35.元人形は休息宣言
「シレネ…暫く城は来ないほうがいい」
タイサン様は私に言った。
いつもの快活な笑みではなく、複雑な表情で。
「承知致しました、タイサン国王陛下」
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
「お前は何をしている、何が目的だ」
ホーセは無表情な顔だ、これまでの私の変わり様に何かしてこない、なんてことはまずあり得ないだろうと思っていた。
だけどもっと姑息な方法を用いてくるかと考えていたが思いのほかハッキリと私に聞いてくる。今までは大人しく従っていたのに突然反発するようになり、さらには闇属性持ちの私に何かしらの変化があった、と考えるのはある意味では合理的ともいえる。
極めつけに今回の”魔物襲撃事件”は私への疑惑が強まるだろう。
「いいえ、何も考えておりません、クレマチス家の名にふさわしき行動を示しているだけです」
父は顔に出やすい。
…以前にルリから同じようなことを言われた気がする、そう思った途端に顔が引き攣りそうになった。何だかんだで私とホーセは親子なのかしら。
「なら、質問の内容を変えよう。あの魔物の大群は貴様の仕業なのか」
やっぱり。
ザクロの発言にそう思われるのは仕方ない、と弁えよう。人格操作や洗脳等のさも怪しい魔法は闇属性にある。だからシレネは序盤の学園の際に他のご令嬢達を操作していた。
「何故…そうお考えになるのか、理由を教えていただけますか?」
…ザクロ大公はゲームに登場しない代わりに攻略対象者達の過去で名前が出てくる。
彼が最後はどうなったのかまでは実は”ハッキリ”と語られていないのだ、プレイしている時は勝手に死んでるのか、と思っていたが、イキシアが『大公はいなくなった』と発言しているし。
処罰か、処刑か、それとも逃亡か…。
いずれにしても今はザクロ大公からいつどこで襲撃を受けるかわからない。
「貴様なら可能であろう?」
「いいえ、出来ません。失礼ですがザクロ大公殿下は私のなにかをご存じなのでしょうか?」
ビリビリッと身体中に電気が走った感覚とその直後にじわりと寒慄した。
…少し突っ込み過ぎたかしら。
私の言葉を皮切りにただならぬ空気感に心臓の音が激しくなる、その音が部屋中に響き渡っているのではないかと思うほどの動悸だ。
コンコンッ
扉の叩く音で一瞬で場の空気は変わった。
息苦しいと感じていた空気は和らぎ助かったわ、と気付かれないように静かに息を吐いた。
ガチャッ
扉を叩いた主は、名乗ることもせずに室内へと入ってきた。
名乗らず、ましてや返事も聞かずに入室することは許されない行為だ、城の使用人ともなればそのような基本行為で間違う筈がない。だが、
「シレネと茶会なら俺らも混ぜてくれよ」
王ともなれば関係ないことだ。
タイサン国王はいつも通りの快活な笑みを浮かべているがその目は冷たく、鋭い。
和らいだ空気感をヒヤリと凍り付かせる、冷たい眼差しは普段を知っている私は身震いした。ただそれは私に向けられているわけでなく、ザクロ大公と父上に向けられていた。タイサン様の後ろに付くようにカルミアも無表情の顔なのに、タイサン様と同様に酷く冷たい。
「…僕と”婚約者”であるシレネとの時間を奪わないで頂けますか?」
片や龍、片や虎の睨み合いを想起させた。
私にとってタイサン様達の登場は喜ばしいことだが今しがたまで冷や汗1つ垂らさないよう気を配っていたが、今はもう滝のように溢れる。気が抜けたかもしれない。
「一体…何の話をしてたんだ?楽しい話か?」
タイサン様に言ったら心の底から嫌悪するかもしれないが、今の雰囲気や表情は兄であるザクロと同じで少し前までは兄弟らしくないなと感じていたが今はああやはり兄弟か、と思い直した。
2人は兄弟でありながら似てない、そういえば出会った当初のカルミアとイキシアにも同じこと思っていたなと考えたが、よく考えたら今も似てなかった。
ゴゴゴッと鳴り渡る様な黒い覇気を纏いながらカルミアは私の隣を腰掛けた、それに合わせるように吹雪を生産させているタイサン様も私を間に挟むように腰掛けた。やめてほしかった、そんな2人に挟まれるなど安心どころか心臓がキュッとした。
「国王陛下、カルミア第1王子。娘との談話を父であるわたしはしてはいけないと?」
「いけないです」
間髪入れずに答えるカルミアに父は目を細くした。
スッとザクロ大公が立ち上がり「私は失礼する」と言うとさっさと退出していった、そんなザクロ大公の金魚のフンのように父上も追い掛ける形で退出した。
…気まずい。
ザクロ大公と父上が退出した後も、無言のまま隣に座り続けるタイサン様とカルミア。
まるで悪いことをして叱られているような気持ちになる。
「シレネ…暫く城へ来ないほうがいい」
ニッと普段のように笑っているが快活な笑みではなく、複雑そうに眉を垂らして私にそう言った。
「承知致しました、タイサン国王陛下」
紛れもない、休息…。
毎日、強制連行されていた城通いは休止されたのだった。




