは何度か目にしている、タツナミがその都度言い方を変えてくれているのでアキレアは気付いていないのだが。
アキレアの超えたい人、というのは確実にグロリオ団長のことだろうがその背中はまだまだ遠い。
今からでも目指したいと思うのは感心するが、私に稽古を頼み込まなくてもいいのではないのか…。
「ふふっお嬢様の魅力が凄まじいのは同感しますね」
「わたしも!!わたしもです!!」
「ガーベラ。声が大きい、静かになさい」
「す、すみません!」と大慌てで謝罪するガーベラはバタンッ!と扉を開けて入ってくる、何度もあのルリに叱られながらも直らないあたりはさすがだと思う。
コポコポと紅茶を淹れながらフランネはとても可愛らしい顔で微笑む。
「ほらアキレア殿もお嬢の休息を邪魔せずにどうぞ召し上がってください」
そういうとアキレアも大人しく席に着き、アスターはアキレアの前にケーキを置く。
「あ、今日は俺とアスターで愛情注いだから!いつもよりも甘いぞ」
「コルチカさん…変な言い回しはよしてください」
アスターは時々コルチカと一緒にお菓子を作っている。
たまに1人で作った時は試食をさせてもらえるのだがこれがまたとんでもなく美味しい!…アスターの凄まじい成長ぶりに私は既に解放しても問題ないのではないかと思っている。
「今日のお菓子はアスターも一緒に作ったのね!修行頑張っててすごいわ」
あのアスターがまさかお菓子作りにはまってしまうとは驚きだ。
「オレは別に大したことは…」なんて言っていたが作れるレパートリーが日々増えてきているのはさすがとしか言えない。
「………じぶんもお菓子作れればいいんですか?」
「え?」
「自分も!お菓子を作れるようになれば稽古してくれるんですね!?」
一瞬理解出来なかった。
多分、皆も理解出来なかっただろうと思う。お菓子作りと稽古に何も繋がりはないし作れるようになっても私は稽古はつけない。1人燃え上がっているアキレアに何も言えなかった。
「まぁ…お菓子作りはさて置き、アキレアくんの剣技や動き方も日々素晴らしくなっておりますよ」
「あ、あ、りがとうございますっ!」
ガバッと頭を勢いよく下げ感謝の念を伝えるアキレアに素直に感心してしまう。
”教育”に関しては無慈悲な鬼と化すタツナミをそこまで言わせるとは確かなことなのだろう、ましてや鬼教官なタツナミに自ら進んでお願いしに行く姿勢もあるアキレアの根性はすごい。
いつもはアキレアのお願いに逃げ回ってばかりだったが稽古している所を1度見に行ってみようかなと考える、グロリオ団長の基礎作りも熟している彼は既に同じ10歳の子供とは思えない。
毎日の暑苦しい程の情熱だけなければ…。
いや、それがなかったら熟すことは無理よね…。
好きだったキャラのお手伝いをしてあげたい半面、今のアキレアに疲弊してしまう。