34.アキレア・アマランサス
ボクは捻くれている。
あの時、あの瞬間からシレネ様が恐ろしくて…小さいくせに剣も魔法も怖がらないしむしろ楽しそうにしているシレネ様が怖い。
大きい魔物は父様達が見えなくなるほどたくさんいて、すごく怖かった。
「ご迷惑お掛けしました」
父様に深々と頭を下げているシレネ様はどこにでいるご令嬢だ。どちらのシレネ様が本物なのだろうか。
「…アキレア、シレネに聞きたいことでもあるんじゃない?」
カルミアは時々ボクの気持ちを見透かしている。
彼に隠し事をするのは難しい、そうボクにはシレネ様に聞きたかった。父様も何かを察したのかカルミアと一緒に席を離れた。
だから今はシレネ様と2人きりだ。
「アキレアにも謝らなきゃいけないわね」
苦笑を浮かべてボクにも謝罪してきた。
公爵令嬢がただの平民のボクに謝罪してもいいの?
「なんで…怖くないの?」
ボクの口から出たのはそれだった。
「なんで剣も魔法も…魔物も怖くないの?」
最初はボクと同じだったくせに。
それなのになんでボクよりも超えていくのさ。
「剣も魔法も護る為にあるのに怖いとは思わないわ」
「…でも斬れたら痛いし、当たったら痛い」
「痛くも痒くもなければ護れないじゃない、誰からも」
それはそうだ。
騎士がいるから、衛兵がいるから、戦士がいるからこの国の平和は保たれているんだ。ボクみたいな弱虫を魔物から。
「護りたいものがある人て、とても強いの」
民を国を護る父様達はすごく強い。
「アキレアもあの時、グロリオ団長を護る為に走ったのでしょう?」
あ…そうだ。
ボクはあの時、魔物に埋もれる父様が殺されちゃうかもしれないて思えて何も考えずに飛び出していた。何も出来るはずがないのに。
「貴方のお父様も、そして騎士の方々も護る為に剣を持ち魔法を持ってる、だからとても格好良くて強いのよ。アキレアも持っているじゃない護りたいもの…騎士以外になりたい事なんてあるのかしら?」
ふふっと笑うシレネ様に心見透かされた気がした。
剣も魔法も怖い、でもボクは父様の後ろについて行った、だって騎士の父様はとても格好いいから。そんな父様よりも強い魔物がいたら…護りたい。魔王が復活したら父様も殺されちゃうかもしれない。
「シレネ様は…あるの?護りたいもの」
「あるわ」
真っ直ぐと向けられた眼差しはどこか悲しそうだった。
公爵令嬢なのにあれだけ強くなるのはそれだけ大きいものなんだ。一体誰なんだろう?カルミア?イキシア?でも王子な彼らは父様達が護ってくれてるのに。
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「何をしてるんだい、シレネ」
ドクンッ
心臓が大きく鼓動した。
「父上」
とうとう父上が動いた。
大公あたりから私の事を聞いたのだろう。
「ここはシレネが来る所じゃないだろう?」
やけに優しい口調で顔を向ければ、仮面を張り付けたような笑みを浮かべている私の父がいた。
「王家を護る素晴らしい騎士達を一目見ておきたかったのです」
シレネ様?と小さくアキレアに手で止めた。
今ここでアキレアの発言次第では私は―…
「僕が連れてきました。何か不都合でも?」
カルミア…?
席を外していた筈のカルミアとグロリオ団長が戻ってきていた。そのまま私の前に立ち、後ろにはグロリオ団長も立ってくれた。
「とんでもない。少しシレネをお連れしても?せっかくこの場所出会えたので」
「…話ならご自宅でよいのでは?シレネは今僕といるんです」
元々カルミアは父上を不審に思っていたのは事実だから怪しいクレマチス公爵家を2人にしたくないのは理解できる。ただ…バチバチと睨み合っているのをみると妙な既視感がある、何故だろうか。
「わたくしが話したいんだ、カルミア」
その声の主に向けカルミアの表情が一変した。
父上の時は無表情だったが、その声の主には…恐怖ともとれる表情へと変貌した。
「…ザクロ叔父様」
「シレネ、あの時以来だね、お時間よいか?」
行きたくない。
それが正直の感想だ、この後何の話をするかなんて粗方予想はつく。しかも父上とザクロ大公という嫌な組み合わせだ。
「はい、勿論です」
では行こうか、と歩み始める父上達の後ろに着く。
視線をカルミア達に向ければ何とも言えない顔で見送ってくれている…アキレア…考えなかった訳じゃない、私があそこで飛び出せば自然と私への不審が強まるだろうと。
…アキレア・アマランサス、私が2番目に好きだった攻略対象者。
真っ直ぐで捻くれた人間が大嫌いな彼は、魔物へは憎悪に近い思想を持っていた。その要因は父が魔物に殺された挙句、目の前で食べられてしまう惨状を見てしまったからだ。
父であるグロリオ団長はアキレアを最後まで護ろうとして傷つきながらも魔物に立ち向かった。それが彼のトラウマとなり魔物へ深い憎悪として残り続けていた。
確信はない、でももしあの襲撃がそうなのであれば…。
グロリオ団長ほどの強い騎士が殺されてしまう、なんて”ただの魔物の襲撃”なわけがない。
嫌な予感がまだ残っている。




